9:押しかけ少女たち
昨日はあれからクランに戻らなかったが、まぁ、ローズがいるから大丈夫だろう。
クラン建物に入り、クラン長室に向かいながら、俺は鼻歌をしている。
なんせ気分が良いからね!
「ふふふふ~ん、ふふふふ~ん!」
さながら名ピアニストの如く、鼻歌を披露する。
自称、名鼻ピアニストだ。
「ノーマさん! おはようございます!」
「お、おはようございます」
あ……? なんだ?
なんで、こんな少女2人がクラン受付にいるんだ?
いや、昨日の奴らか。
あれから酒を飲みながら意識的にこいつらの名前を忘れさせた。
どうするかな。こいつら俺の事を分かってなかったみたいだし。
仕方ない、素直に白状するか。
「あ~、昨日の……名前忘れた」
「え!? うそでしょ!? 言ってた通りだ!」
「ほ、本当に記憶に残してない……!」
ん? この反応だと、アンナさんから聞いたのか?
なら説明は良いや。
後は、何でここにいるのかって事だが……
「まぁ、良いや。ローズ?」
「はい! おはようございます、ノーマさん! C級昇格おめでとうございます!」
「ありがとう。なんか予想してなかった事が起きたけど、無事に昇格したよ。それで、この子らは?」
「は、はい。それが……クランの訓練生申請をしているようなのですが、なりたて冒険者なので流石に……」
訓練生申請……
二人の少女を見ながら、昨日の動きを思い出す。
茶髪ポニーテール少女は怖がりながらも、自分のランクよりも格上に俺の合図で走り、自分を無防備に晒しながら首を切り付けた。
黒髪ストレート少女はもう少しだけ度胸をつけるべきだろうが、顔を狙って放った魔術の扱いは悪くなかった。
俺に頼み込むのではなく、クランの訓練生制度を利用してきたか。その判断は悪くない。
後は、申請を承認される為の納得できるだけの材料だ。
「そうか。それで、ローズさん。この二人の承認は、却下かな?」
わざとらしくローズに問いかける。
「えぇ……流石に何も実績がないのに、クラン団員に負荷をかける訳にも行きませんし」
「待ってください!!」
「ください!」
その声に俺が振り向いて見やると、書類を突き付けてきた。
「この書類を確認してください!」
「ん~……? あぁ!? ローズ、これ!?」
「王都ギルド長と副ギルド長の承認入り推薦状ですね……」
「なんでなり立てが、ビッグスさんとエリスさんの推薦状なんて持ってるんだ。意味わからんぞ」
「それはおじいちゃんが理事会にいるからです」
「わ、私はおばあちゃんです!」
「ど、どのお爺ちゃんとお婆ちゃん、ですか……?」
どのお爺ちゃんとお婆ちゃんだ!?
理事会にいるのお爺ちゃんとお婆ちゃんばっかりだし!
それに個人的に世話になった爺さん、婆さんだと厄介だぞ!
「レイアールお爺ちゃん」
「ナイラお婆ちゃん」
ふぅ……レイアールお爺ちゃん、ナイラお婆ちゃんか……
しまったな、ドンピシャで俺がクラン創設で根回ししてもらった方々じゃねぇか……
え、昨日の件とか俺、責められちゃう!?
「ろ、ローズ。VIPだ。VIPのなりたて冒険者が来たぞ。個室受付、お通ししろ!」
「は、はいぃい!」
慌てながら俺達は一先ず、脇にある個室受付スペースに案内した。
「それでこの推薦状で俺のクランに入りたい、という事で?」
「入りたいですけど、無理強いもしたくないです! なので……一度見てもらいたいんです。一度だけで良いので!」
「そ、そうなんです! 一度だけで良いんです! ちょっとだけ!」
「まぁ、交渉のカード云々で言えば、確かに冒険者の俺には逆らいようの無いカードを提示した。これで俺がむげに追い払ったら、理事会、王都ギルドの顔をつぶす事になる。顔なんて知ったこっちゃないで適当な用件で謝れば行けなくもないだろうが、個人的に助けてもらっている部分もあるからな。断りにくい」
ふむ……誰かの入れ知恵かもしれないな。理事会の爺さん、婆さん達が主犯か?
だが、これは認めるしかないだろう。これまでもビッグスやエリスさんに借りがある俺としては、断りはやはり無しだからな。
それに、理事会にはC級を認めてもらった恩もある。無能者でC級など、過去にいたかどうか怪しいレベルだ。
「実力かどうかではなく、その時に使える物を使う判断は良い。交渉は交渉する前に決着が付く。認めよう。貴方達の希望は訓練生、もしくは一度見るだけ、で良い、ですね?」
「あ、ありがとうございます! それで問題ないです! 言葉遣いも入団前訓練生として扱ってください!」
「お、お願いします」
その言葉を聞いてテーブルに置かれたコーヒーを飲み干して言う。
「そうか……じゃぁ、現状を見た上で判断を下す。訓練場は今からでも使えるが、どうする? 日を改めるか?」
二人に問いかけると元気良く答える。
「行きます!」
「ますます!」
その声を聞き、どっこいしょ、と言いながら立ち上がり扉に向かう。
個室受付を出ようとすると、外がざわついている。
なんだ?
