87:魅了するのかされるのか
あの後、エリアベートを無理やりに訓練場から引っ張ってクラン長室に戻った。
エリアベートは拗ねた様に口を開く。
「なによ、まったく。別に嫌味で言った訳じゃないのに。ノーマもノーマよ。急いで訓練場から追い出す事ないじゃない」
……『百花繚乱』で無能者なんて言うとは思わなくてね?
こっちも驚きだよ、まったく。
「今後、『百花繚乱』で俺を無能者と呼ぶのは辞めてくれよ……俺以上に『花扇』は敏感なんだからさ」
「本当、驚いたわ。これだけ人望があるなんてね? ねぇ、『花園の批評家』のノーマ」
拗ねていたと思えば、もう揶揄うように言葉を告げる。
唯我独尊な態度が許されるだけの実力と気品か。
エリアベートは『英雄』を見出すとか言っていたが、彼女の様な者が『英雄』と呼ばれるのかもしれないな……
「で? 訓練場での事は詳しくは話してくれるのか?」
「だーめ。おあずけよ? 知ってしまうのは勿体ないじゃない。こういうのはじっくりと、ゆっくりと楽しむものよ……?」
怪しい笑みを浮かべ、目が俺を見据える。
「……分かった。いつか聞かせてくれ」
気付けば、俺は納得してしまっていた。
「そう、それで良いのよ」
バンッ、と音がした気がする。
だが、俺の目はエリアベートだけを見ている。
「良くありません! エリアベート嬢、アナタはノーマさんに何をしているのです! 今すぐに魔力を抑えてください!」
「……相変わらず、つまらない女ばかりね、『奇跡協会』は。代替わりしても堅物ばかりで嫌になるわ、アルテミス?」
「カリスト!」
「はい!」
エリアベートの顔を見続けていた俺を、視界の端でカリストが動くのが見えた。そして駆け寄ると、勢いそのままに横からぶん殴られた。
「い、ってぇな……くそ……エリアベート!」
「……なに?」
「今俺に何を流した! 何をやった!」
「あら? 『奇跡協会』と仲良しの癖に、そんな事も知らないの? ダメなノーマ」
「ノーマ殿、目を見すぎるな! 心の揺れにつけ込まれる!」
「言いがかりよ……そんなに普段から使ってないったら。私だって疲れるのよ?」
目を見て心の揺れにつけこまれる!? そんな能力の魔眼があるのか!?
今までもまさかっ!?
「……俺が時々、お前の目を見た時に吸い寄せられそうになったのは?」
「使ったのはさっきだけよ。それ以外の時にそう感じたのなら、アナタ自身が私に惹かれただけ。嘘じゃないわよ?」
……この発言すら信用ならない。それに俺自身、迂闊だった……まさかそんなもんをエリアベートが持っているとは思わずに……くそっ。
俺が惹かれただと? こんな危険な女に!? ふざけんな!
「魔眼持ちだなんて聞いた覚えがないぞ。どうなってやがる……そんな力が有ったら、もっと話題に――」
「だから……使ってないって言ってるでしょう? 今のはつい魔が差しただけよ。今の魅了だって、強くはかけてないわ」
……落ち着け。状況を判断しろ。
くそ、鼓動がうるさい……どっちの意味での鼓動だ……くそっ……!
「エリアベート。貴女は協会との協定を破るつもりか! 『奇跡協会』の協力者に魔眼を使うなど! どういうつもりかね!」
アルテミスが魔力を練って腕に這わせていた。
行使の言葉を紡げば魔術が発動される状況。
だが、エリアベートは笑う。
「ふふ……な~に、アルテミス? お気に入りを取られるのが嫌で怒ってるの? 嫌ね~、女の嫉妬かしら?」
「この理に反した吸血鬼がっ!! 燃やし尽くせ、赤熱の――」
エリアベートの言葉にアルテミスは腕を振るい、言葉を続けようとする。
ここでそんな事、させられる訳ないだろうがっ!!
「二人ともやめろ! ここは俺の『百花繚乱』だ! エリアベート、それ以上挑発するのであれば、その無謀さを理解させる」
「「……」」
なんとかアルテミスとエリアベートの言葉を遮って争いを止める。
アルテミスは行使しかけた魔力を霧散させながら、視線はエリアベートを睨んだままだ。
エリアベートはそんな視線を嘲笑うように口の端を上げながら、何も言わずに腕を組む。
一触即発の雰囲気のままだが、これ以上は許さない。
「二人とも座るんだ。俺達は争う為に会合をする訳じゃない。問題をこれ以上増やすな。エリアベート、魔眼を二度と俺に使うな」
「……すみません、ノーマさん。協力者への魔眼使用で頭に血が上っていたようです」
「……この女はどうでも良いけれど、ノーマとの約束は守ってあげるわ。今は、ね」
アルテミスとエリアベートは矛を収めながらも、睨みあう。
冷静になれ……エリアベートの言葉を気にするな。落ち着くんだ……これ以上、問題の収拾を困難にするべきじゃない……今は落ち着く事が最善だ。
エリアベートは席に着くと声を出す。
「それじゃ、呼ばれた理由を聞きましょうか。嫌ならそのままお帰り頂いても構わないわ。出口はあちらよ?」
手でクラン長室の扉を指し示すエリアベート。
「……それ以上挑発をしないでくれ。はぁ……今回の件、本当にエリアベートが伝手と言えるのか? こんな状況で……」
「あら? 心外ね。大抵の事は出来るわよ? 貴方は知らないのでしょうけれど」
ちらりとエリアベートはアルテミスへ視線を向けた。
「先日もお伝えした通り、彼女ほど理不尽な存在を私は知りません。貴族においても、王国においても。なんせ、人の姿をした化け物ですから」
アルテミスは、目の前の存在を拒否するように言葉を吐いた。
「……化け物? それは魔眼という意味でか?」
「いいえ、文字通り化け物なんですよ。彼女はヒトであってヒトではない。受け継がれた魔法をその身に刻み込まれた、血を求める吸血鬼なのですから」
「……は?」
言っている意味を理解できなかった。
エリアベートがなんだって? 吸血鬼? これも比喩か?
「ほら、ノーマが固まってしまったじゃない。都合の悪い事を秘匿する癖は、『奇跡協会』の愚かさね」
その言葉を受けても、気にせずに返答するエリアベート。
思考は何を整理するべきか判断がつかず、ぐるぐると同じ場所を回り続けてしまう。
俺が脅威を感じながらも、英雄的側面を感じたエリアベートが『吸血鬼』なら……俺が咲かせたいと願う『花』は『英雄――ヒト』であるのだろうか。
……そんな疑念も俺の心に根を張り、思考を邪魔していった。




