第一章:異世界転生!…なのに、なぜか森で一人ぼっち - 第五部
彼の足は制御不能に震え始めた。腕で抑えようとしても、どうにも止まらない。自分の体が裏切っているようだった。最悪のタイミングで。
「やめろ! 怖がるな」
彼は囁いたが、自分の声さえも弱々しく、怯えているように聞こえた。
野生の動物の前で恐怖を見せるのが最悪だということはよくわかっていた。ドキュメンタリーで何度も見たことがある。走るな。急に動くな。冷静でいるんだ。すべてわかっていた。
だが、その知識は喉を締め付け、息を奪う恐怖の前では何の役にも立たなかった。特に目の前にあるのが、ただの動物ではないときには。
その生物と目を合わせているだけで、彼の胃はひっくり返り、胆汁が喉まで上がってくるかのようだった。彼の本能は叫んでいた。逃げろ、できるだけ早くあの怪物から離れろと。しかし、彼の体は逃走と崩壊の狭間で動けなくなっていた。
ダイキは、気づかれないようにそっと後ろに下がろうとした。一歩。もう一歩。しかし、最小限の動きでさえ、まるでガラスの上を歩いているかのように感じられた。どんな小さな軋む音もすぐに気づかれる。
それは急激な変化でも、攻撃的な反応でもなかった。ただ、その生物の視線が彼に集中した。重く。圧迫的に。まるで見えない爪が彼をその場に縛りつけているかのようだった。
「俺を見てる……動くたびに気づかれる。逃げられない。どちらも一歩も間違えられない。」
「たぶん、じっとしていれば……去ってくれるかもしれない。そうだ! それでうまくいくかも。」
彼は唾を飲み込んだ。喉は砂を飲み込んだかのように乾いていた。深呼吸をして、体の震えを抑えようとした。彼は動かず、背中を流れる冷たい汗を無視しようと必死だった。必死にアラタを探したが、何も言えなかった。話そうとしたが、声が出ない。
アラタは硬直し、完全に緊張していた。彼の体全体が限界まで張り詰めたロープのようだった。前を見ることができなかった。彼の澄んだ青い目は今や地面に釘付けで、ぼんやりと焦点が合っていなかった。
「震えるな! 震えるな! 震えるな! もうやめろ!」
「俺はあれを見なきゃいけない。視界から外したら——」
彼が視線を上げたとき、すでに手遅れだった。
恐ろしい速さで、その獣はアラタに襲いかかった。
彼の恐怖は一瞬で消えた。時間はバラバラに砕け、ゆっくりとした静止画のように進んだ。以前は混沌とした思考でいっぱいだった彼の心は、空白になり、ただ一つの確信だけが残った:彼は今、食われようとしている。
その瞬間、生きているという感覚は消え去った。
「これは……前回とは違う。」
彼は運命を受け入れたのか、ただ何が起こったのかを理解できなかったのか。アラタの意識はあるべき場所にはなかった。
「動け!」
その言葉が彼を現実に引き戻した。一瞬、足元の地面が消えたように感じ、強い引き寄せが彼の背骨を震わせた。そして気づいたとき、彼はもう草の上で息を切らしていた。
「アラ……タ……」
「何を言ってるんだ、ダイキ? わからない……もっと大きな声で……」
雷のような音が彼の耳の奥で轟いた。その生物の牙はそんなに強く閉じられ、彼の鼓膜が今にも破裂しそうだった。
「早く立ち上がれ、くそったれ!」
ダイキは激しくアラタを揺さぶり、ついに彼を正気に戻した。一瞬も無駄にせず、彼の腕を強く掴んで逃げ始めた。
アラタは何度も瞬きをし、視界を合わせようとした。ゆっくりと周囲を見回し、やがてその衝撃のあった場所に目を向けた。以前彼の後ろにあった木は倒れていた。噛み跡や切り傷さえなかった。その後の木々も同様に破壊されていた。
その地域の草は完全に消え去り、まるで隕石が着地したかのようだった。
「もう意識は戻ったか? 早く走れ、あれに触れられたら、俺たちはまた虚無に戻るぞ!」
まだ起こったことを処理している最中だったが、彼は友人の言うことを聞き、全力で走り始めた。エネルギーがないと感じたが、自分の命の重みが彼を走らせた。
「わからない……いつあれに襲われたんだ? こんなの馬鹿げてる。あの速度も、あの力もありえない。あんなに細いのに……周囲をすべて破壊した。音さえしなかった。」
その生物の圧倒的な存在感に、彼は理解できない思考に圧倒されていた。
「何か計画はあるか、アラタ? 今こそ、君の良いアイデアが必要なんだ!」
「え? いや……アイデアなんてない! わからない! ここにいるのは明らかに馬鹿げてる、ただここから出るしかない!」
「それはわかってる! でも!」
二人の背中に寒気が走った。何かが明らかにおかしい。とてもおかしい。
背後で悲鳴が爆発し、彼らは思わずうめき声を上げた。まるで千の魂が同時に引き裂かれるかのようだった。痛みは増し、彼らは耳を覆わざるを得なかった。
その人間らしくない歪んだシルエットが、速い足取りで近づいてきた。一歩一歩が木々さえも揺るがす。
