71:懐かしき、実家
母が大声で俺に抱き着いた事で、村の皆も家族に顔を見せてやりな、と解放してくれた。
彼女達とは手で挨拶を交わして別れ、実家が見えてくる。
「……ただいま、レヴィシアの家」
俺の生まれ育った家。
ノインが引き取られた家。
英雄譚を夢見た少年が過ごし、無能者として蹲った家。
そして――決意を胸に、王都へと旅立った家だ。
……まだ、俺は冒険者をしてるよ。
「ノー兄、入りなよ」
実家の玄関で立ちすくんだまま考え事をしていると、先に入っていたノインから声がかかる。
おっと、いけないな。
どうにも、過去の記憶を思い出してしまう。
「義母さん。義父さんはまだ仕事中?」
「えぇ、今日は畑仕事だけのはずよ」
そうか、父さんはまだ畑仕事以外も任されてやってたのか。
「村の教師と自警団でもまだ仕事してるんだね。なんか安心しちゃった」
「まだ引退するような年じゃないわよ。私だって、まだまだ若いんだから!」
母は力こぶを作ってそう言うと、今度は目じりを下げながらノインに告げる。
「でも、ノインもそろそろ良い相手を探さないとね? 心配なのよ」
その言葉にノインが珍しく慌て、母の手を握る。
「ちょっと義母さん! ノー兄のいる前ではやめてよ! こっち来て!」
母とノインは居間から奥に向かう。
きっと個室でさっきの話の続きでもするんだろう。
ははは!
ノインが慌ててあんな行動をするのは珍しい。母さんにはまだまだ叶わないみたいだな?
しかし、一人で居間にいるってのも、なんだ……
微妙に落ち着かないな。
「父さんも呼びかけの声に気付いていたら、その内に帰ってくるだろ……日も暮れ始めたしな」
そう考えながら、俺も自室に向かう。
扉を開く。
あの頃は、もう少し広く感じた部屋。
ベッドも少し小さい。
だが、母が掃除や手入れをしてくれているようで、古臭い匂いながら、嫌じゃなかった。
「ふぁ……少し、横になるとするかな……」
そのまま目を閉じ考え事をやめると、意識はやんわりと沈んでいった。
「ノー……。ノーマ、起き……。起きて水浴びを……」
んぁ……少しのつもりが、大分ぐっすりと無防備に寝ちまった……
眠い目をこすりながら、声をかける。
「お帰り、父さん。悪いね、ぐっすりと寝ちゃってたよ」
白髪混じりではあるがまだ黒髪は多く、がっしりした体のアルマ――父さん。
父は笑いながら、俺の肩をパシッと叩く。
「寝てて悪い事はないんだがな。俺とさっさと風呂でも浴びて、体を綺麗にするぞって起こしただけだ。一日の汚れはその日の内に、ってな。その後に夕飯だ」
「母さんとノインは?」
「もうノーラもノインも入った後だ。昔から男は最後、だ! ははは!」
そうか。それじゃ、ひとっ風呂、浴びるとしますか。
「じゃぁ、ささっと入ろうか」
父さんと風呂場に向かって部屋を出て歩き、脱衣所へ。
服をバサッと脱いだ後に、湯気がふわりと立ち上る洗い場へ。
横並びで父さんも座ると、お湯を被りながら声をかけてきた。
「ノーマ、冒険者はどうだ。楽しめてるか?」
「……まぁね。大変だけど、楽しんでるよ」
「そうか。ノーラはお前やノインが王都に出てからも、ずっと心配してたからな。こうやって顔を見せに来てくれて良かったよ」
背中をごしごしと洗いながら、静かに言われる。
父さん……物凄く、気まずいんだが。
さっきまでの感じに戻してくれ……まだその話題をするのは、早いって。
「あ、あぁ……うん……」
俺の口から出たのは、曖昧な返答だけだった。
そこからはお互い静かに、体の汚れを落とす。
ざばぁっ、とお湯で泡を流す音が同時に起き、パシンとお互いにタオルを背中に打ち付け、ジャバッ、と同時に湯に浸かる。
……昔から一緒に入ってるせいか、同じタイミングじゃねぇか。
はは、変なところで親子の絆を感じちまったよ。
「ふぅ~……ノーマ、今は王都でどんな冒険してるんだ?」
湯をバシャッ、と顔に浴び、拭いながら父さんが言う。
「あ~、今は俺、クラン創設したから、冒険より書類仕事が多いよ」
そう伝えると、父さんの体が動き、湯が波打つ。
「はっ!? クラン!? 6年間も連絡よこさずで帰ってきたらクラン!? そこそこ有名なのか!?」
俺の一言で父さんの雰囲気が戻った。
というよりも、慌てだした。
このくらいの方が気楽で良いな。
父さんとの距離感、まだ掴み損ねてるからな。
「まぁ、新進気鋭とは言われてるよ。ガウルやアリア達の異名から『百花繚乱』って名前を付けて活動してるよ。創設したのは、もう3年前の話だけどね」
「ほぉー……『百花繚乱』ねぇ……王都で新進気鋭のクランだなんて言われてるとは、驚いた……」
「はは、がむしゃらだっただけさ。でも、まだ途中さ――百花繚乱の花園へは……」
そう、まだ、咲き誇る途中だ。
にやりと、自然と笑みがこぼれた。
「それで、お前の異名はあるのか?」
何気なく聞いた言葉だろう。
父さんに悪気はない。
だが、少し、答えずらかった。
どちらが、俺の、異名なのか。
「あぁ、そうだ。アリアちゃんやガウルちゃん達はどうだ? そっちの方が気になるな!」
その雰囲気を察してか、明るく父が言った。
そこからは俺自身の話題には余り触れないように、風呂でリラックスして会話をしていった。
風呂を出て、食卓に向かうと、母とノインが既に着席し、楽しそうに話していた。
俺達に気付いた母さんが声をかける。
「あなた、お風呂から出たのね。ノーマも席に着きなさい。夕飯はあなたの好きな鶏肉のから揚げよ」
……鶏肉に下味をつけて、カラッと油で揚げるだけの料理だけど、これがうまいんだよな。
王都の飯屋でも食べてたりする、昔からの好きな食べ物の一つだ。
子どもの頃は、ガウルも一緒になって食ってたけどな。奪い合いになってたけど。
良い匂いだ……食欲をそそる、母さんの料理。
「「「「いただきます」」」」
家族そろって、食事を始めた。
暖かいかけがえのない場所。
王都には『百花繚乱』――花園もある。
俺の大事なモノは、それだけで十分だ。
……夕飯に舌鼓を打ち、食後の時間。
まだ女性だけのトークがしたいのか、いそいそと母はノインを連れて行った。
俺も部屋に戻るかな。
父さんは、夕飯の残りで晩酌でもしそうな雰囲気だけど。
廊下に歩き出そうとした俺の背に、父さんが声をかける。
「ノーマ、ちょっと付き合え。まだ夜は長いだろ」
男二人での晩酌が始まった……




