74:一方そのころ、王都の蕾
『開花』が、王都を出発したのを見送った直後の事。
アルメリアとフリュウはヒルダに抱えられ、『百花繚乱』の会議室に運ばれた。
円卓に並ぶ『花扇』のリーダーたち。その中で、ぽつんと末席に座るアルメリアとフリュウ。
そこから時計回りに視線を辿れば、レイク、ウィンリィ、アイシャ、サニア、グレイ、ヒルダと並んでいる。
「……そんで。なにを俺が気付いていないってんだよ、ヒルダ。機微がどうの」
グレイがむすっとしながら、再び聞き直す。
「じゃぁ、答え合わせしてやるとしますか」
ヒルダはビシッ、と人差し指をアルメリアとフリュウに指す。
「ズバリ、あんた達、ダンジョン遠征での事を引きずってるだろ! いつもと動きがぎこちない、言葉に覇気もない、ノーマの視線を伺いすぎてる。当たっているだろう?」
「「え、えぇ……!? な、なんで分かるんですか……!」」
二人の声が重なり、会議室に響く。
その声に、『花扇』のリーダー達――グレイを除き、想定通りであった答えに納得を示す。
「……やはり、か。気持ちの問題は厄介なモノだからな」
レイクは腕を組みながら、静かに呟き頷く。
「そうだよね~? これに気付けないって、リーダーとしてどうなんだろうね? 仲間の行動、言葉に気を使い、理解を示してこそ、パーティーリーダーだよ、グレイ」
ウィンリィはグレイに流し目をしながら、厳しい言葉を投げかけた。
「……鬼の首でも取ったかのように言いやがるじゃねぇか……けっ……」
悪態が口をついて出てしまうが、罰の悪そうな顔をするグレイ。
「そこが上手く直せないなら、お前はそこまでで止まってしまうぞ」
「わぁってんよ、ちくしょう……! だが、今回は俺の件じゃねぇ。さっさと進めてくれ!」
グレイは、レイクの言葉に荒れた口調で同意し、気付けなかった悔しさの滲む顔を手で隠して、先を促した。
「あ~、でも、誰しもが通る道だからねぇ。特にランクが低い内は……」
「だねぇ~。むしろ、下手にアタシ達『花扇』だけの臨時で混成パーティーよりも安定感あるから、良かったって思うべきなんだけどね。そうは気持ちが上手く切り替えられないからこそ、まだノーマから見て、蕾なんだろうね~」
アイシャの言葉に、サニアもアドバイスを言う。
「まぁ、それで気持ちがどうにかなるってんなら、アタイもそれで良いんだ。……だけど嬢ちゃん達は、それじゃ納得できないんだろう?」
「……頭では、分かってるんだ。ノーマにも切り替えられなければ、死ぬって言われてるからさ……でも、私があの罠に気付かず踏んだって事が、どうしても何度も、何度も! 目を閉じると繰り返されるの! ノーマの期待を裏切るのも、ノーマが傷つくのも怖いの!」
顔を手で覆い、感情に任せて首を振り続けるアルメリア。
「わ、私も、あの時どうしても、心の油断があって、罠を見逃しました。その結果、ノーマさんに負担がかかり……私達だけを、助けようとしたノーマさんを初めて怖いと思いました……いつまた失敗をして……その時に、助からなかったらって」
フリュウも同じように感情をこぼす。
だが、冷静に心の問題を見つめられていた。
その様子に、『花扇』の面々は顔を見合わせると、レイクがぽつりと口火を切る。
「俺は、というか俺達は元々Dランクパーティーだったのは知ってるよな?」
唐突に静かに話し出したレイクに、アルメリアもフリュウも黙って頷き、見つめる。
「俺達――『月浮かぶ湖面』が『開花』とダンジョンに入った時、レベルの差に落ち込んだ。その時ノーマに『君達は実力があるのに、どうしてそんなに腐りそうになってる。レイク、君の思慮深さは良いけど、ネガティブは駄目だ。パーティーメンバーに伝染するぞ』って笑われた」
優しい眼差しで二人を見る。
「そのダンジョンでの戦闘指揮はボロボロで、最終的にノーマの指揮になったくらいだ」
自嘲する様に思い出して言うレイク。
レイクは次にウィンリィを見た。
見られたウィンリィも、はぁ……、と息を吐き、呟く。
「……余り言いたくないから、ここだけの話だよ?」
恥ずかしそうな顔で、二人にウインクをするウィンリィ。
