67:関心のない枯れ尾花
帰ってきて書類をまとめ、数日経過したばかりだから、まだ体に疲れが残っているな。
石化の痺れは早めの処置で治ったが、薬剤の乱用による副作用がまだ残って、魔力の練りがし辛い。
「はぁ……しかしどうにも、この視線が……見る目が変わって来たと喜ぶべきか、鬱陶しいと言うべきか」
王都の通りでは、『ディアナ王国武闘祭』で顔を見ていた多数の者がこちらを向いて、ひそひそと言いながら指し示してくる。
これが無能者で馬鹿にされていた頃と似ているのなんのって……言っても仕方ないだろうが、気分は良くないんだよなぁ……
「はぁ……まったく、どうしていつもひそひそと」
何度目になるか分からない、ため息を吐いてしまう。
今回の件で『開花』の皆にも怒られたし、そもそも花扇にも色々と言われ……留めにローズが報告書を見て震えだし、涙を流して仕事にならず。
散々な状況を招いてしまった……
無茶だったのは分かっていたが……それだけ、心配してもらえるとは思っても居なかったよ……
言ったら怒られそうだが、嬉しかったりするんだよなぁ。
そんな事を考えて、通りの視線を無視しながら冒険者ギルドを目指して歩く。
今回は『古びた石壁』の件で報告、兼、お叱りのお言葉を頂きに行くのだ。
それもまた、ため息が出てしまう要因なのだが……
「ふぅ……さて、到着っと……」
ギルドの入り口を抜けると……騒がしい声が響いていた。
どうにも受付窓口である冒険者が揉めている様で、一方的に話続けている。
まったく、窓口で受付嬢に文句言う輩ってのは、どうして大声で相手の言い分を聞かないのかね。
いつもの如く、階段に近い位置の窓口に座るアンナに声をかける。
「アンナさん、おはよう。今日はビッグスさんに朝から会う事になってるけど」
「あ、ノーマさん! 聞きましたよ!? 石化の件! もう……無茶しちゃだめですよ……? 冒険者のノーマさんに無茶するなって難しいって分かってますけど……でも……」
アンナが悲しそうな顔で俺を見ると、目をしっかりと合わせて言った。
まぁ、無茶しないってのは保証はできないけど……だが――
「アンナさん、無茶はします。でも、必ず生きて帰ってきますから。そんな顔をしないでくださいよ、ははは」
申し訳なさも感じている分、少しばかり乾いた笑いも出てしまった。
「絶対……絶対ですからね! 私の担当冒険者が、……なんて嫌ですからね!」
「分かっています。絶対、生きて王都に戻ってきますから。それで……ギルド長室へは向かっても平気ですか?」
「あ、えぇ! そうでした……ふぅ……ノーマさん、どうぞ2階に上がってください! ギルド長が部屋でお待ちしておりますので!」
アンナは一度深呼吸すると、明るい雰囲気に戻して告げた。
はは、彼女にも心配させてしまったな……
だが、これから会うビッグスには更に絞られるだろうな、ははは。
階段を上がり、ギルド長室をノックする。
「『開花』リーダー、『百花繚乱』クラン長、ノーマ・レヴィシアです!」
「入れッ!!」
ひぃっ……いつもより、大分、声が恐ろしい。
それこそ、奇跡協会の時よりも怒ってらっしゃる感じだ……
くそっ、魔物と違って人間は思考や行動が難しいからな……
扉を開き――
ビッグスの睨みの利いた視線に足が止まりかけるが、何とか踏み出していく。
「座れッ!」
「……は、はい」
応接用のソファに座り、ビッグスの顔を見る。
よくよく見ると、怒っている様にも、心配そうにしている様にも見える。
「……体はどうだ?」
神妙な声音で言われ、一瞬、固まってしまった。
「はっ? あぁ、いえ、問題ないとは言えませんが、石化の影響は特に残っていませんよ。この通り、体も五体満足ですし」
「そうか……ギルドとしても、今回の『古びた石壁』の件は重く受け止めている。未帰還の冒険者が居たが、あくまでも実力が足りなかったと考えられていた。それがまさか、こんな結果になるとは、な」
あのダンジョンは未踏破ではあったが、それはあくまでもボスエリア到達をしていなかったからだ。
ある程度、ダンジョン内の構造、出現する魔物、罠の情報は出回っていたため、潜る冒険者の数も多かった。
その内のどれくらいの冒険者が罠を踏みぬき、裏ダンジョンに入ったのかは知らないが……決して多くはないはずだ。
「流石に気付きませんって。あんな落下罠を抜けた先に、メデューサが配置されているなんて」
流石に……
この件で責められるべきは俺だろう。
なんせ、なぁ……
「罠を踏みぬいたのは『百花繚乱』のアルメリアですよ。しっかりと指導していれば、危険を招く事もなかった。この件で、ギルドの調査不足だって言うのはお門違いですよ……」
「まぁ、そう言って貰えると助かるがな……あれから再発防止に、ダンジョン報告、未帰還の見直しを理事会が命じてな。お孫さんが巻き込まれてってのもあるだろうが、てんやわんやさ。それはこっちの問題として、だ」
ビックスがグイッと顔を寄せてきた。
「な、なんですか?」
「公式としては褒められる行動じゃねぇが……やりやがったな、ノーマ! メデューサ討伐だ! 理事会のお孫さんも一緒に落ちて、無事の帰還。こりゃぁ、個人的に何か有るかもしれないぞ!」
んぁ?
