64:大樹に成れなかった金の樹#
「ジェイドさん……流石に厳しいっす……今は、どうにかして逃げ――」
「なに弱気になってんだ。丁度良いじゃないか! 俺達はダンジョン踏破を目指して『陽を遮る緑葉』に入った。そして今、チャンスが目の前に来たんだぞ!」
ジェイドの目には、ボスエリアが天からの思し召しの様に思えてならなかった。
「ジェイド、ボスエリアに向かうのは賛成だ。我らが狙っていた、踏破が目の前の状況。みすみす逃す手はあるまい」
ジェイドに少し思う所はありながらも、スィーセも賛同する。
「ちょ!? スィーセ、何言ってるっしょ!? 流石に、疲労も物資も厳しいっしょ!?」
「そうっす!」
魔物による誘導を危険視したホーとサンフは反対の声を上げる。
「なら、お前らだけでダンジョンを帰れ。付いて来れない奴は勝手にすると良い。そうだろう、ジェイド?」
その言葉に、ジェイドは少しの間、目を閉じ黙り込んだ後、口を開く。
「残念だが、仕方ない。付いて来られないというのなら、ここで別れるしかないだろう。俺達が踏破しても、お前たちの名前は記録されない事は覚悟しておけよ」
ジェイドがそう言うと、ハルーはおずおずと手を上げる。
「ぼ、僕は魔力は、まだ残ってるから……ジェイドさんに、ついていくよ……ジェイドさんの役に、立つために」
「そうか! ハルーが一緒なら助かる。魔術師がいれば戦術が広がるからな! ……で? 二人はどうするんだ?」
ハルーの言葉に声を弾ませ喜んだジェイドだったが、ホーとサンフには冷たい声を向けた。
「……サンフ、行くしかねぇっしょ。今、バラバラになったら、それこそ……」
「っす……全員でまとまって行動するべきっすね」
二人はお互いに小さく呟いて意思を確認しあう。
危険な戦闘行為だと理解していても、2人で道を引き返す事もまた、危険である事を理解していたからだ。
「俺達も行くっす。ジェイドさんがいれば、ボスだって楽勝っす!」
虚勢を張ったサンフの言葉に、ホーは辛いモノを見聞きした様に顔を背ける。
「そうか! 二人も来てくれるのか! これで『金の樹』として踏破が出来るな。安心しろ。俺が――いや、俺達がやれば、何も恐れるものはない。信じろ!」
ジェイドは気付かず、先ほどまでの雰囲気はなりを潜め、二人に嬉しそうな声をかけた。
その言葉で、更に二人を不安にさせた事にも気付かず……
「ジェイドさん……ボスはエルダートレントっす。ボスエリアに大樹が一本。特徴的に間違いないっす……」
木々が避けるように生い茂り、空間がぽっかりと広がった、空き地。
不自然すぎるほどに静かな空間に、一本の大樹が聳え立つ。
「さぁ、入るぞ! 俺達の栄光は、目の前の大樹によって齎される!」
「うむ! 我の美しさが王都に広まる為の礎になってもらう」
意気揚々(いきようよう)と入っていくジェイドに続いて、スィーセも入る。
「う、うぅ……ホー、やるっすよ……」
「あぁ……無事に生還するっしょ……」
サンフとホーはおっかなそうな、恐怖に飲まれそうな声音だった。
「ジェイドさんの為、ジェイドさんの為……ジェイドさんの……」
ハルーはぶつぶつと呟いており、ボスエリアの恐怖は感じていなかった。
「やるぞ……ハルー、炎撃で様子を見ろ! スィーセ、前衛で注意を引け! ホー、俺のバックアップだ! サンフ、弱点を見つけろよ! 行くぞ!」
ジェイドの声に、各々が動き始める。
乗り気ではないサンフも、ホーも、今を耐えれば、今を乗り切れば、と恐怖心を押し込み、必死に行動を始めた。
まだ動きの見えないエルダートレントを前に、サンフは警戒しながらも弱点――狙うべき場所を探す。
ハルーは様子見で魔力を控えめに練って放つ。
「や、焼き穿て! 炎撃!」
炎の玉がエルダートレントの幹に向かって放たれた。
そして、直撃すると爆発し、煙に包まれる。
煙が晴れると、幹には傷一つ付いていなかった。枝葉も煤けていたが、燃えていない。
「ちっ! 様子見じゃ攻撃が入らねぇか! 仕方ねぇ! 俺の攻撃を食らいやがれっ!! 鏡花水月流、鏡割り!!」
ジェイドが身体強化を行って、体幹をぶれない様にし、魔力を通した大剣を振り回す。
そのまま、遠心力を利用しての横なぎをする。
ドスンッ!!、と音が響き、大樹が揺れ、葉が落ちる。
だが、大剣は固い樹皮に阻まれ通っていなかった。
「ちぃっ!? どんだけの固さだ! くそっ!!!」
「我の一撃を受けてみろ!! 斬鬼、鉞!! はぁああっ!!」
