6:2人の少女とお漏らしとオーク#
………………
ノーマがクラン長室を出てから暫く経った頃。
一向にノーマがクランに顔を見せないために、ローズは心配していた。
その姿を見て食料管理部門長のフーディーが声をかける。
「ローズさん、ノーマクラン長って……」
「まだ戻っていないので顔を見ていません」
きっぱりと言い切るローズ。
だがその顔には不安そうな表情が浮かんでいた。
「だ、大丈夫ですよ……その内にいらっしゃるはずですって……」
武具防具部門長のアーミンが安心させるように言うが、アーミン自身の顔も不安げであり、ローズは居てもたってもいられずに立ち上がると言う。
「さ、探してき――」
「大丈夫だよ。ノーマは酒場にいるから」
「きゃっ!!?」
いきなり音もなく現れた、調査部門長のインフィオに驚き、思わず声をあげてしまうローズ。
「い、インフィオさん!! いきなり現れないでくださいっていつも言ってるでしょう! そ、それより、酒場にいらっしゃるんですか!? 本当ですね!?」
ローズは驚きながらも、気もそぞろにインフィオの肩を掴むと問いかける。
「ほ、本当。だからガクガク揺らさないでー」
「あ、し、失礼しました……一先ずは安心しました」
「まぁ、流石に、ね?」
「……そうですね。パーティー追放の通知だなんて……」
「追放通知? 君もノーマも何を勘違いしているんだ? ノーマはC級昇格で呼ばれたんだよ?」
「……え?」
俄かには信じられない、とでも言うような顔をしてローズはインフィオを見る。
驚きすぎて、二の句が継げぬまま、固まってしまい、インフィオが再度告げる。
「今のノーマは個別でC級冒険者。『百花繚乱』クラン長で、『開花』のパーティーリーダー、だよ」
「……え?」
インフィオは呆然とするローズの頭を叩く。
そこで痛みによって再起動したローズが慌てて言う。
「そ、即時のC級昇格!? え、えぇ!?」
「そう、目覚ましいパーティーの実績に、クラン所属パーティー全てのランク更新。これだけ実績があるのに、君達は何を勘違いしてお通夜みたいな」
その言葉でローズは目をぱちぱちしながら言う。
「えぇ~……だって、ノーマさん、えぇ~……」
クラン『百花繚乱』の各部門はローズの珍しい姿をみた、と苦笑するのであった。
…………
昼間から酒を飲み、少し酔っぱらって帰ってきたが……
予想していた事ではなく、驚きながらも一人で祝杯を決めてしまった。
今日からは、『開花』リーダーで、C級冒険者か。
まさか、ギルドが俺の実績をしっかりと判断してくれるだなんて!!
子どもの頃に約束した、英雄譚のS級に皆でなろう。
俺も冒険者として活動し、パーティー単位で実績を積んで、クラン長としても上乗せすれば……あり得るのか……?
この俺が、無能者の俺が、冒険者の頂に……再び、夢を持てるのか?
思えば、皆でパーティーを組んで冒険者になって6年、クランを創設し3年か。
最初のパーティーでの依頼、薬草採取。
確か、ガウルが薬草をぶちぶち引きちぎってノインとクロエに怒られたんだったな……
ユリアとクロエはまだ10歳で冒険者登録した。
皆、俺を待ってくれていたんだ。15歳で才能開花する、と……
才能はなかったが諦めたくなかった。だから冒険者になった。
俺は3年前の冒険で、既に才能の違いで無理だと諦めてしまった。
そして、約束は俺の中で変わった。この『百花繚乱』を、『開花』を英雄譚に相応しい立場へサポートする事になった。
皆がパーティーで冒険に出る中、一人このクラン室で残っていたが、夢に未練があったのは事実だ。
だから時々はE級ダンジョンに潜っていたが……
でも今日からC級で、明日からD級潜らないといけないの!? 冷静に考えたら、まじで辛くない!?
あぁ……昨日までが懐かしいな……
久しぶりに、薬草採取にでも、行こうか……?
