63:ひび割れた金の樹#
薄暗く、視界の悪い森を歩いた『金の樹』は立ち止まり、周囲を見回していた。
あれから道中で、何度もピクシーやバインドスネークに襲われたが、なんとか追い払い、遅れを取り戻そうと息つく暇もなく、ジェイドの指示で進み続けていた。
だが森の先を良く見れば、地面には最初に襲われた地点である事を示す、ピクシーの死体が転がっている。
奥に進んだのではなく、森で迷い戻って来た事を、否応なく理解させる。
ダンジョンで、息つく暇なく戦闘した疲れだけではない、ひりつくような空気が漂う。
「で……? サンフ、俺達は今どこにいるか聞かせて見せろ! なんか弁解の一つくらいあんだろうな!?」
ジェイドはイラつき、ダンジョン内で大声を出し、詰め寄る。
「……ピクシーとの戦闘で、道しるべのアイテムを持ってかれたっす……ジェイドさんが、どんどん先に行ったから、荷物を確認する暇も――」
「この俺のせいだっていうのか? お前、何年冒険者やってきた…… こんな凡ミス、初心者しかやんねぇよ。俺は、お前がもっとやれると思ってた。――裏切られた気分だぜ」
サンフの言葉の途中で、ジェイドは噛みつき、更に顔を醜く歪め、怒声を上げる。
「ちょっ!? 俺もっしょ!?」
ホーは目を見開き、驚きの声を上げるが、ジェイドの目がぎょろっと向き、黙り込む。
「はぁっ……、お前も同罪に決まってんだろ。ピクシーからサンフを庇ってやってりゃ、こんな事になってねぇんだよ……」
「我やジェイドに何度失望させるつもりだ? 言い訳ばかりで、見苦しい。実に不愉快だ」
ジェイドの言葉にスィーセも同調し、呆れた声を出して3人を見やる。
一頻り怒りをぶちまけた後、ジェイドはサンフに問いかけた。
「それで、ここからどうやってダンジョン踏破を目指すんだ? 案の一つくらいあるんだろう? まさか、ただ謝ればそれで良い、なんて思ってないよな! 盗賊なら盗賊の仕事をしろ!」
「そ、それは……そうっす、代わりに樹に印を――」
「だったらなんでやってねぇんだ! 本当にお前、使えねぇなっ! さっきまでの道でやってりゃ良いだろうが!」
代替案を提示しようとしたサンフの言葉に、ジェイドはカッとなり、何を今更言っているんだ、と呆れと怒り混じりで告げる。
「い、今からやるっす……申し訳ないっす……」
「はぁ~……まじでこんなのが出来てないなんて、可笑しいだろうが……! それにホー! ハルー! なんでお前らも気付かない! そうやって俺に言われるまで――」
「ま、またピクシーの群れっす! 前方! 今までよりも多いっす!」
「ちっ!! ちんたらやってるから、また魔物が来ちまったぞ! ハルー、魔術で範囲攻撃で処分しろ! 早くやれ!」
「わ、分かった! さ、裁断する風の舞! 鎌切!」
前方から襲い来るピクシーの群れをハルーの風魔術が処理していく。
しかし、魔物の攻撃はこれで終わらなかった。
「しゅ、周囲にいきなり複数の気配が現れたっす! 警戒っす!」
「あぁっ!? いきなりってどういう事――」
ジェイドがサンフの言葉に怒鳴り声を上げようとすると……
『金の樹』を囲む樹が生き物の様に動き始める。
上からは枝が、土からは根が、槍の様に刺し、蔓の様にまとわり付こうとする。
「ト、トレントっす……狡猾に誘き出し、養分にする魔物……まずいっす……囲まれたっす……!」
「くそがぁっ! こんな魔物に遅れなんか取るかっ! ホー、俺と連携しろ! スィーセ、ハルーの援護だ! サンフ、魔物の群れを迂回して逃げるルートを探せ!」
初めて、ジェイドがまともな指示を出した瞬間だった。
魔物に囲まれ、逃げ場を探す場面になり、ようやく正しい指示を出した。
その言葉で『金の樹』は共通の危機を脱するために、先ほどの事を忘れ、一丸となって動く。
バインドスネークが、トレントの枝に乗ってハルーに襲い来る。
それをスィーセが防ぎ、守る。
ハルーは仲間を信頼し、ピクシーに向けて魔術を放ち続ける。
ジェイドとホーは全体のトレントの枝と根を牽制し、『金の樹』のスペースを確保する。
サンフも牽制しながら周囲を細かく確認し、魔物の隙間を探していく。
この段階になって、『金の樹』は幸か不幸か、まとまって行動できた。
しばらく『金の樹』で守りに専念していると、サンフが声を出す。
「ダンジョン出口側は魔物が多すぎるっす! 反対にジェイドさんの左手側は手薄っす! 一度やり過ごすっす!」
「聞いたか、お前ら! 良いな! 左に進むぞっ! 行くぞぉおおっ!! うらぁあああっ!!!」
「了解っしょ!」
ジェイドの声に、ホーが反応して、『金の樹』の道を切り開く。
中衛にサンフとハルー、殿にスィーセが付く。
堅実な連携で、魔物の壁が手薄な場所を突き崩していった。
「お前ら、やったな! ハルー、魔術で大群のピクシーを払いのけるとは凄いぞ。ホー、良く俺に合わせてくれた。サンフ、あの状況で良く打開策を見つけた! スィーセ、殿として耐えてくれて助かった!」
一時の休息に、ジェイドは嬉しそうにメンバーを褒めていった。
誰も言葉を返さず、ただ足元に視線を落としたままだ。
まるで、誉め言葉が疲労と苛立ちの土壌に落ちた雨粒のように、音もなく、痕跡もなく、染み込んで消えていくようだった。
「ジェイドさんのため……ジェイドさんの……」
ハルーは小さく呟いた。
そして、しばらくすると魔物の波は途絶えずに、また襲ってきた。
壁は突破したはずだが、迂回、休息しようとする度に接敵してしまう。
気付けば、アイテムは消耗し、歩き、走り、戦闘し……疲労が蓄積し続けていた。
そうして進まされ続けた先には……
ダンジョンの最奥を示す、ボスエリアが見えた。
『金の樹』はそこで気付いてしまった。
魔物の群れの囲いを、無事に抜けられたのではなく……
「は、はは……や、やっちまったっす……は、はめられちまったっす……」
魔物に逃げないように誘導されていたのだと。
「これは俺達の栄光、未来を引き寄せた結果だ! はめられた? 違う! ダンジョン踏破される事に魔物は気付かず、俺らを導いただけだ!」
だが、ジェイドはその言葉を潰し、その先の未来を思い描き続けていた。




