78:上に立つ者の器#
ノインの魔術がオーク達を襲う。
だが、キングとジェネラルの動きもまた、早かった。
魔術の顕現による、衝撃と傷を負いながらも致命傷を避けていた。
魔術の轟音が響く中……
「ブギュアァッ!」
勇ましい叫び。それは群れを束ねるモノの咆哮。
その声に応えるように、下位種オークは上位種に覆い被さり、肉の壁――要塞を築き、守る。
ノインの洗練された魔力で大群を削った。
それでも、やはり……残った。
魔術の消えた空間に……
しっかりと下位種に守られたキング、ジェネラル、ナイトが現れる。
魔術で負傷した体を、下位種オークの血で濡らしながら。
キングが再び吠える。
その声で、血を流しボロボロになりながらも起き上がる、下位種オーク達。
キングの号令で、攻撃を放った何者か――俺達が、どこにいるのかを探り出そうとしている。
……キング、ジェネラルは傷を負っていても、致命傷はない。だがナイトは3体、下位種オークは7体まで減った……
大分状況は良くなった。
……それに、王の傍から側近どもを離したな! 間抜けめッ!!
「……行け! ガウル! アリア!」
俺の声に飛び出す二人。キングとジェネラルに向かう。
「クロエ! ユリア!」
下位種の行動を阻害する為の合図を同時に出す。
クロエは取り出した溶解毒の瓶を投げる。
毒瓶は回転をしながら、時折月光に照らされながら、下位種オークの頭上を飛び越え――
ユリアの矢が撃ち抜いた。
空中で弾け、飛散した溶解毒に、ナイトと下位種の動きが止まる。
地面で煙を放ち、強い匂いを放っている毒。
キングの傍に近付けず、ナイトと下位種は呻く。
「ブアッ!」
力強く声を出すキングの号令、だが――
「遅いよッ!」
アリアがキングに近付くと、ジェネラルが立ちはだかる。
そのままジェネラルと付かず離れずを維持し、動きで翻弄する。
「へっ、キング! 俺の相手をしてもらうぜ!!」
その間に、ガウルはキングと相対する。
アリアはジェネラル、ガウルはキングの注意を引き付け、ナイトと下位種に隙が産まれた。
それを確認し、俺とイリアはナイトと下位種の前にすぐさま出ていく。
急転する戦場。
「展開するぞッ!!」
俺は声を上げ、踏み込む。
ここから先は、俺も彼女達も死と隣り合わせだ。
背後に気を付けろ。
常に俯瞰し、指揮を出せ。
彼女達は、指揮を望んでる。
キングもまた咆哮すると、下位種オークの乱れが収まり、統率された動きに戻り始めた。
ガウルはキングの巨体と真正面で切り結ぶ。だが、握る剣ごと、力押しで後退していく。
額に汗を流しながら、それでも不敵にガウルは笑う。
アリアは森の木々を使い、月光と影の中を行き来する。だが、攻めの姿勢は取らない。
ジェネラルも油断なくアリアの動きを追い、隙を伺い続けている。
そして……
俺とイリアも、乱戦――地獄の只中にいた。
ナイト3体に下位種7体。
オークは個ではなく軍として、連携の経験を積んだかのように構え出す。
ナイト3体が、俺とイリアを歪な三角に囲もうと動く。大きな隙間は、そのまま下位種が体で埋めようとしてきていた。
イリアは俺の背後の隙を無くすように自然と守りに動き、クロエやユリアの動きを待っている。
俺も同じように各個撃破で数を減らす為に、じりじりと身体強化のタイミングを計る。
しかし、なんでこう……くそっ……!
俺も似たような連携をするが……数に負けている状況で、魔物も戦術を使うとはな!
下手に包囲を抜けてそのまま下がれば、後衛のノインとクロエにぶつかる!
今の状況を脱するには……
手を掲げ、後退の合図をクロエにする。
クロエは、急ぎ包囲陣の中心に閃光玉を投げ込む。
それを横目に、イリアに手で合図をし、閃光玉との間に大盾を構えて入ってもらう。
イリアは抱き着くようにして大盾を構え、万全な守りの姿勢をとった。
パンッ!! キーンッ!!
音と閃光が暗い森の中を走り抜ける。
如何に上位種のナイトと言えど、視界を奪われて……
イリアの大盾の隙間から覗くと、オーク達は光に視界を奪われ、感覚が過敏かの様に呻きながら、闇雲に手を振り、足を振り、剣を振る。
ここで包囲を抜け――待て!
……閃光玉は一瞬の視界を奪うモノに過ぎない。
なのになぜ、こんなにも呻いて……痛がっている?
