62:散りゆく徒花(あだばな)#
翌日の朝。
『金の樹』の一行は、荷物の確認や調べも碌にせず、出発した。
酔っぱらった勢いで受けた、Bランクダンジョン『陽を遮る緑葉』。
こんなモノ簡単だ、と言わんばかりの気軽さで受けた。
前日に飲みすぎた事もあり、馬車に乗り込むと気持ち悪さが『金の樹』を襲う。
「はぁ……昨日は飲みすぎてしまったな。まさか全員で酔うとは思わなかったな」
ジェイドの言葉に、メンバーも頷――こうとして、気持ち悪さに首が固まる。
「うっぷ……これは、ダンジョンに着いたら一度、休もう。幾ら俺達とはいえ、満足に戦えないのは問題だ……」
不穏な出だしであった。
なんとか馬車の揺れによって、喉をこみ上げそうになる感覚を乗り越え、近場に到着。休憩を挟む。
しばらく休憩した事で酔いも軽くなり、『金の樹』は『陽を遮る緑葉』に入っていく。
「大分、鬱蒼としていて面倒だな。サンフ、探知はどうだ?」
「特に今のところは反応ないっす!」
盗賊のサンフは警戒しながら答える。
「何か来ても、我に任せるが良い。綺麗に守って見せるとも」
前衛を歩く、重戦士のスィーセが後ろを向いて言う。
雑談混じりに弛緩した空気のまま、蔓や枝葉が生い茂る、道無き道を進んでいく。
そんな隙が生まれだした頃、後方のハルーから声が上がる。
「み、皆! た、助けて! う、上からいきなり! うぐっ」
後方で付いてきていた、魔術師のハルー。
その腕と胴体には、蔦に擬態した蛇が複数で巻きつき、大木へ顔と腹を付けるように拘束していた。
「ちっ、これからってのに、バインドスネークだ……サンフ、気配で気付かなかったのか?」
出鼻を挫かれ、思わず悪態が出たジェイドに、サンフは慌てて言い分を告げる。
「む、無理っすよ。これだけ草木が覆って範囲が広いと、どこもかしこも探知なんて出来ないっす」
「それをどうにかするのが、盗賊の役目だろ……仕方ない、ホー。横でついていてやってくれ」
「了解っしょ。ったく、ハルー、お前もちっとは気を付けろ、っしょ!」
戦士のホーがそう言いながら、バインドスネークを斬りつけていき、徐々に拘束を解いていこうとする。
「は、はは……ご、ごめん」
「そもそも、もう少しお前が自衛できれば、こんな事に――」
「魔物っす! 一気にきたっす!」
ジェイドの言葉を遮り、サンフが魔物の到来を一息に告げる。
「場所はどこだ! 数は! くそ、こんな時に! ホー、お前も戦闘に加われ! ハルーは一旦放置だ!」
「え、えぇ……!? ぼ、僕も……」
ハルーはジェイドの言葉に声を上げるが、何も言えず口を閉じる。
「場所は、多すぎて判断出来ないっす! ジェイドさん、どうするっす!?」
「ちっ!! サンフ、お前せめてある程度の位置を――もう来たぞ、ピクシーだ! サンフ、ホーは2人で対応しろ! スィーセ、ハルーをかばってやれ」
ジェイドが尚もサンフに詰め寄ろうとすると、パタパタと飛来してくる手のひらサイズの魔物――ピクシーが幾多も見えた。慌てて臨戦態勢を指示する。
「小物が、俺の邪魔をするんじゃねぇっ!!!」
ジェイドが吠えながら、迫りくるピクシーに斬りかかる。
「てめぇ! 俺のアイテムをっ!」
数体のピクシーは斬る事が出来たが、それでも数が多く、無傷のピクシーに自身の持ち物を幾つか奪われてしまう。
サンフとホーも、背中合わせにお互いの死角を減らし対応するが、同様に道具を盗まれる。
だが一番酷い状況は、スィーセとハルーだった。
スィーセは身動きの取れないハルーを一人でカバーしようとするが、小回りが効かない大物の武器を振り回すのみ。
ハルーは放置されたせいで、何もできずに装備以外を殆ど奪われていた。
「ジェ、ジェイドさん! このままじゃまずいっす! ハルーの拘束を解いて魔術で一網打尽にするっす」
「くそっ、一度連携を変える! スィーセ、ホー、前に出ろ! 俺は遊撃だ! サンフ、ハルーの拘束を解け! 急げ!」
その言葉に反応して動き出すメンバー達。
スィーセは、前衛に戻る前にハルーをちらりと見て、はぁ、とため息を吐き、眉をひそめた。
しばらくし、ハルーは拘束が解け、風魔術で複数のピクシーの羽を切り刻む。
「ちっ! やっと、うざいピクシーがどっかに行ったぞ。あ~ぁ、誰かさんがバインドスネークになんて囚われたせいで……くそっ、対応は後手後手になるは、モノは盗まれるは、で酷い目にあった。あれがなければ、多数のピクシーを広範囲魔術で倒し、被害を減らせたんだ! それにサンフ、お前も探知が甘い! どうして、接近されるまで魔物に気付けない!」
ジェイドが戦闘後の批評――叱責をする。
自分には非など全くなく、全ての元凶は別にいるのだと示して……
「……申し訳、ないっす」
サンフは俯き、拳を握って耐えた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! つ、次はしっかり!」
なおも非難の視線を浴びるハルーは頭を下げ続けた。
森には謝罪の言葉が木霊していなくとも、繰り返され続けた。
謝罪は消え、『金の樹』は道なき道を歩き始める。
その様子はダンジョンに入った直後とは違い、静寂。
ジェイドの行動で沈黙し、沈黙が緊張を生む悪循環。
誰も言葉にはしないが、パーティーの空気は着実に淀み始めていた。
……気付かぬ内にその空気は、足を取る泥のように、じわり、じわり、と広がっていた。




