98:『見晴らす丘』のオン姿
依頼に向かう、とある冒険者たち。
その足取りは軽く、歌声と鼻歌まじり。気晴らしにピクニックにでも向かうような雰囲気だ。
「もぉー、ヒルダさんったら! Cランク依頼でも、次はちゃんと鎧を着てくださいねっ!」
さらっとした水色の髪を一つ結びの三つ編みにし、左目が緑色、右目が水色のオッドアイの中性的な美人――付与術師のウルルが、鼻歌を披露するヒルダに怒った声を上げる。
「アタイが鎧を着る時は、もっと危険度の高い依頼の時だけだって分かってるだろ? 何度もやってるんだから問題ないよ」
大剣使い――ヒルダはそういうと、自分の胸をドンッと拳でたたく。
前衛であり大剣を使うヒルダは、本来であれば全身鎧で身を固めた上で戦闘を行う。
だが、脅威に感じなくなると鎧を着こまなくなるという、悪い癖があった。
今は手足、肩、胸当てのみを装備している。
「それに、格好についてはアタイは特に責めてないだろ? クルルだって騎士なのに、胸当てと腰当てだけじゃないか。変わらないだろう?」
ヒルダの言葉に、ウルルは隣を歩くクルルを見る。
歌っていたクルルはその視線に気付くと、歩きながら器用にくるくると回り、服装を見せびらかす。
「これ、可愛いでしょっ! フレアスカートの上に邪魔にならない腰当て、それに胸当ても胸横にスリットが入ってて、オシャレなんだよ!」
さらっとした緑色の髪をウルルと同じ髪型にし、左目に水色、右目が緑色のオッドアイの中性的な美人――騎士のクルルは笑いながら、踊るようにくるくると回り続ける。
だが、男だ。美人な男だ。
「ふふ、可愛いねクルル。まるで美人騎士様! でも、下着が見えそうな短さだから、気を付けないと」
そう言って、クルルの腰を掴んで止めると、フレアスカートを抑えてあげる盗賊――ライティ。
ライティはしっかり者のお姉さんの様に、クルルの服を直していく。
「ありがとね、ライティ。クルル兄さん、可愛いものに目が無いから」
兄――クルルの服装に、ウルルもほぅっ、と見とれながら言う。
「気にしなくて良いよ。ワタシもしたくてやってるからね。こんなに可愛い子のお世話なんて、良いじゃない」
ライティはそう言いながら、クルルの服の乱れを直し終わると、後ろから抱きしめるように頬ずりする。頬ずりにくすぐったそうにしながらも、嬉しそうなクルル。
その後は2人で仲良く手をつないで歩きだすと、前を歩いていたウルルとも手をつなぐ。
真ん中にクルル、左にウルル、右にライティ。
仲良し3人組だ。
その様子を苦笑しながら見るヒルダ。
「まったく、アンタたちはクルルに甘いねぇ。クルル、服が破けない様に後ろで守ってるんだよ?」
「うんっ、ヒルダさん!」
そう言いながらヒルダもクルルに甘かった。
楽しそうな笑顔で嬉しそうな声音を返すクルルに、ふっ、と笑いながらヒルダは前に向き直り、目的地へと歩いて行く。
今日の天気はとても晴れ晴れとした、ピクニック日和だった。
………………
無事に国境手前の村近くで増えすぎていた――フォレストウルフの群れを蹴散らし終わった『見晴らす丘』の一行。
少し暗くなり始め、帰りの道中は野営でもして帰ろうか、と話していると……
前方で明かりを持ったヒトたちと、その周囲を囲む魔物が見えた。
数が多い為に、牽制しながら、魔物の包囲を崩そうと狙っているようだ。
「あれって、わたしたちの狙ったフォレストウルフ……の残りでしょうか?」
「構やしないさ! アタイは動き足りなかったくらいだったさ!」
ヒルダはそう言うとさっさと向かって行こうとする。
「あ、でもヒルダさんっ! そのまま近づいたらっ!」
ウルルの静止は届かなかった。
急いで3人も追従し、付いて行くと……
ヒルダが近付く気配に怯えたように、フォレストウルフは辺りを見渡し、そそくさと尻尾を巻いて逃げ出してしまった。
「だぁあっ!! どうして、普通にアタイが近付くと逃げてくんだい! 隠密行動ばかりさせて、まったく、この犬ッコロ!!」
「ヒ、ヒルダさん……仕方ないですよ。それだけの闘気と殺気を出したまま近付いたら……」
ヒルダの怒鳴り声にウルルが宥めていると、視線を感じた2人は会話を止める。
「さ、先ほどの御助力、助かりました。なにぶん、数が多かったので上手い事、狩るのに時間がかかって面倒だったので」
2人の会話が止まった事で、おずおずと剣士風の冒険者が話しかけてきた。後ろには3人の仲間も頷きながら、ヒルダ達に感謝の言葉を言おうとする。
だが、興味はないとばかりに、ざっくりとヒルダが先に口を開く。
「あぁ、そんなの興味ないよ。アタイらはこれから王都に戻るだけ。その時にたまたま魔物に襲われたアンタ達と出会った。そして、アタイも戦い足りなかった。それだけの事さ」
そう言ってヒルダが後ろ手に手を振り歩き出したので、クルル達3人も通り過ぎる時に手を振って、去っていく。
「王都に着いたら訓練場で体を動かすよ! ウォーミングアップに走って帰るよ!」
「え~……その前に汗かいちゃうよー、ヒルダさーん」
クルルの声を無視して、走り出す準備をするヒルダ。
そのままヒルダの一声で、『見晴らす丘』は走り出し、一気に冒険者たちと距離が離れていった。
………………
「す、凄い方々だったなぁ……」
剣士風の冒険者は『見晴らす丘』の去って行った方を眺めながら呟く。
「だけど私達も王都に向かうから……向こうであったら、ちょっと気まずいかな?」
魔術師風の冒険者も頷きながら、先の事を心配する。
「で、でも……さっきの感じだと、忘れちゃってそうですね……はは」
突然の登場と去り方に少し笑ってしまった、魔具を腰に下げた冒険者。
「まぁ、良いじゃんか。王都であったら助かったって改めて伝えて、酒でも奢ればさ! ほら、行こうぜ!」
盗賊風の冒険者が明るく声を出し、先を行こうと促した。
「よし! じゃぁ、さっき倒した魔物の素材を回収して、王都にすすもっか!」
完全に暗くなる前に、急いで作業を進めるのだった。
………………
結局、『見晴らす丘』は夜通し走り続け、明け方には王都に到着したのだった。
ヒルダにクルルとウルルが担がれた状態で……