闇雲に動いているのは、視界が奪われたからではなく……
「クロエ、閃光と粘着!!」
「はい!!」
クロエも俺の意図に気付き、閃光玉3個に粘着剤を付けて、ナイト3体に投げ付ける。
予測が正しければ……無力化が!
イリアの抱える力が強くなると同時に――
再び、音と閃光が場を支配した。
至近距離だったため、耳鳴りの音が酷いが……
どうやら、正しかったようだな。
目の前にはナイトと下位種が立ち上がる事も出来ず、頭を地面に打ち付け、狂った姿があった。
……変異――変質にしては、可笑しすぎる……
こいつらに何があったんだ?
仲間のオークの血で濡れた姿でも異常だというのに、今は閃光によって呻き痛がり、地面に頭を打ち付け、狂ったように顔を、首をかきむしる。
「ユリアとクロエはこいつらを始末しろ! ノイン、魔力はどうだ?」
「ノー兄、魔力は十分に練れた! 行けるよ!」
ノインの言葉で、身体強化を発動させる。
数舜で全体の動き、状況を把握しようと目を動かし続ける。
ガウルは、キングの膂力に時々押し込まれながらも、身体強化の魔力量を増やし、距離を開き――助走をつけて剣を振り抜く。
額に汗をかきながら、今も横顔は笑っている。
強がりかもしれないが、まだガウルが笑っていられるだけの状況って事だ!
アリアも瞬発力で逃げられてはいた。
だが、俺達やガウルから付かず離れず、邪魔をさせずの位置で避け続ける為に、常に一手先の状況予測を要求されている。
綱渡りの状況に近い。
「アリアの援護に回るぞ! ガウルは耐えきれる! ノインは待機だ!」
急ぎ、手で指揮をしながらも言葉も告げる。
これだけ口を開き、余裕のない戦闘指揮はいつぶりだろう。
Aランク魔物の率いる大群とは、それだけ恐ろしく、余裕がなくなる状況だ。
だが……
冷静さを欠く事など、決してあってはならない。
俺が冷静でなければ、大事な花を散らしてしまう。
だからこそ、今はガウルではなく、アリアだ!
「アリア! イリア!」
俺の言葉と手指示に、イリアは動き出し、アリアはちらりとこちらを見て口の端を上げると……
ジェネラルの攻撃を避け――入れ替わるようにイリアが現れ、大盾で防ぐ。
良い動きだ!
俺の言葉と手指示だけで、二人の位置関係とタイミングに気付いてくれる。
そして、俺も走り出す。
イリアが大盾で防ぐ間に、瞬間の身体強化を施した俺とアリアで!
「アリアッ!!」
「いつでも良いよ!!」
俺に合わせろ!
身体強化と剣先に魔力を這わせる。
ジェネラルの動きが遅くなる。
ゆっくりと、イリアから俺に向こうとするが……
間に合わせねぇよッ!!
更に、魔力を!! 流せ!!
俺の踏み込みを、刺突を……
アリアの踏み込みの蹴りで深々と――
突きさせぇえええ!!!
ジェネラルの腰に、ゆっくりと突き刺される剣。
だが、俺の魔力だけでは浅く刺さるだけで、途中で岩にでも当たったかのように止まる感覚が手に届く。
流石、Bランクのオークジェネラルだ。魔力を身に纏い、強化された肉体。硬度が違いすぎる。
だが、俺には無理でも!
ここだ、この瞬間ッ!!!
アリアの魔力量ならッ!!
「アリアぁああああっ!!!」
「はぁあああああッ!!!」
俺の声が聞こえる前から、俺の動きに呼応して動いていたアリア。
ジェネラルの腰に刺さる剣を、アリアが!
魔力で強化し、助走を付けた全力の飛び跳ねた勢いが乗った足で――
踏み抜く!!
「ブグッ」
ジェネラルの腰に深々と刺さり、背中から腹を突き破る俺の剣。
震えながら、剣に手をかけるが――そんな隙を見逃す様な『開花』ではない。
「そこですっ!」
イリアがジェネラルの胸を袈裟斬りし、そのまま横なぎの一撃を首に放った。
ジェネラルは、今度は何も言えずに、静かに膝から崩れ落ちる。
腹から出た剣によって、膝を付き、頭を垂れた姿勢で息絶えるジェネラル。
……残すは、キングのみだ。
ジェネラルの背中から剣を抜き取ると、静かにアリアとイリアを付き従えて、向かう。
さぁ、孤独になった王に、会いに行こうか……




