73:アリアの懸念とノーマの決意
翌日の早朝。
いつもの様に起き、鍛錬の為の準備をし、静かに家を出た。
昨日は父さんから話を聞く事ができて良かった。
胸のつっかえが取れた気がするよ。
母さんにはこれからも心配をかけるだろうけれど、絶対に生き残るよ。
家に振り向いて、そう心の中で呟き、歩き出す。
目指す場所は、子ども時代にガウルと訓練していた、空き地だ。
「……あそこは今も、空き地のままなんだろうか」
村から少し離れた森の中にある場所。
幼馴染達と『伝説龍の巣』の誓いをしあった場所だ。
今も誰も欠けていない。
俺の目指し方が変わっただけで、皆と気持ちは変わらない。
「……ここも変わらないまま、か」
誓いと同じく、この空き地も変わらず残っていた。
「さぁ、鍛錬をするぞ……」
木の横に立ち、瞑想して呼吸を整える。
そのまま静かに微量の魔力を練って、体に流すと同時に、目を見開き強化を行う。
瞬間……全てがコマ送りになる。
草が、葉が、とてもゆっくりと風で揺れ動くのを視認する。
この方法は昔からの訓練方法であり、無茶をしない加減を覚え込ませる訓練だ。
目と脳を繋ぐ神経に魔力を流しすぎれば、熱暴走する。
「はぁあああっ!!!」
風で揺れる葉に狙いをつけ、抜剣からの一閃を放つ。
この状態では体を動かすにも重く、負荷もかかる。
だが、その一瞬だけ、俺は開花者に並べる。
なんとか振り終わり、身体強化を解く。
「はぁ……はぁ……良し!」
葉は綺麗に両断された。
横なぎ、刺突、真向、袈裟。
この行程を何度か繰り返していく。
「ぐっ……!?」
繰り返す内、体に疲労が溜まり、膝を付いた。
今日は、これくらいか……
父さん、母さんとの心残りが晴れた分、少し張り切りすぎたな。
「ふぅ~……終わりっと」
樹に寄りかかるようにして、火照り疲れた体を休める。
タオルで体を拭いちま――
「ノーマ君、鍛錬、お疲れ様ー!」
「うぉおっ!? アリア!?」
ひょこっと樹の横から顔を出すアリア。
びびったぁ……インフィオで慣れてると思っていても、アリアも盗賊だから似た事はできるんだよな……
ただ、もう少し近付く前に、声をかけてくれよ。
「そ、そんなに驚くとは思わなかったよ、アタシ」
「し、仕方ないだろ……ふぅ……それでこんな時間にどうした?」
「うぅん、特にはないよ。早朝鍛錬してたら、ノーマ君が家から出るのが見えて、付いてきただけー!」
そう答えると、俺の横に並んで座る。
「……そうか。なぁ、アリア」
「んー?」
「帰郷して良かったか?」
「うん! アタシのお父さん、お母さんも元気だったし、ガウル、クロエの家も変わりなさそうだったのが見れたからね! ノーマはどうだった?」
「俺も、来て良かったよ」
心地よい風が、俺の火照りを流していく。
「ねぇ、ノーマ君。その身体強化をするために、記憶消してるよね?」
静かになった空き地で、アリアがぽつりと呟いた。
「……あぁ、そうだな」
「今はまだ、目と脳の魔力神経が耐えてるけど、いつかは? 記憶の消去で対応できてるのも、いつまで? アタシ達の事を覚えているのは……どこまで……?」
……やっぱ、気付いてたか。
そりゃ、そうか。魔力の流れを見れば、彼女達なら気付けるだろう。
誰にも言われなかったのは、俺の夢を知っていたから。
誰も止めなかったのは、それだけ強い夢だったから。
それが、6年ぶりの帰郷で、つい……こぼれ出てしまったのだろう。
「ご、ごめん……聞かなかった事に――」
「大丈夫だよ。しっかりと制御すれば、記憶の消去は取捨選択できてる。不要な記憶だけに出来てる。それに、魔力神経への流動限界は把握してある。だから、相当な無茶をしない限りは、意図しない記憶消去は起きないし、死なないから」
