85:花に巣くう虫の群れ
部屋で座った姿勢でこちらを見るアルテミス。
俺の笑顔に、アルテミスも笑顔を返してきていた。
「突然の会合と言う事で驚きましたが……ノーマさん、良くお越しになられました」
「すまないな。『百花繚乱』として王都の調査が終わり、急ぎ伝える必要性があると考えてね」
「……それは、どの程度の緊急性を?」
先ほどの笑顔はどこへ消えたのか。
更に面倒な事が起きた、とでも言いたそうにアルテミスは目を細め俺を見ると、静かに組んだ両手を額に付け、息を一つだけ吐いた。
それは「聞きたくないが、避けられない」、とでも言いたげな仕草だった。
「王都、というよりも王国、と言った方が良いかもしれないな。ここまで根が腐っているとは、俺も思わなかったよ」
「それを聞く前に……カリスト、協会の者にお茶を用意させてもらえる? 緊張しすぎると、つい悪い面ばかりに目が向いてしまうので」
「もう用意させておりますので、そろそろ――」
静かに扉がノックされ、カリストがそれらを受け取る。
「ノーマ殿はコーヒーの方が好きだと思い、勝手に変えてしまったが……」
「あぁ、ありがたい。正直、お茶よりもコーヒー派でね」
お礼を言いながらカップを受け取る。
カリストはアルテミスにお茶を置くと、隣の席に着いた。
「さて……問題は非常にややこしくなったのはさっき伝えた通りだ。『奇跡協会』の調査では一部貴族が関与していたと判明していたよな?」
「えぇ、その通りです。そして、それらを手引きした者は既に罰を受け――」
「上位貴族はどうなった」
「……『奇跡協会』でも踏み込めない位置、というものがあるんです。上位貴族の関わりが無ければ行えなかったと考えていても、下位貴族が口を閉ざせば……王国からの協力は得られなくなります」
「やっぱりか……」
「では、今回の件でこちらに来られたのは……」
「アルテミス様、まさか……」
アルテミスは気付き、遅れてカリストも気付いたようだ。
だから言ったろ? 王都ではなく、王国の問題だ、と。
そう、今回の件は踏み込まなくちゃいけない。
「上位貴族、ジスタリア伯爵邸から残り物が大量に見つかったと報告を受けた」
「なっ……!? 伯爵!? それも……ジスタリア家の者がっ……」
カリストは事の面倒さから声を上げ、アルテミスを勢いよく見た。
「……落ち着きなさい、カリスト。私達も薄々(うすうす)は気付いていたでしょう? 治安活動の本懐であるジスタリア伯爵家であれば、裏通りへの手引きが行える可能性は大いにあると」
「で、ですが! 彼らは治安維持において『奇跡協会』とも手を結んでいるのですよ! それなのに大量の『ポイスパ』など!」
アルテミスの言葉に、なおも納得がいかないカリストは声を荒げるように続けた。
「……良しなさい、カリスト。従う者たち全て悪だと決まった訳ではないです。それに『奇跡協会』の様な使命に高潔な精神は特殊なのですから」
そろそろ俺が間に入らないとか……アルテミスとカリストのみで話していても仕方ないだろう。
それにこのままじゃ、方向性が掴めないままだ。会議は踊るされど進まず、となっては目も当てられない。
「……よろしいでしょうか?」
「あ、も、申し訳ない! 口を挟んでしまった……!」
カリストは俺の話の途中だった事を思い出し、謝罪すると口を閉ざす。
「『奇跡協会』としても思うところはあるだろうが……今はまず、この状況をどう打開するかだ。そこで……」
一息ついて、二人を見る。
誘導はできない。
あくまでも、ここは真摯に訴える紳士であるべきだ。
まだ細くても、確かに絡んでいるであろう、信頼と親密という蔓を信じよう。
結果的にそれが、より強固なしなやかさを持った関係となる。