意外と怒ってないのか?
お叱りムードの中で色々と突っ込まれると思ってたんだが……
「ははは、必死でしたよ。なんとか二人は石化させずに済みましたが、俺は石化一歩手前でしたから」
「問題はそこだ。冒険者としては、無理無茶は承知で戦闘しなきゃなんねぇ時もある。それが格上の魔物だろうと、な。だが今回は他クラン、他パーティーが居た。捜索を待つべきだった、って意見も理事会から出てな」
あ~……確かに理事会からそういう意見が出ても仕方ないかもなぁ……
理事会は、冒険者から成った者ばかりではない。だからこそ、良質なギルド運営が維持されているとも言える。
今回、疑義を上げたのは誰かは分からないが、お爺ちゃん、お婆ちゃんじゃないだろう。
「……調査官は派遣されますか?」
「こんな事で調査官は出張って来ねぇさ。メンバーが罠や魔物によって、不自然に死んだとかなら別だが」
ふぅ……
調査官には知り合いも居ないし、便宜を図るとしたら理事会の伝手。面倒極まりない。
痛くもない腹の中を、もぞもぞ動かれるのは気持ちが悪いからな……助かった。
「と、言う訳で、だ。理事会のほとぼりが冷めるまで、お前に加えてアルメリア、フリュウも活動休止だ! 公式としては、他冒険者が無茶する可能性のある危険な行動による休止、だがな。実績は積んだが、やり過ぎたな! はっはっは」
「ま、まぁ……その程度であれば、特に問題ありませんよ。どうせ、少し休もうと思っていたので」
「そいつは良かった! ギルドからも活動休止命令が出て、堂々と休めるぞ! ま、クラン運営にでも精を出すと良い」
「あ、この休みはクランでの活動も休もうと思います。北のナモナキ村に戻って、顔でも出そうかなと。冒険者になってからずっと、王都に居続けたので」
「あ~、里帰りか。王都に来た冒険者は里帰りなんて、殆どしねぇからな。俺も親が死んでからは、里帰りなんて面倒でしなくなっちまったな」
「それは、まぁ……忙しさもあるでしょうし?」
「はっ、言い訳さ。王都暮らしが長すぎて、懐かしさよりも面倒くささの方が勝ってるだけさ」
ビッグスは笑いながら言うと、真面目な顔に戻す。
「今回は無事に生き残った。だが、次回も……なんて考えはよせよ。そうやって、一山当てて次も狙うなんて考えで、消えていった奴らを腐るほど見てきた。まぁ、お前はそういうタイプじゃねぇだろうから、お節介な忠告かもな」
ビッグスは真面目な顔から、笑った顔に戻す。
ありがたい事だ。こうやって言ってもらえるなんてな。
そして、改めてビッグスの思いやりも感じる。
相当に心配していたからこその、怒り。そして、無事であったからこその、忠告。
ここ最近の流れで、浮かれ、とまでは行かないが……早く早く、と焦れている気持ちもあるかもしれない。
俺も気を付けておかないと、いつか身を滅ぼすな……
グリズリーにも『古びた石壁』での実践で驚かれていた。
箍が狂ってしまわないように……今一度、見つめ直すべき機会になったな。
「いえ、その忠告は金言ですよ。無理無茶をする場面と、しなくて良い場面は切り離すべきですからね。俺自身、こういう事に慣れすぎてしまっているかもしれませんので、気を付けます。アルメリアとフリュウにも良く伝えておきますよ」
俺の言葉にビッグスもホッとしたような顔をした。
心配かけて申し訳ない。
「そうしてやってくれ。あと今回の罠の事だが……お前の不注意で気付けなかったって報告書には書かれているが、良いんだな? お前の評価にも繋がるぞ?」
ビッグスが俺の発言内容との齟齬に気付き、真意を伺うようにして言った。
だが、答えは決まってるさ。
「はははっ、それこそ問題ないですよ。『百花繚乱』で参加し、俺がいた。なら全責任は俺にあるんですよ。裏方の、クラン長の俺が全て背負いますよ。支援すると決めた時から、俺は覚悟を持ってクラン長をやってます」
力強く宣言し、ビッグスを見やる。
そうさ。俺は、俺の手の届く内はしっかりと育て上げる。
だからこそ、『花園の批評家』なのだから。
「そうか。それなら良い。詳細は報告書のみ、と言う事にさせてもらう。これは非公式の雑談だ」
にやりと悪い顔をするビッグス。
ははは、ビッグス。その顔だと子どもが泣き出すぞ?
