66:散りざまも見られない
命からがらダンジョンを抜け、冒険者ギルドに到着し、失敗の報告を告げた『金の樹』。
待っていたのは違約金の請求だった。
「こんな高額な違約金なんて、払える訳がないだろう!!」
「で、ですから! 私はしっかりと申し上げようとしたんです! この件はギルド理事会の関係商会で、上位ランクの未達は重い処罰がある、と! 引き留めた上で、聞かない選択をされたのは『金の樹』ですよ!」
ジェイドが受付嬢に詰め寄って言うと、負けじと受付嬢も言い返す。
「ですからBランクの『陽を遮る緑葉』の依頼を受けないように――」
「そんな事、聞いていない! こちらは失敗したが、こんな金額を請求されたところで払えない、と言っているんだ! どうしろと言うんだ!」
「その件はギルドで再度、お相手にも確認を入れると伝えているではないですかー。話を遮って何度も大声を出しているせいで、聞いていないのではありませんかー?」
何度も同じようなやり取りをし、うんざりした態度で受付嬢は告げる。
「それは、そちらが何度も――」
「結構です! 後日、メンバー二人の件も含めて、『雄々しき月光』へ正式に通達を行います! では、失礼します」
そう言うと受付嬢は窓口から離れてしまう。
「……ジェイド、この状況、どうするんだ。解決策がないなら、我は手伝わず抜ける。『金の樹』と共に沈みたくないからな」
静かにスィーセが告げると、ジェイドはぎょっとした顔で詰め寄る。
「はぁっ!? 何言ってんだ、スィーセ! お前だって『金の樹』のメンバーだろうが! もう少し、真剣に考えろよ! 違約金の支払いはどうすんだ!」
「違約金は『金の樹』のリーダーに最終的な支払い義務が生じる。我には関係ない事だ」
「こ、こういう時こそ、パーティーが一丸となって――」
「ジェイドさんがそれを言うんっすか……? メンバーを見捨てたリーダーが」
「あ、あれは、仕方なかったと話しただろう!! 今更、何を蒸し返してるんだ! 納得してお前だって付いてきただろうが!」
「ははは、言い争ってる奴らを見てみろ! あいつ、若手筆頭を自称してた奴だぞ」
「おいおい、武闘祭で壁に張り付いた男だろ! ははは」
ギルド内でパーティのいざこざは時々見られるが、Cランクまで上がった『金の樹』が言い争っているのを、周囲は楽しげに眺めて、酒のつまみにしていた。
「何を見てやがる! 鬱陶しい! こっちはイラついてんだっ!!」
「やめろ、ジェイド。見苦しいだけだ。ただでさえ、依頼失敗でうんざりしていると言うのに、これ以上、我を失望させるな」
「ふざけんじゃねぇぞ、スィーセ! 俺にくっ付いてきただけの癖に! 自分は美しいだの強いだの、いつもいつも気色悪い事を言ってた野郎が! 都合が悪くなったら抜けるってか!」
「我がいつも気色悪いだと!? ジェイド、貴様ッ!!」
「……」
サンフは言い争う様子を静かに眺め、立ち尽くしていた。
「アンタ達、いつまでこんな場所で言い争ってるのよ……みっともないわねぇ……」
そこに『鎖つなぎ』リーダー、チューリエが声をかける。
チューリエの後ろには、メンバーのブルーべ、ダリアも一緒に居り、怪訝そうな顔で見ていた。
「お前ら、良い所に……頼む、何も聞かずに『金の樹』に金を貸してくれ! お前らにも『手付金』の一部を渡してただろう!」
『手付金』という言葉を出したジェイドに、チューリエは冷たく言い放つ。
「何を言っているのよ? 私達は何も要求していないし、何もしていないわよ。貴方達からの好意を受け取った、それだけ。『手付金』だなんて、穏やかじゃない発言ね」
「へ、下手な嘘つくんじゃねぇ! 俺に要求をしたじゃねぇか! そうするように仕向けただろうが!」
「いつからそうするように、私達が束縛したというのよ。甘い誘惑に唆され、自分から鎖に絡まっていったんでしょう?」
「なっ……ど、どういう――」
「はぁ、今後も良いお付き合いでいられると思ってたのに。裏切ったのはむしろ、貴方よ。私達の期待を裏切った、哀れな男。もう良いわ。さよなら」
絶句したまま、言葉が出せないジェイドを置き去りにして、『鎖つなぎ』は後ろ手をひらひら振り、ギルドを後にした。
「な、なんで……どうして……おかしいだろ? おかしいだろうがぁあっ! 俺は、若手筆頭、Cランク冒険者、ジェイドだぞ! 俺が……俺が悪いっていうのかよぉおおっ!」
ジェイドの絶叫がギルドに響く。
それを見て、更に酒場の冒険者達は笑い声をあげた。
その光景を見て、スィーセもうんざりしたように口を開く。
「ふん……我も帰らせてもらう。これ以上、お前と居ても意味はないからな」
そのままギルドの扉を開け、出ていった。
「……っす」
サンフは静かにただそれだけを告げ、去っていった。
「どうしてだ! この前までは、なんだかんだ上手く行ってただろうが! なにがいけなかった! どこが悪かったんだ!」
後に残ったジェイドはギルドで頭を抱えながら、嘆き続ける。
その姿が酒のつまみになっている事など忘れてしまう程に……
ジェイドの目論んでいた『話題の塗り替え』は、成功した。
輝かしいモノではなく、後ろ指を指されて笑われるモノとして……