「み、皆さん、おかえりなさい!」
「うわぁ! 訓練生になって初めて六花見る!」
「や、やっぱり綺麗だ……異名に偽りなしだ……」
「ハイハイ、どいたどいた。私達、ノー兄に報告しなきゃいけないんだから」
「少しは強くなったのか! 弱いままだとオレが切っちまうからな! ノーマはクラン長室か?」
徐々に聞こえて来る声に、俺は皆が返ってきた事を知って扉をあけながら声を出す。
「皆、お帰り! B級ダンジョンの遠征はどうだった?」
「ノーマ! 帰ってきたぞ! 今回は中々、骨のあるダンジョンだった!」
褒めて褒めて、とでも言うように頭を胸に擦り付けてくるガウル。
「ははは、ガウル、久しぶりだ。今回は長めのダンジョン踏破だったみたいだね。ガウル、どっかで遊んで直帰してきたな? ホコリっぽいぞ」
「ノー兄、2週間ぶり? 今回は時間かかっちゃったけど、無事踏破したよ」
「後でしっかりと報告流してもらえるかな? ノインの報告書なら間違いはないだろうし」
「そ、そう? それなら私の資料を後でローズさんに回しておく」
「そういえば、他の皆は?」
ガウルとノインだけで先行してクランに顔を出してきたのかな?
見た感じ、ここ以外ざわついている雰囲気はないし。
「アリアがユリアとクロエの為にダンジョンに残って訓練したいって言って。それで、じゃぁ私達は先に戻って伝えようって。アリアとイリアもいるし、ユリアとクロエの安全は確保されてるよ」
「へぇ、良いね。自主鍛錬もしっかりだ。でもガウルが戻ってきたのは予想外だな」
笑いながらガウルを見ると照れたように言う。
「だ、だってよぉ……流石にいつまでもノーマとも会えないんじゃ寂しいだろ。そろそろオレも家に帰りたかったし……」
その寂しそうな顔を見て髪をわしゃわしゃと撫でてやる。
「よーしよしよし! 寂しかったのか! よーしよしよし!」
「へっへっへ! うりうりうりー!」
めちゃくちゃホコリが出るな。
俺もガウルもわしゃわしゃしてホコリまみれだ。
「うわわわ! ノー兄! ガウルさん、帰りの原っぱでホーンラビットおっかけるのに夢中で、ずっこけてホコリかぶってるから! 一度洗ってからにして!」
「あ、ノーマ! また後で!」
「おー、俺は訓練場いるから、後で来いよー」
「なになに!? 訓練見てもらえるの!?」
ガウルはノインに引きずられるようにしながらシャワー室に連れていかれた。
おっと、この二人を放置してしまったな。
訓練場に向かいますか。
「じゃ、行くぞ」
訓練場に到着し、適当な訓練相手を探す。
あそこにいるのは、この間アイシャ達に訓練付けられていた奴らか。
まだ、この二人には厳しいかもしれないか……?
いや、物は試しだ。
「おい、そこの訓練生君。ちょっと手伝ってくれないか?」
「は、はい! 錦の旗、ゼ――」
「名前は言わなくて良い。この二人と実戦形式で2対2をやってみてくれ」
俺に言葉を遮られ、口を半開きにした男。後ろの奴らも俺の顔を見たまま様子を窺っている。
自己紹介以外にも何か言いたそうだったので、先を促す様に手を向けてやる。
「お、俺たち、E級もいますけど、総合Dランクパーティーです。平気ですか?」
「やってみてくれ。確認がてらだ。むしろ手を抜かないでくれ。二人も良いな? 実戦形式だ。なんでもありではあるが、相手に大怪我だけはさせないよう気を付けてくれ。まぁ、大怪我でなければ『花扇』の回復魔術で治るだろ」
「うす!」
「は、はい! Eランク冒険者、アルメリアです! お願いします!」
「が、頑張ります! Eランク冒険者、フリュウです!」
訓練生の剣士、少女二人が意気よし、と胸を張って返事をした。
俺は少し離れた位置で見守る。
あの二人は、少なくともオークに襲われた後の俺との連携に向かった勇気。あれは見事だったといえる。
俺の駆け出しの頃は、常に死と隣り合わせの感覚に怯えた時期もあったんだがな。
なんだかんだ、『開花』の皆に救われていたけれど。
懐かしい記憶を思い出し、苦笑していると始まるようだ。
「じゃぁ、先輩として花を持たせてやりたいが……俺らもまだまだ訓練生でね。悪いがクラン長のオーダーには従わせてもらう。いいか?」
「はい!」
「参ります!」
実戦形式の訓練が始まった。