70:久しぶり、『北のナモナキ村』
王都で馬車に乗り込んでから、経由地点の宿場町で一泊。
そこで軽く俺達も疲れを取りながら、馬を休めた。
そして、今日も朝から馬車に乗った。
外の景色は徐々に、昔見た覚えのある様な景色へと移り変わっていった。
「……やっぱり、15歳から王都に行ったきりだったから、懐かしく感じるな。でも、親、か」
思わず、こぼれ出た言葉。
だが、懐かしさだけではないんだよなぁ……
微妙に、反対を押し切って村を出て冒険者になった事が引っかかっているからなぁ……
「……だから、ずっと帰ろうって考えがなかったんだろうな」
「そうですね、懐かしい匂いというか。ノー兄に付いて行って、もう6年。義父さんも、義母さんも冒険者になるって伝えた時は驚いてましたもんね……」
「ははっ! オレの父ちゃんと母ちゃんはどうせ元気にしてっさ!」
「うちはどうかなー? アタシ達って言うか、ユリアも出て行くって聞いた時、相当寂しそうだったし」
「平気でしょう。あれから何年も経っているのですから。それにワタシとしては、少しは子離れ出来ている方が良いかと思います」
「アリア姉さんもイリア姉さんも、寂しがられてましたよ。まぁ、末っ子だからってのもあるんでしょうけど」
「わ、わたしのお父さんとお母さん、どうだろ……なんか、変わりなく実験とかしてそうな気がする……」
幼馴染達の言葉には楽しそうな雰囲気も滲んでいる。
いや、俺も帰郷するのは楽しみではあるんだよ?
ただなぁ……どうしても、顔を合わせるとなると、気まずいなんて思いが出ちゃうんだよな。
「皆さん、そろそろ『北のナモナキ村』に到着します」
御者が俺達に声をかける。
「ありがとうございます」
そろそろだ……
懐かしの、村。家。両親。
今の俺を見て、どう思うのだろうか。
あれから俺は、どれだけ進めたのだろうか。
そう考えている内に、到着した。
俺達は村の入り口で馬車を降りる。
馬車を降りた俺達の足元に、長く伸びた影が並んだ。
人の影、馬車の影、柵の影。
陽はまだ沈んでいないが、もうすぐ一日の終わりが近づいていると知らせてくる。
「到着しました。それでは、この村の宿で待機していますので、お帰りの際は前日に申し出てください」
御者は全員が下りると声をかけてきた。
「ありがとうございます。帰りもよろしくお願いします」
御者と別れ、村の通りを歩き出す。
あぁ、懐かしい道だ。
村は入り口以外、腰ほどの柵に囲まれており、夜になれば木製の門も閉じられる。
村の中心部である住宅地を中心に、農地、放牧地が周囲に見える。
小さな変化はあるだろうが、子ども時代とほとんど変わっていない。その風景に幼い頃の思い出がよみがえり、脳裏に浮かぶ。
よく、ここの通りや森で遊んだもんだ……
……あの時は、無邪気でいられた。
そんな郷愁に似た感情で通りを歩いていると、誰かがこちらを見ている気配がする。
注意深く周囲を見回すと、柵向こうの畑で作業していただろう男がこちらを見た後に近付いてきた。
「お、おい! お前ら、戻ってきたのか!? どうした!?」
柵越しに話しかける農家の男。
通りの農家のおっちゃんだ。名前は忘れたが、良く農地でかけっこして怒られたもんだ。
「お久しぶりです。まとまった時間が出来たので顔を見せに来たんですよ」
「おっちゃん! まだ元気に農家やってるか?」
俺とガウルは良く怒られてたからな。
気さくなもんだ。
「おう! 元気なもんさ! お前ら、ちょっと待ってろ! 今、村長に声かけっから!」
「あ、ちょっ――。昔と変わらず、そそっかしいおっちゃんだなぁ……」
言うが早いか、おっちゃんは脱兎のごとく、既に駆け出していた。柵を乗り越え、影が長く伸び出す通りを走っていく。
「昔と変わんねぇなっ!」
「お兄さんとガウルさん。あの人にどれだけ怒られたんですっけ?」
「……あ~、相当、怒鳴られてた気がする」
「怒鳴られすぎて忘れちまったな!」
そんな会話をしていると、少ししておっちゃんが戻ってきた。
「おーいッ! 村長さんが、通りに集まれってよーッ!」
そして、おっちゃんはそのまま道の真ん中に立つと、大声で叫んだ。
「ノーマ達が帰ってきたぞーッ!」
その声に反応するように、あちこちの家から人の顔がのぞき始めた。
納屋から、畑から、洗濯場から、子どもたちまで――人の姿がどんどん増えていく。
「あ……あらぁっ!? ピニーさんちの娘さんよ!」
「ガウルのねぇちゃんだ! おれもでかくなっただろ!」
「レヴィシアの倅と娘っ子じゃねぇか!」
「クロエちゃん、元気にしてたかぃ?」
「これこれ! みんなで喋りだしたら困っちまうだろ。しかしお前ら、村を出た時よりも、大分変わったなぁ! ノーマは子どもっぽさから男らしくなったし、アリア達も女の子から大人っぽくなった!」
村長が声を出して村のみんなを止めると、代表して出迎えの言葉を告げた。
その言葉で嬉しそうにする彼女達。
「しかし、ノーマ。お前も良く無事な姿で……まだ冒険者をやってるのか?」
誰が言ったのか。だが、その言葉で、少しだけ先ほどよりは静かな空気が舞い込んだ。
「えぇ、まだ冒険――」
「ノーマ! ノイン! やっと顔を見せに来たのね!」
この声は――
ぐっ!?
声のする方に振り向こうとして、思い切り抱きつかれ、衝撃で声が出せなかった。
村を出た時は同じくらいの身長だったが、今では俺の方がガタイも身長も大きくなった。
力強く抱きついた人に声をかける。
「……ただいま、母さん。まとまった休暇が出来たから、戻ってきたよ」
まとまった休暇が出来たから、などと言い訳臭い事を言ってしまう。
きっと、母さんにはバレているだろうな。
俺の母――ノーラは涙ながらに俺を強く、抱きしめ続けた。