「ボクがノーマ直伝のスパルタ魔力訓練を受けてた時、成長を焦って指示を守らずに、隠れて訓練し続けた。結果、その日のダンジョンは魔力回復剤を服用しても、ずっと気持ち悪さが拭えず……最後に吐いて、そのまま失神さ。ノーマにおぶられて、ダンジョンを撤退。情けない話、ボクは失神して記憶にないけど、『ノーマの背中』にも迷惑をかけた」
ウィンリィは額に手を当て、気まずそうに言うと、今度はアイシャを見る。
「え~……今度は私ぃ……これ言うの嫌なんだよぉ……」
アイシャは天を仰ぎ見て、呟く。
「……アイテムポーチと化粧ポーチを間違えて持って行った。終わり」
アイシャは一息にささっと終わらせて、サニアを見る。
だが、それは許されなかった。
「おい、噓つくんじゃねぇよ! その後に続きがあんだろうが。しっかりと教えてやれよ。先輩として」
にやにやしながらグレイがアイシャに告げる。
「あんた、覚えてなさいよね……! 分かったわよ、言えば良いんでしょ! 同じ形のポーチにダンジョン用アイテムを入れて、そのつもりでダンジョンに潜ったの! でも、ノーマに言われて、アイテムを魔物に投げつけたら、ファンデーションが舞ったの! 投げたアイテムの形も似てたんだから、仕方ないでしょ!」
腕組みをして、フンッ、と言うアイシャ。
グレイが馬鹿にして笑う。
「はははっ! どこの馬鹿が化粧ポーチなんか持ってくんだよ! アホすぎ――」
アイシャが机に突っ伏して顔を隠す。
女性陣は静かにグレイの姿をみる。
そして、ヒルダは頭を振り、ウィンリィは「自分も話すのに馬鹿だなぁ」と皮肉を呟く。
その光景に、グレイも口を閉ざして静かにした。
少しして、アイシャが気を取り直し、サニアを見る。
「アタシはね~……ノーマと合同パーティーではしゃぎすぎて、思いっきりスキップしたら泥沼に突っ込んじゃった。その泥沼から引き上げてもらうのに時間かかっちゃって、結局、なにもしないで帰還したんだよね~」
アイシャは自分の頭頂部――犬耳を手で抑えて、頭を抱える様にする。
「ノーマには、『下手したらパーティーリーダーだけが死んでたんだからな』って泥だらけで怒られました。えへへ……」
苦笑し、頬を引くつかせて、当時の自分の行動を恥ずかしそうに言うサニア。
サニアはグレイを見やる。
グレイはさっきまでの態度と打って変わり、本当に静かに言った。
「格好つけて……、ノーマの声を無視して……」
「え~? なんて~? ほらほらぁ、グレイ? なんて言ったの~? 先輩だよねぇ?」
アイシャがグレイにやり返す。
グレイはアイシャを馬鹿にした。その自分で撒いた種に、屈辱にでも耐えているかのように身を震わせる。
「……格好つけて、ノーマの声を無視して、魔物に突っ込んだ」
「で~? 何が起きたんだっけぇ?」
アイシャの声に、プルプル震えながら顔を赤くするグレイは、ガタッとイスから立ち上がって大声で言う。
「だぁああ! くそっ! そうだよ! 突っ込んだ後に速攻で、散布された麻痺毒を吸い込んで身動き取れなくなったんだよ! その間、ノーマが前衛に入って俺を守ってくれてたんだよ! ちくしょうっ!!」
「あらあらー、騎士様に助けられて羨ましいわー。ね~ぇ、グレイ? それに、その後『馬鹿がリーダーに成れる訳がない。お前が死んでも、メンバーは殺すな』って言われたんでしょう?」
「うぅ……うぅぁあああ……この話は他言無用だからな……墓まで持ってけよ……」
アルメリアとフリュウを上目で見るように、グレイが告げる。
「こういう事さ。わかったかい、お嬢ちゃん達? 今の『百花繚乱』の創設メンバー『花扇』のリーダーだって、色々とやらかしてきてんのさ。アタイだって何度やらかしてきたか分からないくらいさ!」
「……ヒルダの件は、俺達には昔から教えてくれないからな。後で個人的に聞いてみると言い」
レイクはアルメリアとフリュウを見て告げる。
「良い女は無暗矢鱈に吹聴せずに秘密を作るもんさ」
がっしりしながら、スラリとした肢体を反らし、大きな胸を張って言いきるヒルダ。
その後に二人の目を見て伝える。
「さぁ、どうだい? アンタ達の悩みはアンタ達だけじゃない。アタイ等も同じ道を辿ってきたんだ。安心したかい? 誰もがノーマに助けられ、殺しかけ、強くなってきたのさ。アンタ達は、どうなりたい?」
アルメリアとフリュウは顔を見合わせて一緒に答えた。
短く、力強く――それでいて、優しい少女達の声。
その一言に、『花扇』の面々は頷き、顔を綻ばせた。




