75:重なる風景、異なる情景
『北のナモナキ村』へ帰郷してから数日。
王都での冒険者活動の報告をし、過去の両親とのすれ違い――わだかまりも消えた。
父さんと母さんとの距離は元に戻り、溝は埋まっていく。
「……避け続けて、途方もない溝の様に思っていただけだった。避けるのではなく、一歩前に……」
武闘祭の時と似ている事に気付き、笑ってしまった。
その翌日……
村長の声掛けに皆が賛同し、夕方から宴会を催す事となった。
父さんと母さんも、宴会の準備のため、昼から広場へ出向いて行った。
それを見送り、俺とノインは通りの楽しそうな声を、庭の長イスで聞きながら、のんびりと待つ。
「宴会か……帰郷した事で、こんなに気分が変わるとは思わなかったな」
思い出されるのは村を出る前の宴会。
だが、当時の気持ちと今の気持ちは変わっている。
「ノー兄、嬉しそうだね」
隣に座るノインが俺の顔を見て笑う。
「あぁ、凄く楽しみなんだ。心の底から、この宴会を楽しめるって思えるんだ」
「そっか。良かったね、ノー兄」
ノインはそれだけ言うと、長イスに寝転がる。
「……温かいね」
「あぁ、本当にな……」
時間が来るまで、俺とノインは村の通りを眺め続けた。
空も夕焼けに染まる頃、俺とノインは広場に向かって歩いていく。
近付いて行けば、声も大きくなっていく。
「わぁ~、広場がすっかり宴会場だね!」
ノインの言葉の通り、広場には屋台で様々な料理が提供されていた。
鳥肉などを一口大にカットした物を炭火で焼いた串焼き。
具材がはみ出るほどパンに挟まれたハミパン。
厚い鉄板に油を引き、練った粉と刻み具材を流し込み、焼き上げられ、芳ばしい香りを放つ、鉄板焼き。
どの食べ物も食欲をそそる香りを放っている。
「ノーマとノインも来たぞ! ほら、こっちに座ってくれ!」
農家のおっちゃんが俺達に気付くと、声を出して周りに知らせる。
そのまま、村総出で宴会の準備が終わった広場の奥に、俺達を先導する。
「こうやってお前らとまた、宴会が出来て嬉しいもんだ! あの時のガキンチョどもが!」
おっちゃんは、かっかっか、と笑い声を上げると立ち止まる。
おっちゃんの後ろには、幼馴染達が既に席に着き、手を上げている。
「今日の主役は、お前らだ! お前もだぞ、ノーマ」
にかっ、と笑うと、肩を叩いて屋台へ去っていく。
おっちゃん……
俺は、どれだけの人にあの日、気付かれていたんだろうな……
「ノーマ、ノイン! 早く座って食おうぜ! 腹減った!」
「ノーマ君、ノイン、待ってたよ~。もう料理もアタシ達で準備してあるよ!」
「ノーマさん。こちらにどうぞおかけに。ノインさんもどうぞあちらに」
「お兄さん、遅いよー! ほらほら! ノインも早く座って!」
「お兄さん、ノイン。い、一緒に食べましょう」
皆が笑顔で、俺とノインを誘う。
冒険者になっても、いつも一緒にいる幼馴染達。
既に宴会の食事や酒は用意されていても、俺達を待っていてくれた。
今後も変わる事のない関係。
そして……記憶に残り続け、枯れる事のない大切な思い。
「ありがとう、みんな」
イリアの引いたイス――長テーブルの上座側に座る。
右手にガウル、ノイン、クロエ、左手にアリア、イリア、ユリアの順。
全員が着席した事を確認し、みんなで酒を手に取る。
「これまでも、俺に付いてきてくれてありがとう。心配もかけたりしてる。でも、これからも俺に付いてきて欲しい」
乾杯とはまだ言わず、俺の気持ちを告げる。
だが、ガウルがフライングで飲んでしまった。
「あ~……じゃぁ、乾杯!」
「「「「「乾杯っ!」」」」」
「ぷはぁっ!!!」
乾杯の後に、ガウルが酒を飲み干した吐息が漏れ、みんなの笑い声に花が咲いた。
しばらく俺達だけで飲食しながら会話していると、村長が台座の上へ移動し、声を出した。
「ナモナキ村の皆。今日は賛同してくれて感謝する。知っての通り、王都に行き、冒険者として活躍している彼等『開花』が戻ってきた! 今日は無礼講だ。存分に飲み、食べ、懐かしみ、今を語らおう!」
「「「おぉっ!」」」
そこからは、俺達のテーブルにちらほらと人が訪れ、二言三言、会話をしていった。
ある程度、人の波が途切れた所で一息ついていると、こちらに大人数で向かってくるのが見えた。
「ノーマ、ノイン。皆さんが挨拶しに来てくれたわよ」