「……本当? そんなの、絶対に嫌だよ……アタシ達を忘れるとか、絶対、許さないからね」
「そんな事は起きない。大事な記憶には、しっかりと保護をかけてあるから。……心配をかけたね、アリア」
「アタシだけじゃないよ。皆、気付いてた。気付いた上で、気付かないふりしたの。ノーマ君が死に物狂いで掴んだ、『努力の結果』だったから」
「……忘れるわけない。絶対に、だ」
力強く、アリアの目を見て、宣言してやった。
そう、俺が『花園の批評家』である限り……大事なモノは手の平からこぼれ落とさない。
絶対に……
「分かった、ノーマ君の言葉だから信じる! 絶対、ね!」
俺達は顔を突き合わせて、それまでの空気を流すように、笑いあう。
「アリア、覚えてるか。ここでの誓い」
「アタシが忘れる訳ないじゃん。『伝説龍の巣』の英雄譚!」
「必ず俺達は到達する。『伝説龍の巣』の花園へ、英雄――リンドと同じSランクへ」
決意を新たに、俺はそう誓った。
☆★☆
その後、アリアと共に村に戻り、それぞれの家の手前で別れる。
もう、朝だ。
父さんも母さんも起きているだろう。
……俺はまだ、伝え終わっていない事がある。
「……よし」
家の扉を開き、居間に向かう。
「ノーマ、おはよう。朝から鍛錬とは、感心だな」
「おはよう。折角の休みでしょう? 鍛錬しなくても良いんじゃないの?」
父さんと母さんが俺に挨拶をしながら、正反対な事を言う。
母さんの視線に父さんは頭をかいて誤魔化した。
「お、おはよう。鍛錬は毎日やっておかないと、何があるか分からないからね。前日に余程の事が無い限りはやってるんだよ」
「そう……そうよね。大事な事だものね……」
「うん。母さんには心配させて済まないって思う。でも、これが俺の生き方だから」
「……よし! じゃぁ、朝飯の時間だ。ノインはどうしたんだ?」
父さんは気持ちを切り替える様に声を出す。
「ノインは顔を洗いに行ったわよ。もうそろそろ来るわ」
……それなら、今、言うべきだな。
「父さん、母さん。俺の話を聞いて欲しい」
「……おい、ノーマ」
昨日の話を思い出したのだろう父さんが静かに俺に声をかけてきた。
「……大丈夫、その件じゃないよ」
「なに? 男同士でこそこそと話し合って」
「いや、なんでもない! なぁ、ノーマ!」
父さん……それじゃ、なんかあった事を自白してるって……
まぁ、石化の件は俺と父さんだけの話にしておこう。ノインから伝わってないと良いが……
「何でもない、訳じゃないんだけどね。実は、王都の事で伝える事があるんだ」
「な、なんだ?」
「……なに?」
「俺は、無能者として『アブラムシ』って異名――侮蔑が付いてる」
「「はっ?」」
「アブラムシ、だよ」
「「な、なんで?」」
「開花者――幼馴染達が花の異名で、無能者――俺は花の蜜を吸う虫。そんな風に見えるようだね」
「ふ、ふざけんな! 俺の息子に――」
「ノーマ、もう、十分冒険者をやったでしょう……? そろそろ、別の仕事に就いたら――」
「ただ、『花園の批評家』とも異名がある。これは称賛さ」
父さんの言葉に母さんが割り込み、母さんの言葉に俺が割り込んだ。
「俺は、二つの評価を受けているんだ。一つは無能者として、認められない蔑称。もう一つは無能者でありながら、認めてもらえた称賛」
俺は気にしないようにしている。覚悟も出来ていた。
だが、いきなり親に話すような事でもない。そのまま、話さなくても良い。
そう、昨日までは考えていた。
「これを伝えるのを、昨日は躊躇った。けど、俺は王都でしっかりと冒険者をやっているって伝えておきたかったんだ」
案じてくれている父さんと母さんだからこそ、俺の今を知っていて欲しい。
そして、その先で一緒に喜びを分かち合って欲しい。
そう、俺は願っている。




