82:ブーケは誰の手に
一頻り苦笑したままだった俺達だったが、インフィオが口を開く。
「それで? ノーマとしてはどうしたいの? 今回の件って結構な面倒事に巻き込まれそうだよ」
小さく両手を広げて、やれやれ、と言うように肩をすくめるインフィオ。
「分かってる。そこが問題なんだ……下手な行動は起こせない。迂闊な相手にも話せない。なんせ――」
「貴族の繋がり、ですね」
ローズも問題の大きさに、どう対処するか決めあぐねている様に、下を向き、両手の指を静かに組んだ。
「そうだ。『毒蜘蛛』の組員は、貴族が関わっていた事を告げてる。どこから貴族お抱えの輩の耳に届き、貴族連中が噂するか分からない」
腕を組んで目を閉じる。
簡単に考えれば、4人ほど候補が浮かぶが……
どれが一番良いかを決めなくちゃならないな……
「それなら素直に『奇跡協会』じゃないかな? 元々、王都での『ポイスパ』問題に動いてたしね」
インフィオはそこまで言うと、含みのありそうな笑顔を浮かべる。
「それに『奇跡協会』なら外部との繋がりが殆ど無い処理の仕方だから、漏れる事もないよ」
そう提案するインフィオの言葉に、目を閉じながら問題がないかを考え続ける。
「確かに……私もそれが一番、角が立たない落としどころだと思います。王国との伝手もなく、有っても関係貴族の問題。冒険者ギルドもお抱え人の可能性は捨てきれないですし……打てる手は『奇跡協会』のアルテミス様、かと」
やっぱり、そうなるよなぁ……
俺としても、それが一番の最善手だと思ってた。
思ってはいるんだけどなぁ……
「……面倒に巻き込まれそうな気がして、避けたかったが。仕方ないか……」
……重い腰を上げるか。
後手に回れば回るほどに、首が締まり、身動きが取れなくなる。
停滞は、心の緩みだ。冒険者としても、クラン長としても。
常に、自分で出来る、最善を……描き、掴むだけ。
「決まった」
指揮――批評をするんだ。
クラン長として、やるべき事をやれ。
「ローズ、『奇跡協会』に連絡をしてくれ。出来るだけ早めに会合出来るようにするんだ」
これが俺達『百花繚乱』のやり方だ。
躊躇ってる暇はない。
「はい、ノーマさん。迅速に」
「インフィオ、王都の再調査だ。『ポイスパ』の流通が完全に止まっているのか、止まっていなければ流通経路を」
この件すらも実績にしろ。
「……りょーかいしたよ、ノーマ」
さぁ、花束を投げに行こうじゃないか……
存分に受け取れ、『奇跡協会』――アルテミス!!
「さぁ、仕事の開始だ。インフィオ、ローズ、頼んだぞ」
二人が同時に立ち上がりクラン長室を出ていく。
さて……もう一件、確認しておかなきゃいけない用事があったな。
彼女達も訓練場にいるだろう。
「『外の件』は方針が決まったし……次は『内の件』か」
俺はソファから腰を上げ、クラン長室を出る。
行き先は訓練場。そこに向かいながら考えをまとめる。
彼女達に必要な行動、言葉。
恐らくは、俺が直接の対応はしなくても良いはずだ。
俺がいないと回らないような、軟弱な『百花繚乱』ではない。
だが、まだ若い蕾は雨風に耐え切れないかもしれない。
「……だからこそ、俺がいるんだ」
一人、誰に呟く訳でもなく、決意を吐き出す。
上階から地下への移動は長いようで短い。
もう着いてしまった。
室内からは、訓練生と指導をする『花扇』のメンバー達の声。
だが、地下1階の訓練場を覗いても、目的の人物は見つからなかった。
「……いない? 下の階も確認してみるか」
そのまま地下2階へ下る。
下る途中で既に、大声が轟いていた。
「あんた達、そんなんでやってけると思ってんのかい! もっと気合い入れろって言ってんだよ!」
……ヒルダの声だな。
訓練場の扉でも開いてんのかってくらい響いてるんだが……
静かに扉を開き、覗き込む。
そこには……
「はぁ、はぁ……うっ」
「ふぅ……ぐっ……はぁ……」
アルメリアとフリュウだ。
後ろ姿からは顔が分からないが、肩で息をしている事と漏れ出た声は聞こえてきた。
「ナメテんじゃないよ! ぶっ倒れるまでやれば、どうにかなるとでも思ってんのかい!? アタイが言ってんのは、この線まで踏み込んでみろって事なんだよ!」
……線?
何の訓練をしているんだ?
俺の考えと違う訓練なら、指示を出す――
「死線を潜れって言ってんだよ! そんな事も出来ないで冒険者かい! ノーマとの行動で何を学んだ、あんた達!」
ヒルダの言葉で扉を開く手を止める。
……良かったよ。
お前らもしっかりと気付いているようで、安心した。
パーティーの要はリーダーだ。
常に俺がいる訳じゃない。
だからこそ、『花扇』の各リーダーが気付いていたという事実は好ましい。
「何も持っていないアタイに踏み込めないで、どうやって今後やっていくんだい! ノーマはいつまでもダンジョンに付いて来ちゃくれないし、面倒だって見ちゃくれないよ!」
ヒルダは無手の状態で立っている。
だが、その先で睨むヒルダは恐ろしいだろう。
俺にはヒルダの意識は向いていない。
だが、二人には相当な重圧が掛けられているはずだ。
「お帰り、ノーマ。入らないの?」
おっと……アイシャに見つかった。
「あぁ、今はそっとしておく事にするよ。幸い、『花扇』のリーダーが見守ってくれている様だしな?」
小さく開いた扉越しに会話をする。
「そっか。じゃぁ、任せておいて。もうちょっとだと思うから!」
アイシャは小さく笑って言った。
「分かった。じゃぁ、頼んだぞ」
「任されました!」
お互い、奇妙な状態で会話をしているので、少し笑いそうになってしまった。
そのまま静かに扉を閉じる。
きっと……力強い笑顔で、俺に報告しに来るだろうから。
気分も晴れ晴れとしながら、クラン長室へ戻る中、ローズが小さく会釈をする。
その手には、これから送るであろう手紙が握られている。
気持ちを切り替え、クラン長室へ足を踏み出した。