ジェイドの攻撃に合わせてスィーセもハルバートによる一撃を繰り出す。
ハルバートが唸りを上げ、表皮を裂く。
一瞬、エルダートレントの幹から木屑が舞い上がる。
しかし、樹皮を削るのみで、やはり刃が通らない。
「ぬぅうっ!!?」
「行くっしょ! 魔刃!!」
ホーが魔力を乗せたショートソードで力強く斬りかかった。
キンッ!!、と音を立て、樹皮に容易く弾かれてしまう。
「……まずいっしょ。魔力を乗せたのに、弾かれただけっしょ……!」
エルダートレントは、鬱陶しそうに前衛を払いのけようと、枝と根を振る。
その緩慢な攻撃を、前衛は一度後退してやり過ごす。
そのタイミングでハルーが声を上げる。
「ジェ、ジェイドさん! 魔力の準備できました! 撃てます!」
「サンフっ! どこを狙うべきだっ!?」
ジェイドの声に、サンフは今までの攻撃を鑑みて、重い口を開く。
「……ジェイドさん、無理っす。ハルーの練った魔力でも、どこを狙っても通らな――」
「ハルー! 奴の幹と枝の付け根だ!! そこを狙って一気に燃やしてやれ!!」
ジェイドはサンフの言葉を無視して、ハルーに指示を出してしまう。
「う、うん!! 燃え移れ烈火! 火焔連撃!」
ハルーは練りに練った魔力で複数の火焔を産み出し、幹と枝の付け根を狙っていく。
しかし、練りに練った魔力と魔術の炎は燃え広がらず、樹皮を焦がすだけに留まってしまう。
「う、嘘でしょ……ぼ、僕の魔術が……」
多数の炎でエルダートレントが初めて、大きく枝を揺らし始める。
そして枝と根が今までとは打って変わり、『金の樹』を串刺しにしようと勢いよく襲う。
「ジェイドさん! もう無理っす! どれも攻撃が通ってないっす! 撤退――」
「まだだぁあっ!! スィーセ!! 俺を守れ! 魔力を全力で練るっ!! はぁあああ!!!」
「うむ! 任せろ!! 金剛!!」
スィーセが魔力で肉体と鎧を強化し、ジェイドの前に立ち、枝と根の槍を受け流す。
「ぬぅううっ!!」
逸れた槍が鞭のようにしなり、後方に控えていたホーとハルーに向かう。
「うぐっ!?」
なんとかハルーを守ろうと、ホーが小盾で入るが、衝撃で飛ばされてしまう。
「げほっ……」
無防備なまま、ハルーは腹と足にしなった枝と根を受け、蹲ってしまう。
「ハルー! ちくしょう……受けきれなかったっしょ!」
ホーは少ない体力回復剤をハルーに手渡すと、再度ハルーの前で構えて守りに入る。
「ジェイド! まだか!? 我も、この数を受け続けていては、流石に持ちこたえられないぞ!」
スィーセも必死に踏ん張り、吹き飛ばされないように魔力を流し続けていた。
「もう、少しだ……もう少し……良いぞっ! 行くぞ! 俺の、渾身の、一撃! 鏡花水月流、天昇宝樹!!!」
ジェイドの背後に魔力によって樹が投影され、密度の濃さで具現化される。
枝に、葉に、果実に、根に。
金、銀、瑠璃、と様々な宝の成った、持ち主を攻守の面で支える樹。
まばゆい光を放ちながら、財宝が身を守り、金と銀が巨大な槍の様に射出される。
そして、エルダートレントの『槍』を相殺し、幹に刺さっていった。
「はぁ、はぁ……まだだ……これで終わりじゃねぇぞ!! はぁああっ!!! 鏡花水月流、月穿ち!!」
大剣に這わせた魔力が、鋭い波の様に凸凹になり、前後に動く。
ノコギリ状になった、大剣で、エルダートレントを斬りつける。
ギャギャギャギャッ、と凄まじい音が響く。大剣は樹皮を削り、じわじわと刃先が沈んでいく。
「やったか!? ジェイドっ!」
スィーセはエルダートレントに攻撃が通った事実に、喜んで聞き返した。
だが、ジェイドは何も答えない。
今なお、ジェイドの天昇宝樹はエルダートレントの攻撃から己とメンバーを守る。周囲では枝と根のぶつかり合いが行われていた。
大剣からも依然として音が鳴り響き、樹皮の先を目指そうと削り続けるが、刃は十センチ程の深さから進んでいなかった。
何とか大剣を幹から抜き、メンバーの下に急いで下がる。
そして、遂にジェイドの魔力が維持しきれずに切れてしまうと、答えを口に出した。
「む……無理だ……俺達に、こいつは……倒せない……」
誰もが今更聞きたくなかった、情けない言葉だった。
そして……
エルダートレントが、削られた幹をゆっくりと枝で撫でた。
次の瞬間──裂けた樹皮は、うねるように蠢き、何事もなかったかのように塞がった。
その瞬間、『金の樹』を絶望が支配した。




