90:毒成分は花にもある
『百花繚乱』の建物の一室。
何かに使用されるであろう薬品や魔物の素材。それらが幾つも並ぶ部屋の中、作業をする者が2人。
「どうかしら?」
ローブを羽織り、とんがり帽子を被った女性が声をかける。
「そうですねぇ……まだ毒性が抜けてないですし……危険な事には変わらないですし」
ダボついた服に眼鏡をかけた少女が、試験管の中身を見ながら書類に書き写していく。
「そっか……焦っちゃいけないけど、気は逸るわね……魔術師失格だわ。もっと冷静に思考する必要があるかな……」
「この件に関しては、私達の悲願でもありますから。でもきっと……成し遂げて見せるんです。正攻法で厳しいなら、迂回すれば良いんですよ。周りから邪道と言われても……これは可能性に至るために必要なモノですから」
コンコン、コン。
部屋のドアが軽快にノックされ、二人は注意深く扉に顔を向けた。すると外から見知った者の声がかけられる。
「開けて~。ね~、ね~」
「インフィオさんですね」
眼鏡の少女は声の主を確認すると扉に向かい、開く。
「やぁやぁ、クロエ。それにノインも」
扉の先にはインフィオが立っていた。
室内で作業をしていたクロエとノインに笑顔を向けながら入る。
「えぇ、インフィオさん。それで、どうだったの?」
「ん……? なにが~?」
「……ノー兄の様子ですよ」
ノインはインフィオの勿体ぶった返答に、膨れ面をして言う。
「そう拗ねないでって。問題ないよ。問題はあったけど、きっと解決できるからさ」
「そう……ありがとう、インフィオさん」
「それと建物からお客さんは撤収したから、もう大きい音を出しても平気だよ」
手をひらひらさせながら、気軽に言うインフィオ。
その言葉でノインもクロエもホッと息を吐く。
部屋の中のモノは『外部』に漏れると厄介なモノばかりだからだ。
「ノーマの方は問題なさそうだけど、君たちの方は芳しくなさそうだね」
「……諦めません」
「えぇ、諦める訳ないの。私達は『開花』で目指しているんだから。ノー兄は若干諦めてる節があるのは分かってる。自分をよく理解してる人だから……だから、邪道でも私は支える」
二人は志固く、机の上の機材や資料を眺め、作業に戻る。
「ノーマはまだ知らないし、知ったら止めるかも。けど、それが必要になるかも知れないから止めないよ。見てるだけだからね」
にこっと笑い、後ろ手に手を組むインフィオ。
楽しそうに、にこにこしたまま実験結果の書面を見ていた。
「成分の細かい調整が更に分かれば、毒性を抜いて魔力の増強が行えそうなんですけどね……インフィオさんにも分かりませんか?」
クロエの言葉に、結果を見ながら悩ましい顔になるインフィオ。
「ん~……流石に成分までは知らないからなぁ……そこまで調べるには相当な危険だし、ノーマにバレちゃうからさ。ごめんね」
「『毒蜘蛛』はどこからこういった情報を手に入れているんでしょう……人員と資金の豊富さも」
ノインは試験管に入った粉末を眺めると、目頭を抑えて呟く。
「……こっちはサンプルを手に入れたけど、やっぱり厳しそうね。魔法の依り代としても解析が進めば……良かったんだけど」
残念そうな顔をして試験管を眺めるノイン。
依り代として使えるのであれば、ノーマの悩みの種である、魔力量の少なさを解決できる可能性が見えてくるからだ。
害のない永続的な魔力量の増加。それこそが彼女達の実験内容であり、悲願である。
「さっきは必要になるかもって言ったけど……なんだかんだ、ノーマにはこの研究、必要ないのかもね。魔力量の問題なんて些細な事って言いそうだ」
インフィオの呟きに、ノインとクロエはお互いに顔を見合わせ苦笑する。
「柔軟な考え方がインフィオさんの優れた部分だと思います。けど、私達は『始まり』からお兄さんの事を見てきたから」
「そう、最初の時から。だから簡単じゃないの。こびりついて離れなくなった、押し花みたいなものなのよ」
「軽率な発言だったね。前に進むためにも必要な事なんだね」
「いつか必要になれば使えば良い。使わなくても済むならそれでも良い。でも……」
「お兄さんが『可能性』を求めた時に、何もできないのは嫌……ですから」
二人の目は、ブレることなくインフィオを見る。決して、その意志はブレる事は無い、と視線が訴えた。
「……そっか」
インフィオはそれだけ言うと扉に向かって歩き出す。
最後に扉を開きながら、ノインとクロエの背中に向くと口を開いた。
「ノーマが望むと望まざると、それがある事で救われる可能性、か。根深い問題だよね。ノーマにも、君たちにも」
インフィオは最後にそれだけ告げると部屋から出ていった。
その言葉に、部屋に残った二人は溜め息を吐く。
「ノー兄にだって、才能開花する資格はあったはずよ……いいえ、無ければおかしいわ」
机で作業するノインの指は、書類をなぞりながら微かな震えがあった。怒りか、不安か。もしくはそれらがない交ぜになったモノか。
自分自身にも分かっていなかった。
「そう、ですよ。きっとお兄さんにだって、あるはずなんです」
クロエも作業をしながら、震えそうになる声をなんとか押し殺し、作業に集中する。村を出た時から、そうする事が運命であったとでも言う様に。
二人はそう呟く声と共に、扉はパタリと閉まっていった。




