77:飢えを満たすは王の務め#
ユリアは静かに弓を引き絞り、待っている。
俺がクロエに薬瓶を投げさせる瞬間を……
アリアとガウルは、奥地に先行し進んでいった。
その間に、手前のオークを静かに処理する……
俺は風の流れを確認してから、クロエに視線を送る。そして狙う位置を手で示す。
俺の指示で、クロエは痺れ薬の入った瓶を――
「んっ!!」
静かに力を入れて投げ込んだ。
綺麗な放物線を描きながら、複数体のオークの頭上に向かっていく瓶。
「……しっ!!」
弓の弦を指から離し、矢が解き放たれる。
木々の隙間から月の光が刺し込み、瓶が光を反射する。
そして……矢によって砕かれた。
パリンッ、と割れる音が響くと痺れ薬が散布され、月の光でキラキラと光り輝く。
ドスン……、とオークが倒れだす。
しばらく、綺麗に粉塵が舞うのを眺めながら、収まるのを待った。
……もう行けるな。
クロエの痺れ薬でオークと一緒に痺れたら敵わないからな。
彼女達は平気だけど……以前、吸い込んで偉い目にあったからな……
「良し……向かう――ん? どうした?」
立ち上がろうとするとクロエに腕を引っ張られる。
「だ、だめ。ノーマはまだ……ご、ごめんね」
……どうやら、俺ならまだ十分に痺れる事が出来るようだ。
……俺だけ風上に迂回して指示を出そう。
リーダーだけ痺れるなんて情けない姿を、晒したくないしな。
森の中で倒れるオークを、イリアとユリア、ノインが処理していく。
クロエは薬品で痺れているオークを確認している。
それらを遠目に見ているリーダーの俺。
もうそろそろ、良いよな?
「……クロエ、もう大丈夫かな?」
「ま、まだお兄さんはだめ……傍に来る前に終わると思うから、待ってて、ね?」
お姉さん口調で眼鏡の位置を直しながら、俺を窘めるクロエ。
まだ効果が残ってるのか……
「……仕方ない。今後は俺も問題ない様に、何かしらの薬品対応策をお願いするか」
一人、離れた位置で呟いていると、クロエが近付いてきた。
「お兄ちゃん、やっぱりこのオーク達も同じような傷がある。この群れは全個体が恐らくだけど、何かを刺されて、通常個体が変異――変質してる」
穏やかじゃない言葉だな。
通常個体の変異――変質。
明らかな異常事態だ。
先行しているアリアと護衛のガウルの報告次第だが、『開花』の手に余る事態かも知れない。
だが、応援を待っている時間も無い。
俺が作戦指揮をして、一網打尽にするしかない。
先行する二人を待ちながら、森の中でオーク本陣での指揮を考え続けた。
「……ノーマ君、そっちは無事に終わったみたいだね」
「……一大事だぞ、ノーマ」
アリアとガウルが、顔を顰めながら戻ってきた。
くそっ……悪い方向に事態が進んでやがる……
アリアとガウルは個別Bランクだぞ……それが顔を顰めるって事は……
「……オークキングが率いていたか」
「もうちょっと状況は悪いかな……上位種はキング1体、ジェネラル1体、ナイト5体。下位種オークは30体ってところ」
……まずい。
想定よりも上振れている……
この数は、ノインが下位オークを上手く減らせたとして、ギリギリ対応できるかどうかだ。
そして、オークキングはAランク、ジェネラルはBランクだ。ナイト5体も警戒に値する。
歯車が狂えば全滅しかねない危険度だ……
顔には出さないが、背中に汗が吹き出てきた。
誰よりも彼女達の実力を知っているからこそ、厳しさも理解できてしまう。
「……ノイン、魔力は練り終わってるか? 最初に数を減らすぞ。キングを中心に放ってくれ」
「うん、問題ないよ。初撃に範囲魔術を叩きこむね」
ノインの魔術の後は……
「クロエ、何がある」
「今は……痺れ薬、溶解毒、閃光玉、煙幕玉、粘着剤、かな……」
クロエの返答で幾重の指揮を組み合わせ、頭の中で展開を想定していく。
「クロエは下位種の動きを阻害し、狙えるならユリアとの連携で上位種に毒を浴びせろ」
……だが、まだ厳しい。
最悪の事態に陥った場合にも、彼女達を無事に撤退させる事が重要だ……
「ユリア、木の上から全体を把握し狙え。それと、追加のオークで退路が無くなりそうな時は知らせてくれ」
「了解、お兄さん」
……これで退路の問題は解決したな。
徐々に勝算の高い指揮へと固まっていく。
「ガウル、ノインの魔術で生じた隙に乗じて、キングを引き付けろ。決して無理して倒そうとするな。奴に指揮の隙を与えなければ、それで良い」
「……あいよ。だが、無理しなきゃ食い破って良いんだろ?」
先ほどまでと打って変わり、にやっと笑うガウル。
……もう恐怖よりも、格上との戦闘を楽しみに感じだしてるのか。
だが、尖兵――前衛はそれで良い……
「アリア、ガウルと一緒に出ろ。得意の速さと回避で、ジェネラルをキングから離すんだ」
「分かった。しっかりと引き離すね」
アリアは厳しい状況を理解しているだろう。
だが、キングとジェネラルを引き離すにはアリアしかできない。
これで対応すべき上位種はナイトだけだ。
「イリア、ナイトと下位種を中衛、遊撃として凌ぎ倒すぞ。俺も援護に回る」
「……かしこまりました。ノーマさん、よろしくお願いいたします」
背筋をピンと立て、俺の目を見て告げるイリア。
中衛はイリアに任せれば問題ない。
後衛のノイン、クロエにオークが流れてくる事はないだろう。
これで適材適所な役割は決まった。
後は臨機応変に指揮をすれば良い……絶対に、彼女達を生還させる。
俺は頷き、『開花』を引き連れて森を進む。
それまでの空気が一変する。
厳しい状況を乗り越える――乗り越えさせるのが、リーダー、クラン長の務めだ。
森の先に見えだした空間を見据える。
オークが群を成し、軍を形成していた。
その中心――キングとジェネラルを囲んでいる。
「動き出したら止まれないからな。覚悟は良いな?」
彼女達に確認をするまでもなかった。
既に油断なく獲物――魔物を睨み、俺の合図を待っていた。
ここからでも異様な魔力の質を感じる。
ねっとりと体にまとわりつき、意識していなければ呼吸が乱れそうになる。
キングは目の前に出された魔物の肉にかぶりつく。
それだけの行動で俺は恐ろしさで背筋が凍る。
「……っ」
恐怖から声が出そうになる。
だが、生唾を飲み込み堪えた。
「ふぅ……はぁ……」
彼女達の気配を感じろ。一人じゃない。
『開花』は7人だ。
『花園の批評家』、覚悟は良いな……?
「……ノイン、やれ」
「……凍てつく氷柱、唸る暴風、烈火の炎、包み飲み込め地割れ。複合魔術、天地開闢」
ノインが静かに唱え、体から放たれる練られた魔力が、世界に実を持って顕現する。
並のオークなら容易に串刺すであろう鋭い氷柱、飛ばされてしまう程の回転力と切断を生む暴風、魔力で怪しく七色に輝く炎、動きを阻害し命を奪う地割れ。
氷の冷たさが肌を刺し、風は悲鳴を上げながら森を引き裂き、業火が覆い爆ぜ、地面が震え地鳴りする。
今、この場において、天地開闢の瞬間が訪れていた。