そうだな。気分転換にはなるだろ……
受付で手続きもいらない常設依頼。
俺は顔を洗うと、家を出て王都の門も出て、森へ向かった。
森をしばらく歩き続け、薬草の生えていそうな場所を探す。
適度にじめじめしていて、日が当たりすぎない所。
しかし、今日は天気が良いな。
急ぎ足で来たから仕方ないが、少し汗もかいてしまった。
「ふぅ……トゲトゲの葉っぱに、葉の根元にひげ……お、あったあった」
目的のものは比較的早く見つかる。
あとはこれをバッグに丁寧に詰め込んでいくだけだ。
できるだけ根を引きちぎらないように、軽く土を掘って優しく引き抜く。
薬草の根をちぎってしまうと品質が落ちるのが早く、売値も安くなる。
これが結構手間なんだよな。
ある程度、冒険に慣れてくるとゴブリン討伐やE級ダンジョンに潜ってしまう。
ただ薬草は需要があって常に買い取ってもらえるのは助かるよな。
薬草とるだけなら冒険者でなくてもできるから、子どもが駄賃欲しさにやってたりもするから、冒険者がやる必要あるのかは謎だけどな。
さて、今ので5束か。
もう少し奥に進んで20束くらい確保して終わりにすれば良いか。
徐々に奥に行き、薬草を採取していく。
目標まで残り5束、と考えていると奥からガサガサと音がし始める。
「……」
警戒をして見ていると生い茂る草の先からコボルトがゆっくりと出てくる。
だが、様子がおかしい。
コボルトは死にかけだった。
不信に思い周囲を確認していく。
その時に悲鳴のような声が聞こえた気がした。
コボルトの鳴き声か、それとも若い冒険者の声か。
判断はつかなかったが、急ぎ更に奥へ進む。
息を切らすぎりぎりの速度で木々を避け、草をかき分けて進む。
木々が生い茂っていない空間が先に広がっていた。
そして、想定していない魔物がいた。
「オーク……!?」
オークの体は中型程度とはいえ、人よりも当然大きい。
そして腕や足の太さも人比較で3倍、4倍近い。
ここはオークが出る位置とは遠い。
なぜ紛れ込んだ!?
観察していると、足元で少女が二人。
オークを見て膝が震えて立てなくなったのだろう。へたりと女の子座りをしてしまっている。
成りたての冒険者か!!? どこかでオークに出会ってここまで逃げてきたのか!?
判断するや否や、剣を抜き勢いよく飛び出す。
「お前ら立て!後ろに退け!!」
怯えてしまい体は動かないようで、眼だけが俺を見て訴えてくる。
助けて、と。
D級冒険者だぞ!? 違う、C級冒険者になったんだった!!
だが、実力はD級いけるかどうかだ!
二人を守りながら戦う何てこと、できるはずがない……!
オークが殴る動きを見せてくる。
避け、られない。避けてしまえば、後ろの二人が……
「くそっ!!」
剣で受けるしかない!!
折れてくれるなよ!!
剣をオークの拳の位置に合わせる。
オークの肉は一見柔らかそうだが、手足は固い。
ガンッ!と衝撃が来る。
剣は弾かれずに、オークの拳に浅く刺さる。
「さっさと逃げろ!! 死にたいのか!!!」
「は、はひ!!」
「あ、ありがと!」
未だにぼさっとしている二人に声をかけるとやっと動き出し離れていった。
漏らすくらいびびってるならさっさと逃げろ、馬鹿。
方向は王都に向かっていったから問題ないだろう。
オークの腕を軽く切り付けるだけになった剣を構えなおし、鈍重なオークの様子を観察する。
後は、俺一人で倒せるか、だが……
無理だな。剣技も、魔術も、才能を授からなかった俺では、D級の魔物の中でも頑丈なオークは厳しい。
オークを切れるだけの何かが足りない……
撤退、か。
そう判断すると、オークから目を離さずに行動を開始する。
逃げようとしてジリジリと後ろに下がっていると突進をして突っ込んでくる。
「ちぃっ!!」
オークの癖に素早い動きしやがって!!
俺が体を投げ出して避けるとオークは急には止まれずに、そのまま奥の木にぶち当たる。
バシン、というような音がして木が中途半端に折れたようだ。
今の内だと考え、姿勢を低くしながら、静かに移動する。
すると奥で俺の姿を見ていた少女二人と目が合う。
「なんで逃げてな!? いや待て!! こっちにこい! お前らの力を貸せ!」
「え!?」
「ひゃ、ひゃい!?」
こいつらがいれば、オークだって倒せる!
さぁ、こいよ!! 無能者でも才能にかまけた愚か者なんかに負けてないって事を示してやる!