長い刃のような爪で、目の前にあるものすべてを破壊していく。
岩は粉々に。
木々は紙のように引き裂かれる。
そしてその速度……
まっすぐ走るのは明らかな自殺行為だった。
その明らかな優位性は、彼らに逃げるしか選択肢を残さなかった。しかし、それも長くは続けられそうになかった。
枝は彼らの肌を引っ掻き、服を引き裂いた。でこぼこの地面は、いつでも彼らを転ばせそうだった。そして彼らの体力は、追跡が続くごとに消耗していった。
「左だ!」
ダイキは叫びながら、倒れた木の上を不器用に飛び越えた。
アラタはかろうじて反応し、急に方向を変えた。足首に強い痛みが走ったが、彼は止まらなかった。周囲が破壊される音はますます近づいていた。振り返らなくても、危険がどれだけ近いかはわかった。
「あれに追いつかれる!」
ダイキは息を切らしながら言った。
「倒れた木で遅らせよう!」
森の凹凸のある地形が彼らの唯一の利点だった。すべての岩、倒れた木、小川。すべてが彼らの味方になる可能性があった。
残念ながら、二人の悲惨な体力では、長くは持たないだろう。
ダイキは方向を変え、太い根の上を移動した。アラタはそれを真似、足が地面の湿気で滑るのを感じた。
「転ぶな。転ぶな。転ぶな……」
強い震えがアラタのバランスを崩し、泥の水たまりに転がり込んだ。
「うっ……!」
「待ってくれ、ダイキ!」
アラタは息を切らしながら叫び、立ち上がろうとしたが、できなかった。
足首を捻っていた。
ダイキは友人の叫び声を聞いて振り返った。彼は凍りついた。進むことさえ考えられなかった。
その生物の顎からは糸のような涎が垂れ、不規則な動きで彼らに近づいてきた。
「ダイキ! お願いだ! 走れない!」
アラタは肺に残ったわずかな空気を使って叫んだ。
彼は友人を見つめ、近づく生物を見つめた。
「……」
「助けなきゃ……でも戻ったら、あれに殺される。どうすればいいんだ? もし気を散らせたら、あるいは……俺一人が生き残る方が、二人とも死ぬよりマシなんじゃないか?」
「そうじゃないか……?」
「……」
「どうせ、俺はほとんど一人で生きてきた。もし逃げたら、いつも通りだ。一人で何とかなる。」
「そうじゃないか……?」
「……」
彼の体は激しく震え、周囲の寒さがさらに際立った。まるで吹雪に包まれたかのようだった。
ダイキは自分自身を抱きしめ、以前は友人に集中していた視線がぼやけていった。ただのぼんやりとしたシルエット。
そして、彼は彼の表情を見た。
彼の目に映る絶望。
彼の顔に浮かぶ絶対的な恐怖。
「俺は……」
「こんなこと、もう一度起こしたくない。」
「でも、死にたくもない……」
「どうすればいい?」
彼の肺は燃えるように熱く、呼吸はますます速くなった。それでも、彼は歯を食いしばり、唇の震えを止めようとした。深く息を吸い込み、すべての恐怖を抱えながら、アドレナリンが喉で爆発するのを感じた。
「ああああああああああああああああああ!!」
それは勇気の叫びではなかった。挑戦の叫びでもなかった。それは純粋な本能であり、死の闇へと飛び込むことを告げる絶望的な咆哮だった。
彼は狂ったように友人の元へ走り、獣とアラタの間に立ちはだかった。
「ここから逃げろ、急いで!」
「でも、できな——」
「——どうやってでもいいから逃げろ! お願いだ、アラタ!」
彼はほとんど怒りのような眼差しで友人を見つめながら叫んだ。
アラタは拒絶したり、議論したりする立場になかった。彼はただ従うしかなかった。
なんとか立ち上がり、ゆっくりと遠ざかっていった。一方、ダイキは手で持てる限りの大きな岩を拾い集めた。
数メートル先の目標に向かって、彼は全力で岩を投げつけ始めた。
すべての岩はその頭蓋骨に跳ね返った。ほとんど感じていないようだったが、それでも彼の目は友人から離れた。
「おい! ここだ、悪魔め!」
その生物の瞳孔は彼に集中し、ほとんど好奇心のような強さで彼を見つめた。ゆっくりとした足取りで少年に近づき、まるで目の前の小さな存在が何をしているのかを推測しようとしているかのようだった。
ダイキは岩を投げ続けたが、どこにもダメージを与えることはできなかった。
しかし、そのうちの一発が、頭蓋骨の空洞部分に直撃し、内部の真紅の光を消し去った。
その生物は大きな手で傷ついた部分を覆いながら、強い呻き声を上げた。
「そうか……」
彼の目は、その眼窩の下に流れる血の跡に釘付けになった。
「出血してる……俺は勝てる! もう一発岩を当てれば、あれを盲目にできる。そして逃げられる。」
彼は岩を次々と拾い、さらに激しく投げつけ、距離を詰めて精度を上げようとした。
重大な間違いだった。
その生物はただ手を振るうだけで、ダイキを木の幹に叩きつけた。土煙が舞い上がり、ダイキは地面に倒れ込んだ。