91:だからこそ、花は惹かれる
『百花繚乱』を出る金髪の女。その容姿は見る者によって表現は変わるだろう。
あどけなさの残る守るべき少女のようであり、艶っぽさを振りまき男性を惹き付ける愛すべき女性であり、高貴な身分で高嶺の花の令嬢、と。
「今日はなんて、楽しかったのかしらっ!」
通りで両手を伸ばし、くるくると踊るように回りだす。
夜も更け始め、酒場に向かう人混みの中、彼女の周りはぽっかりと隙間ができる。
そして静かに彼女を眺める通行人。
彼女は力を使っていない。今は、その存在すらも隠していない。
だからこそ、人は惹き付けられる。
「あぁ、無能者のノーマ。彼の周りには花がたくさん。それも、一際輝きを放つ花ばかり! 素晴らしい! なんて素晴らしいのっ!!」
『百花繚乱』からアルテミスとカリストも出てくると、目の前の通りで踊るエリアベートに驚いてしまう。
「……何をやっているんですか。通行人の邪魔でしょう」
ぴたりと動きを止めると、アルテミスに目を向けるエリアベート。
そして通行人も、はっ、と気付き、無意識に見とれてしまっていた、と動き始めた。
「ふふ、何もしていなくても集まるモノなの。高潔な魂には、皆、引き付けられるものなのよ。自然と、ね」
アルテミスはエリアベートの言動にイライラしそうになりながら、目頭を押さえる。
「……なぜあなたは事を大きくするのでしょう。いえ……あなた方、カレンデュラ家は、でしょうか」
「人生に謳歌できないモノだからこそ、人生を面白くしたい。私達一族は人生の中に居ながら、現実を送れない。だからじゃないかしら?」
笑いかけながら言うエリアベート。
その言葉の意味に、アルテミスは眉を寄せて困ったように考え、口を開く。
「……謎かけですか? 些かも、理解ができません。それとも、それを見て嘲笑っているのですか?」
「はぁ……本当に、頭が堅いのね……だからこそ、『奇跡協会』なのでしょうね。でも、アナタ達だって似たようなものじゃない。人生を謳歌しているとは言えないわよ」
「人生を謳歌……それを決めるのは自分自身の行動と結果によって――」
「ほら、堅い。アナタのアナタらしさは仕事によって生まれたもの。けれど、ノーマとの時間でアナタは違う一面を見せた。それこそが人生を謳歌している瞬間よ? それも謎かけだと言うの?」
「……良く分かりませんね」
アルテミスは困ったように声を出す。
その様を見て、エリアベートは嘆かわしいとでもいう様に、カリストへと視線を向ける。
「カリスト、アナタも大変ねぇ? ふふ、仕事はできてもポンコツなのはアルテミスの特性なのかしら?」
「仰っている事は良くわかりませんが、それくらいにして頂きたい! 我々はアナタと違い、ヒトだ。ヒトは苦悩し、藻掻き、時代を紡いだ! アルテミス様も同じ事。完璧な者などいない!」
カリストはエリアベートに対し、少しばかり厳しい言葉を投げかける。
だが、その反応こそ待っていたとでも言いたげに、エリアベートは笑った。
「カリストはヒトらしい反応よ。だからこそ、アルテミスもアナタが好きなのでしょうね」
「……やめよう。これ以上、アナタと言い争いは醜い。それに……聞こえない様にしていても、周囲の目がある。ここで終わりにして別れよう」
アルテミスは声音を普段の厳しい口調に戻すと、エリアベートに背を向ける。
その姿にエリアベートも、先ほどまでの表情から貼り付けたような笑顔に変え、歩き出す。
カリストはその姿を体を少し横に向けながら見送り、アルテミスの後ろにいそいそと付き従い、歩き去った。
『百花繚乱』の前はいつも通りに人が行き交いはじめ、それなりにヒトの声が賑わいだしていった。
そしてしばらくし……
エリアベートは自身が王都に所有する邸宅に着くと、カスミに迎えられる。
「エリアベート様、お帰りなさいませ。会合はどうでしたか?」
お辞儀をし終わると、眼鏡をクイッとして話しかけるカスミ。
その姿にエリアベートは笑顔を向け、口を開く。
「ただいま、カスミ。会合よりは『百花繚乱』が面白かったわよ。短時間で楽しみつくしたわ」
「そうですか。それで……どういった点で?」
「そうねぇ……主にノーマの唖然とした顔かしら? あの顔だけで言った意味があったわ」
「……」
少し悩ましそうな顔をカスミが見せると、エリアベートは苦笑する。
「半分冗談よ。真面目に答えるなら、血の継承者が彼の元に居たわ」
「遠い御親戚、とでも言うのでしょうか?」
「ふふっ、そうね。そうなるのでしょうね。あちらはヒトで、こちらは人外という、遠い親戚。無能者……『花園の批評家』の元に今は居たのには……驚いたけれどね? あははっ」
無能者という言葉を言い直したエリアベートに、カスミは少し首を傾げた後、頷く。
「見込みがあるのであれば、『月下の乙女』に引き入れますが?」
「それはダメよ? 折角、伸び伸びと育つ事が出来る自分の居場所を見つけたの。批評家の下でしっかりと芽吹いて、蕾から花を咲かせてもらいましょう? 花園を荒らしてはいけないわ」
エリアベートは『百花繚乱』で見かけたモノを愛おしそうに、けれど触れて、手折ってしまいたそうにしながら答える。
「……それでよろしいのですか?」
エリアベートの顔が余りに、悪戯をしたいけれど我慢しているような顔であったため、カスミは聞き返してしまう。
「あら……ふふっ、私ったら……うふふっ……あははは! なんてはしたない顔をしてしまっているのかしらっ! あははははっ!」
エリアベートは自身の顔を触り、その頬がひくひくと上がり、極上の笑顔をしている事に気付くと、更に笑いだしてしまう。
その高笑いは邸宅の庭に響き渡り、王都に消えていった。




