83:花を受け取り、手と手を取り合う
クラン長室での秘密の話し合いをして、翌日。
昨日は『奇跡協会』にローズが手紙を届けに行った。
ここクラン長室には、訪問客がいた。
『奇跡協会』――ディアナ王国支部長のアルテミスと協会騎士団長のカリストが、目の前のソファに座っている。
「それで、ノーマさん。手紙の件ですが、間違いはないのですね?」
アルテミスは静かに真面目な声音で聞いてきた。
……昨日の今日で、俺ではなく、アルテミスがこちらに伺うとはね。
大分、信頼されてきてるみたいだな。
「あぁ、クロエ――『開花』の錬金術師が判断した。間違いなく事実だよ」
「……そうなると大問題ですね。カリスト、あれから王都では『ポイスパ』は流通していないのですよね?」
「はい。調査担当からは王都内では見つかっていないと聞いております」
……『奇跡協会』の調査を信じない訳じゃないんだが。
正直、インフィオの能力に比べると、どうしても劣っているからな。
インフィオからの報告があるのはいつになるか分からないが、詳細はそちらで聞くしかなさそうだな。
「『百花繚乱』も軽く調査しているから、その報告が届き次第、『奇跡協会』へも情報を共有しますよ」
「……助かります。どうにも、『奇跡協会』は『毒蜘蛛』にバレているようですから」
「……面目ない話だ。ノーマ殿、頼む」
二人は芳しくない顔と、申し訳なさそうな声音で俺に言う。
まぁ、大抵の裏組織なら追えるんだろうけど、相手が相手だ。
インフィオの師匠とも言えるインクローズ……生半可な密偵だと即座に見抜かれているだろう……面倒な事だ。
「今後の方針はどうするつもりだ? ヒト、魔物で実験してそれぞれに異常を起こさせる薬剤――魔薬なんてモノを放置したら、碌な事が待ってないぞ」
釘を刺すようだが、これは聞いておかないといけない。
下手をすれば、『奇跡協会』と『毒蜘蛛』との戦闘だけで済まない。
騒動の炎が更に広がって行くだろう。
「……正直、ディアナ王国の貴族が関わる点で、こちらとしても苦い思いをしているんですよ。余りにも踏み込めば、王族との関係悪化から排斥されかねませんからね」
「アルテミス様……今回はあの者に協力を仰ぐのも、致し方ない事ではないでしょうか……?」
ほぉ……カリストがアルテミスに進言をする姿なんて初めて見たな。
大抵はアルテミスがカリストを諫める事が多いというのに……
「……それはまた後で話そう、カリスト。彼女には極力会いたくないのでね」
……な、なんだ?
アルテミスが相当に嫌そうな顔をしだしたぞ……
突っ込んでみたいが、素知らぬ顔でコーヒーでも啜るか。
藪蛇になりかねない事は、避けて通るに限る。
「ア、アルテミス様……申し訳ございません……」
しゅんとした様に答えるカリストをそのままに、アルテミスは何事も無かったかのように、俺へ顔を向ける。
「方針は決めあぐねております。ですが、動く際には……出来ればご協力を」
……がっつりの協力はしたくないんだが。
あくまでも、俺達は冒険者だ。裏組織と戦う治安組織じゃないんだぞ?
「……できれば、軽くにしてもらえると助かるが。俺達はあくまでも、いち冒険者だ。下手な行動を起こせば潰すのも容易な冒険者クランでしかない」
「極力、としかお答えできません。『奇跡協会』としても外部組織――協力者に多くを求めたくはないのですが……いけませんね……最近の動きは後手に回る機会が多く」
……そこで俺を見ないでくれ。
確かにオークの件でも――そういえば、伝えていなかった。
「すまない、伝え忘れた……王都近くで発生したダンジョン、あれもオークに同じ異常性があった。恐らくは『ポイスパ』の影響だろうな。ダンジョンが産まれ『毒蜘蛛』が利用していたのか、その逆か。『百花繚乱』では判断できない」
俺の言葉で、アルテミスの目が力強く見開かれ、じっと見つめられる。
「……それを私が聞いた後で、どうお答えになるか分かるでしょう? 貴方が同じ立場なら、軽い協力で良いですよ、と言えますか……?」
アルテミスは静かな声音で、先ほどまでの無表情から困り顔で俺を見る。
言外に「『奇跡協会』の監視外で自由には行動させられません」と言うように。
しまった!? この件の方が王都に近い事もあって重大だ!
……迂闊だったかもしれない。
アルテミスは黙ったまま、こちらを見つめている。
その瞳に「今の発言、聞き逃せませんよ」と書かれているようだった。
王都近くのダンジョンまでも関係がある事を、俺が話したとなれば、『奇跡協会』の支部長――アルテミスは見逃せない。
アルテミスとの信頼、親密による距離感で口を滑らせた……
言ってしまった手前、逃げようがない……
「ノ、ノーマ殿! 本当なのか? 本当に、本当なのか!? いや、疑う訳ではないのだ! 確認をさせて欲しい」
「カリスト、落ち着きなさい? 協会騎士団が到着した際、ダンジョンのオークは?」
「も、申し訳ありません……以前の報告通りです。ダンジョン到着時には既にノーマ殿が踏破済みであり、オークとの遭遇は無く……」
ちぃっ! カリストの報告でさらに……逃げ場がない!
オークの件を相応の立場で直接目にした者が、俺以外にはいない!
重要な情報でも、もっと上手い伝え方があっただろうが……
「あ~……アルテミス、あ~、その……」
ぼやく事しか出来なかった。
……詰んだ。自分で口を滑らせるのではなく、せめて間に誰か別人を立てるべきだった……
分かってたはずだ。相手がアルテミスなら、情報の一言で当事者責任に化けることくらい。
これは腹をくくるか……
軽く、なんて言わずに、面倒事に頭まで漬かり込んで、最大限の利益を取る方向に変えるしかない。
面倒くささと危険度は、最初の想定よりもずっと高くなったがな!
「やりましょう。えぇ、手伝わせていただきます」
逃れられないなら、せめてこちらから攻めに転ずる。
そして――リスクを被るなら、せめてその分の利子は、受け取らせてもらう!
アルテミスは少し申し訳なさそうに、けれど嬉しそうな顔をする。
「ありがとうございます、ノーマさん」
それは、重責を背負う者同士だけが知る、安堵の笑みにも見えた。
……互いにこの件に巻き込まれた者として。
カリストは、うんうん、と首を頷かせて口を開く。
「流石、ノーマ殿だ! その潔さ、見事! 私に勝っただけの事はある!」
無邪気な顔で、カリストは嬉しそうに言う。
はは、は……権力者たちの闘争に巻き込まれなきゃ良いんだが……
カリストの喜ぶ顔を直視していられず、思わず天井を見てしまった。
……見上げた天井――騒動の先に何が出てくるのやら。




