79:手向けの花は七色に#
静かに、堂々と俺は歩き続ける。
視線の先では、ガウルがキングとの戦闘を続けていた。
「はぁ……はぁ……へっ、中々、強ぇじゃねぇか……!」
ガウルの舌が唇に何度も触れ続ける。
そろそろ、ガウルの集中も切れかかってきていた。
……変わってないな、ガウル。その癖は直すべきだ。
そして……静かに、キングの下へ到達した。
「ガウル、下がるんだ。そろそろ限界だろ」
「ノーマッ! まだッ! まだこいつを仕留め切れてねぇ! オレにやらせろッ!」
「分かってる。だけど、ガウル。君は本当に一人で倒すつもりなのか? 俺の指示を忘れてないだろうね?」
じっとガウルを見やる。
キングもボロボロだが、ここでガウルに暴走されても危険だ。
飼いならされた犬に成れないのであれば、幼馴染とは言え……力づくで退いてもらうぞ! ガウルッ!
「……分かったよ。そんな目で見ないでくれ……」
キングの攻撃を警戒しながら、ガウルは後ろに下がる。
それで良い。
彼女達を無事に返すためには、危険すぎる賭け――遊びは抜きだ。
「さぁ、キング。君の軍勢は消えたよ。後は、何も残っていないお前だけだ」
俺達――俺を見て、静かに唸り声を上げるキング。
怒っているのか、憎いのか、妬んでいるのか。
何も俺には分からないが、一つ言える事がある。
それは――
「部下の統率が行えず、目の前の事にのみ固執し、誘導された。お前の器はその程度だった。消えろ、愚王」
本来のキングであれば、大群を率いていても劣勢の趨勢を見極め、仲間の生存――存続を考えていたはずだろう。
それすら行えず、怒りに任せ、冷静さを欠いた。
何があったかは知らないが、哀れなモノだ。
俺は、手を挙げて合図を送る。
キングは俺の動きを見て、声を上げながら突進しようと走り出す。
だが、遅い。判断が遅すぎる。
「はぁあっ!!」
イリアが間に入り、大盾を構え弾く。
ユリアがキングの両足を矢で射貫き動きを止め、クロエがその間に粘着閃光玉を投げ付ける。
アリアとガウルは……ひと休みさ。
「ノインッ!!!」
イリアに抱えられて後退する中、ノインへ声を上げる。
ノイン、十分に魔力は練ったのだろう?
キングに、お見舞いしてやれ。
「……埋もれる土砂、眠り誘う微風、灰燼に帰す業火、複合魔術、万華鏡」
キングの体を土砂が覆い、一定の間隔で風が旋風を作り、業火を焚きつける。
ノインの髪は魔力の流れで七色に輝き、風に舞う。
風が小さく鳴き、業火は叫ぶように燃え上がる。
静かに魔術が消える。
そして、残ったモノは――魔術の織りなす万華鏡。
様々な色の砂粒が溶けてガラスとなり、月の光を透過して、辺りを彩る。
ノインによる手向けだ。
花が咲き誇る様に、ガラスは七色で構成され、光と影で幾重にも姿を変え、映し出す。
立派な棺だ。
「……七色に咲く偽りの花――愚王。最後の開花、か」
戦闘を終え、ひと呼吸つくと周囲を確認するように指示を出す。
まだ残ったオークが付近にいるかもしれない……
そいつが異常個体であれば、村を襲ってくる可能性も拭いきれないからな……
俺は周囲を確認しながら、アリアやユリアの報告を待った。
「ノーマ君、皆。ちょっと来てもらえる。そう遠くないから」
「アリア、ユリア、何かあったのか」
「お兄さん、現時点だと私達じゃ判断できない。お兄さんやクロエに見てもらう方が早いと思う」
『開花』で固まって移動する。
キングの群れを見つけた位置から、歩いて十数分。
岩肌に小さな穴があった。
だが、その近くには……
「鉄格子……? なぜこんなところに」
「この鉄格子、元々は隠ぺいされて岩肌に見えるようになってたみたい。問題はこの先なんだ」
……人工物。それも鉄格子に隠ぺい。
村からそう離れていない位置で、何を……
「……これは」
「ね? 私達だけじゃ、判断できないでしょ」
その先にあるのは、檻の中に幾つも転がる、人の亡骸だった。
「……クロエ、調べてくれ。アリア、この他に似たような空間はあったか?」
「うぅん、ない。ここだけみたいだよ。この先には机はあるけど、何かをしてた物や記録は持って行ったみたい。残ってるのは注射器だけ。密偵の才能じゃないから、細かくは発見できないけどね」
……十中八九、碌でもない実験だろう。
こんな王国の田舎。そこからも外れた森の中で、人知れず行う実験だからな……
しばらく、ヒトだったモノを眺めながら、思考を回し続けた。
「クロエ、どうだ? 何かわかったか……?」
「……うん、残った人体の一部には同じように刺し傷があった。それと、肉体の変異も。なにかの薬物を打っていた、もしくは打たれていた事が分かる。それと……」
「教えてくれ」
「向かいの檻はオークが入れられてた事が痕跡で分かった。飢えで暴れて壊したのか、年月で劣化していたのか分からないけど、そこから抜け出して……食事をしたみたい」
……この人達がどの程度、魔力を保有していたのかは分からないが、膨大な数の死体だ。
それを食ったオークは……
「……これがオークキングの原因か」
「うん……人とオークに共通してるのは何かの薬物を刺されて変異――変質してる事。この注射器が答えだった」
クロエは注射器の中を綿で丁寧に拭い、軽く匂いを嗅いだ。
そしてその綿を、用意した薬剤に浸すと、徐々に色が黒ずみ、綿が溶け始め、何かの塊が産まれた。
目を閉じて頷く。
「少し前に王都で流行った、『ポイスパ』と同じ変化を示したよ。お兄ちゃん」
目を開き、力強く告げるクロエ。
逆に俺は、困った顔をしているだろう。
ここに来て、王都の問題が悪化して露見してしまったのだから。