だが、今の俺も似たような顔になっているだろうな。
「えぇ、お願いしますよ。王都支部、冒険者ギルド長のビッグス殿」
手をスリスリしながら、言うとビッグスが以前と同じ様に嫌そうにしながら口を開く。
「だから、それをやめろと……もういい、さぁ、帰れっ! 話は終わりだ!」
「では、失礼しますね」
ビッグスがキレる前に、さささっ、と退散を決め込みギルド長室を出ていく。
なんでか、この手をスリスリするの不評なんだよな……
やり方が悪いのかねぇ……まぁ、良いか。
さて、用事も済んだし、帰りますかね。
2階から階段を降り1階に向かう。
来た時は怒声で騒がしかったが、今はいつも通り笑い声やら混じった騒がしさになっていた。
「アンナさん、ビッグスさんと話し終わったから帰るよ。受付窓口も落ち着いたみたいで良かったね」
「あ、ノーマさん、お疲れ様でした! 時々あぁして、依頼内容の確認不足で揉める事がありますからねぇ……まさかCランクパーティー『金の樹』が、とは考えたくもなかったですよ~……それを茶化して酒場の冒険者も笑ってましたし……」
「はは……それは、なんというか……お疲れ様です」
「私の担当ではなくても、聞こえるだけで疲れちゃいますよ~……あっ、今の内緒でお願いしますね」
うっかり、疲れを吐露してしまったアンナが、シーッと人差し指を立てて言う。
まぁ、アンナが巻き込まれなくて何よりではあるが、担当の受付は本当にお疲れ様、って感じだな……
「ははは、分かりました。それじゃ、失礼します」
「はーい! また、寄ってくださいね~!」
アンナに別れを告げ、ギルドを出る。
「お、おい! 待て!」
……俺に声をかけ、てはないか。
ギルドに居た人間で知り合いは居なかったはずだしな。
そのまま歩き続けると、後ろから肩を掴まれる。
「待ってって、言ってんだろうがっ!! 聞こえねぇのか!!」
怒声を上げながら俺の肩を掴み、騒ぐ男。
鎧が土に汚れ、傷も付いている。
元々は綺麗な金色だか、黄金色だったのだろうが、ボロボロだな。
……で? こいつはなんで俺に声をかけたんだ?
「いきなり肩を掴んで、大声で騒ぐなよ。こっちはそんな事をされる覚えはないんだが?」
「うるせぇ! お前になくても、こっちにはあんだよ! 自演で噂なんか流しやがって!」
まくし立てて喋り続ける男。
うるさい事この上ないな。
「噂を俺が? なんでそんな無駄な事を俺がしなきゃいけないんだ?」
「ふざけんな! 武闘祭に始まり、『古びた石壁』での事も吹聴してんだろうが! そうでなきゃ、『金の樹』の俺が一緒に居て話題に上がらねぇなんて可笑しいだろうが!」
「……そもそも、お前は誰だ? 『金の樹』? そんなパーティー、合同依頼に居たか……?」
「あ……? なに言ってんだ、お前……! この俺――ジェイドと顔を合わせただろうが! 忘れたってのか!?」
「……実際に忘れたようだな。だが……この状況を考えると、記憶に残さなくて正解だったようだな」
「な、なに言ってんだ……? 俺は若手筆頭のCランク冒険者、ジェイドだぞ……? 『金の樹』リーダーで――」
「知らないし、知りたくもない。俺が忘れたという事はそれらを加味しても『徒花』だったって事だ。それと、こっちはやましい事なんてしてない。それで納得するかしないかは好きにしろ。じゃぁな」
はぁ、全く……ギルドで騒いでたのは、こいつだな。
『金の樹』のジェイドねぇ……
『古びた石壁』で碌でもない事態と思ったが、王都に戻っても碌でもない事が起きたな。
笑えないな。
ジェイドとやらを置き去りにして、再び歩く――
「このっ、ふざけんじゃねぇ!! 『アブラムシ』の寄生虫が!! てめぇでは力もねぇくせに、『六花』や開花者に引っ付くだけの無能者がっ!!!」
後ろから大声で聞こえた罵声を無視して歩き続ける。
あれがCランクかぁ……総合評価で曲がりなりにも上位ランクになったのなら、もう少し……
いや、もう良い。忘れる事にしよう。
才能開花の徒花に付き合い続ける意味はない。
尚も通りで怒鳴り続ける男を置き去りに、クランへの道を静かに進み続けた。