そう言って母さんが手の平で示す先には……
幼馴染達の両親。
慌てて立ち上がり、お辞儀をする。
すっかり酒に食事と楽しんでしまったが、しっかりと挨拶をしてなかった……
彼女達と冒険者として活動しているのだから、最初に挨拶するべきだったな。
「す、すみません! リーダーとして、こちらから挨拶に伺うべきでした」
「ははは。ノーマ、気にしなくて良いよ。うちの子が行きたくて付いて行っただけさ」
そう言って、大きく口を開けて笑うのは、ガウル母――テレーザ。
「そうさ。ガウルはノーマ君に付いて行くって、ずっと言ってたからね」
ガウル父――レオネルは、テレーザの後ろから顔を出すと、同意して笑う。
「ワタシの子たちもそうよ~。アリアは昔も今もノーマさんにべったりだし、イリアなんて家政婦みたいになったのノーマさんの為だし、ユリアだってお姉ちゃんたちだけズルいって~」
頬に手を当てながら、おっとりと言う、アリア達3姉妹の母――セラフィ。
「マ、ママ!!? ちょっと口閉じてっ!!」
「お母さま、少しこちらへ来てくださいますか? お話したい事があります」
「ママと話してくるね~」
ピニー家の3姉妹は騒がしく立ち上がると、セラフィの手を引き、背中を押して離れていった。
「ふふ、セラフィのうっかりだね。いつも傍に居てくれるから、親としては安心できるよ。ありがとね、ノーマ君。それで、いつ頃に婚約してくれるのかな?」
アリア達の父――ルシアンが微笑まし気に離れていった彼女達を見ながら言う――
アリア達が離れていった先から、石が投擲され、見事ルシアンに当たり、即座に近付いてきていたアリアに引きずられていった……
その後ろから、おずおずと出てくるのはクロエの父――ベルランと母――マーティ。
「……ノーマ君、ありがとう」
「あ、ありがとうね……」
小さな声で、犬獣人の耳と尻尾を小さく振り、手も振る。
「そう言ってもらえて良かったです。今後も彼女達のリーダー、クラン長として、支え続けていきます」
幼馴染達の両親の感謝に、気恥ずかしくありながらも、胸を張って伝える。
そのまま談笑をしていると、一人の少年が近付いて来ていた。
顔に見覚えもないので、俺らが村にいた時にまだ生まれたばかりの子だったのだろう。
「なぁなぁ! 兄ちゃんはさ、無能者って奴なんだろ?」
大声で無邪気に笑って尋ねる、年端もいかない少年。
周囲の大人達の話し声が消え、静かになってしまった。
だが俺は、少年に笑顔を向ける。
「そうさ。俺は無能者って奴だよ。無開花者――凡人って奴だな」
「じゃぁさ、なんで冒険者やってるの? 無能者が冒険者になっても強くなれないって聞いたよ?」
少年の純粋な質問。周囲は静かなままだ。
以前の俺なら、一緒に静かになり、気にしていただろうな。
だが、今の俺は『百花繚乱』クラン長、『花園の批評家』のノーマだ。
無理、無茶、無謀を行い、進み続ける者。
だからこそ――
「諦めきれないモノがあったんだ。だから、誰かの否定では止まれなかった、止まりたくなかった。我武者羅に進んで、生死を彷徨って尚も、諦められなかったモノだから。……だから今も、冒険者なんだよ」
俺の言葉に、少年は目をじっと見てきて言う。
「兄ちゃん、かっけぇな! 挑戦者って奴だ! 教えてくれてありがとな!」
そう言って、満足したのか手を振って去っていく。
俺の言葉が、態度が、気にした素振りもないので、周囲に話し声が戻っていった。
挨拶も終わったところで、そっと主賓の席を離れ広場の端へ行く。
昔の俺が見た景色と重なる。
けれど、感じる情動は全くの別物だった。
「今日は、月も綺麗、だ……」
空を仰ぎ、月を眺める。
騒がしい中、悠然とそこにある月。
――ドンッ!!、と音が鳴る。
それまでの宴会の音と違う、異質なモノ。
村のみんなも、今の音に違和感を感じたのか徐々に静かになる。
ドゴンッ!!ガララッ!、と崩れる音に、鉄が軋む音が静かになった広場に続けて聞こえてくる。
その瞬間、『開花』の面々は俺の下に来る。
反射的に動き出す。
誰かの指示を待つまでもない。
俺は静かに手で指し示し、広場に告げる。
「皆、広場に居てくれ!」
宴の余韻を振り切るように、俺達は駆け出す。
方角的に放牧地。
近付く毎に、細かい瓦礫の音を、耳が捉えていく。
身体強化で暗闇の先を見ようとする。
――何かが、そこにいた。