「先日、言い淀んでいた伝手を教えて頂きたい。これだけの事態、打てる伝手は打つべき段階だ。それほどに状況は――悪化した。だからこそ……お願いしたい、アルテミス、カリスト」
誘導でもなく、唆すでもなく、素直に伝えた。
「……アルテミス様。貴族の問題となれば、やはり『あの者』と連携を取らざるを得ないかと思います……」
「……この件をこれ以上悪化させれば『中央』から叱責を受けるかもしれません。致し方ないでしょう……古くからの協定に反しますが、『奇跡協会』ディアナ王国支部長アルテミスが彼女と接触しましょう」
色々と気になる事が多い。
だがまずは――
「……古くからの協定?」
「誰と会うのかを聞けば理解できるかもしれませんよ? もっとも、ノーマさんが知っているとは思いませんが」
「……『奇跡協会』の貴族への伝手――彼女とはどなたの事でしょうか」
「……エリアベート嬢。エリアベート・ナイト・カレンデュラ伯爵ですよ」
アルテミスは感情を殺すように、けれど苦々しさを押し殺しきれない表情で告げた。
まさかここで聞く事になるとはな。
エリアベート……
伯爵令嬢でAランク――なのに、こっちの裏を読むような目をしてくる。掴みどころが無さすぎて、正直ちょっと怖いんだよな。
合同依頼で尚更に、エリアベートの為人が見えなくなった。
悪人ではなさそうで、けれど簡単に悪人にもなりそうな、そんな雰囲気を俺は感じたんだ。
「エリアベートか……ここでエリアベートの名を聞くなんてなぁ……色々と悪だくみしそうなタイプだと思うが……だからこそ協力してもらえれば、か」
実際のところ、俺は彼女の素性を深くは知らない。
「……それで、そんなに彼女は凄いのか?」
「ノーマさんにとっては『Aランク冒険者の伯爵令嬢』でしょうが……えぇ、『奇跡協会』と王国――王族にとっては、それこそ上位貴族などよりも余程の力がありますよ。仰る通り、飄々(ひょうひょう)としているので、どう転ぶのか予測は尽きませんが……」
なるほどね……じゃぁ、上手く協力が得られる事を祈ろうか……
……インフィオが甘えたがりな悪戯猫なら、エリアベートは悪戯されて困っている姿を楽しむ猫だ。
「アルテミス、カリスト。いつ動き出す」
「……まずは連絡を取り、日程を伝えます。その場で彼女が協力に乗るのであれば良し。断られた場合は……早々に『中央』へ報告をすべきでしょう。カリスト、後で書類を作っておくよう指示してください」
「分かりました、アルテミス様」
……さっきも出たが、『中央』とはなんだ?
4か国の支部とは別に『中央』があるのか?
……いや、今は気にするな。目の前の事に集中するんだ。
「分かった。それまでは『百花繚乱』も下手に刺激せずに、連絡を待たせてもらうよ」
『奇跡協会』に一任してもらうとしよう。
慎重に動いていても、万が一の失態の責任は負えないからな。
「えぇ、それまでは待機をお願いします。では、会合は終わりと致しましょう」
アルテミスはそう言うと顔を下に向け、今しがたの会合の内容を記した書類の確認をし始めた。
「ノーマ殿、玄関まで送ろう」
「あぁ、頼んだ。アルテミスも、よろしくな」
アルテミスにそう告げて、立ち上がったカリストと共に扉を出る。
行きとは違い、静かに通路を歩く。
カリストから感じる空気はへばりつくかのようなモノだ。
カリストも事態の重さで緊張しだしているのかもしれない。
「見送りありがとう。連絡待ってる」
玄関に到着したところでカリストにそう告げる。
用件を伝えた事で、少しだけ軽くなった足取りでクランへの通りを歩いて行った。
………………
数日後、何故かクラン長室には彼女――エリアベートが来ていた。




