96:平穏の中で飲むコーヒーは格別な癒し
あの非公式の謁見から数日。
俺は再びの平穏をクラン長室で送っていた。
「……まさか、本当に翌日には動き出すとはね」
そう……王城から戻った翌日には、見逃されていた下位貴族、上位貴族含め、捕らえられる事となった。
ジスタリア伯爵は最後まで逃げ延びようと、第六騎士団と共に抗った。だが、ディアナ女王による勅命により、他騎士団はジスタリア伯爵の逃亡を阻止し捕らえた。
ジスタリア伯爵が指揮系統を完全に掌握していたのは、裏通りを含む王都治安維持の担当――第六騎士団のみ。それが功を奏したのだろう。
「だが……既定路線、か。『毒蜘蛛』にとっての既定路線はどこにあったんだろうな……」
つい自分自身の曖昧な未来予想に、愚痴の様に口からこぼれ出る。
恐らくは、魔物とヒトへの臨床実験を重ね、何年も費やしてきた結果だったはずだ。
それをいとも容易く投げだせる組織力。
「……英雄、吸血鬼。奇跡協会、毒蜘蛛、王国。冒険者ギルド、百花繚乱、無能者」
一つ一つを思い浮かべながら、口に出す。
見つからない答えの欠片をはめ込もうとするように……
コンコンッ、とクラン長室の扉がノックされる。
「ノーマさん。よろしいでしょうか?」
ローズの声が扉越しにかけられた。
「あぁ、構わないよ」
俺の言葉で扉が開かれ、ローズが入室する。最近は大きな音を奏でる事の多い扉は、静かに閉じられた。
執務イスに座る俺の前まで来るとローズは口を開いた。
「今回の件を調査した限り、現時点では『百花繚乱』の名は表には出ておりません。ですがノーマさんが懸念していた通り、『開花』がオークキングとの戦闘――討伐を報告した場合、どこから騒動が起きたのかは結びつきます」
ローズは困ったような顔で俺を見る。
俺は机に肘を付き両手を組むと額に当てて、考えながら口を開く。
「かといって冒険者ギルドに報告せずに、隠匿するのも危険、か。仕方がない、報告書には詳細を記載せずに、俺の話を纏めておいて欲しい。俺が書くよりも詳細を知り過ぎないローズの方が良いだろう」
まぁ、この報告は仕方ないとしか言えない。
オークキングの様なAランク相当の魔物の群れとの戦闘。片付くまで、意図的に報告の時期をずらしてはいた。
だが事件が片付いた以上、冒険者ギルドへの報告義務を怠る事などできない。
「ノーマ。『毒蜘蛛』は『百花繚乱』に気付いたらどう動くと思う?」
「きゃっ!!? インフィオさん! いきなり後ろに立たないでください!」
インフィオがローズの背後からいきなり出てきたせいで、ローズが珍しくクラン長室で驚きの声を上げた。
「ローズを驚かせるなよ、インフィオ。書類で叩かれても知らないぞ? それで、『毒蜘蛛』が気付いたらって事だが……多分、何もしてこないだろうな」
俺はやれやれ、と言った様に両手を軽く上げ、肩をすくめてみせた。
その反応に頷いたインフィオが再び口を開く。
「やっぱり、そうなりそうだよね。可能性として『毒蜘蛛』も所在がバレかねない危険を排除できないしね。同じく『百花繚乱』には手を出さないって考えてたよ」
インフィオもややうんざりしたように言う。だが、うんざりの種類が違っていそうだ。
インフィオの場合は『毒蜘蛛』が手出ししてくれた方が、潰す理由が明確にできて良いのかもしれないな……鬱陶しい『毒蜘蛛』をさっさと駆除、とでも思っていそうだ。
俺としては、これ以上『百花繚乱』が敵対視されるような事は起きて欲しくはない考えだが……
「じゃぁ、これ以上何かする事はないのかな? 暇になっちゃったね?」
いきなりの出現に驚いていたローズだったが、インフィオに対して「もうっ……」、と言いながら真顔に戻って会話に戻る。
「『百花繚乱』としては折角、『奇跡協会』、エリアベート嬢の後ろに身を隠せてますしね……」
「まぁ、なぁ……これ以上首突っ込めば、それこそ王国――」
ッ!! あぶねぇッ……!!
あの会合は非公式だ! まだインフィオやローズにも言えないだろッ!
「いきなり黙ってどうしたのさ、ノーマ? ねぇねぇ~、教えろよ~」
インフィオが構って欲しそうな猫なで声を出す。
だが、この件は無理だ。
「……だめだ。これはまだ口には――」
「エリアベートに無理矢理捕まって、秘密で王城に行っただけでしょ。隠し事はなしだよ~? ダメでしょ~?」
にやにやしながら言うインフィオ。
えっ!? なんでお前が知ってんだよ!?
どこから見てたんだ!? まさか、拘束されたところも知ってた癖に俺の反応を楽しんでたのかっ!!?
見惚れる笑顔のインフィオは執務机に近付き、俺の耳元に口を寄せる。
「……地下通路は楽しかった? 秘密の通路は大体知ってるから、今度、案内しようか?」
俺にだけ聞こえるように話すと、にまぁっと笑うインフィオ。
その訳知り顔の様子にローズが慌てだす。
「えっ!? どういう事ですか、ノーマさん!? インフィオさんも、詳しく知っているのなら教えてくださいっ!」
「どうしよっかな~? ねぇ、ノーマ? どうする? 話しちゃうの~?」
やめろ!! ローズには今は話すべきじゃない事なのに!
ローズの顔が少し悲しそうだろうがっ!!
「……俺からは何も言えないからな」
鋼の意思で、なんとか黙秘を告げる。
「ノーマさんっ!? この『百花繚乱』では、私に隠し事はなしですよ! ノーマさん!! インフィオさんっ!!」
あぁ、こいつは凄い事態だ……
普段、冷静なローズの驚きの顔から、叫びながら怒るような顔を見られるなんてなぁ……
俺が我関せずでコーヒーを啜りだした為、ローズはインフィオに問いかけだした。
そんなインフィオとローズのやり取りの光景を、コーヒーカップ片手に静かに眺めていると――
バタンッ、と扉が開いた。
「ノーマ君っ! ギルドで他国から冒険者くるって噂が出てるよ! 楽しみだねっ!」
「ノーマ! 酒場の冒険者もだ! オレ達が先に、他国に出向いて荒らしに行こうぜっ!」
アリアとガウルが勢いよく入室して大声を出す。
そんな、一層に騒がしいクラン長室の中……
俺は何事もない日常を思い浮かべながら、静かにコーヒーを啜るのだった。
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