57:MK5(マジで固まる5秒前)①
まずい状況だった。
フリュウの土壁によって、メデューサの『石化の魔眼』は防げているが、こいつを対処するには厄介極まりない。
くそ、流石に上位亜種ですらなく、Cランクダンジョンに似つかわしくない、上位の魔物、更に希少種が飛び出てくるとは思わないだろ!
大抵の冒険者の奴ら――石像達は、同じようにメデューサが現れ、初手からの動揺でそのまま石化、って流れだろうな。
一先ず、そこは乗り越えた。
だが、この後はどうすりゃ良い……俺の行動次第でこいつらも道連れなんだぞっ!
思考を回せ! 状況を把握しろ!
土壁から覗き見れば、メデューサはどうやら俺達の方をまだ見ていない。本体は背後を向き、どこを見ているか分からない。髪の蛇も闘技場全体を注意深く確認している様に見える。
闘技場に来て、先ずは周囲の確認? 貴賓席側を向いて、俺達の土壁に意識を向けていない……なぜ?
分からない。だが、幸運だ。まだ時間はある……
しっかりと考え――
「ノ、ノーマ……倒せる、よね?」
「うんうん……倒せ、ます、よね……?」
二人は揺れる瞳に不安そうな顔で上目遣いをして言う。
だが、正直に言えば、その質問には答えられそうにない。
なんせAランク入りの魔物――メデューサだ。
見た目だけなら人族か耳長人族の、美しい成人女性のようだと言う。
人型の魔物は希少種だ。そして人類に良く似ており、美しい見た目で惑わせる。戦う事への忌避感を覚える冒険者もそれ故に多く、犠牲者も多い。
けれど明らかな違いがある。
それは髪の毛と背中に生えるもの。
髪の毛先は蛇の顔が蠢き、こんにちは、している。可愛らしく言っても、中々に不気味だ。
そして、背中には金色に輝く翼。時折、はためかせる金翼は、そこ等の金銀財宝よりも価値がありそうだ。
だが、様々な欲に目が眩んだモノは石化し、彼女――メデューサはその翼をはためかせ、石化したモノの頬を風が愛でるように撫でるだろう。
どの魔物よりも強力な『石化の魔眼』……この魔眼だけでAランク入りしたと言っても過言じゃない。
『石化の魔眼』の問題は、対象が目を合わせているかどうかではなく、メデューサが焦点を合わせたモノが石化するところだ。
焦点を合わせるまでは、それなりに時間が必要だと聞いたが、実際にどの程度の時間かははっきりしない。
こればかりは個々の魔力量による抵抗力次第か。
それと、魔術の使用も面倒だ。
人型の魔物の多くは、固有能力で魔術を使用してくるが……メデューサの場合は魔術行使に石化が付与されている。
危険度は魔眼程ではない。
だが、石化付与魔術で動きを阻害され、動きのとろくなったところを、『石化の魔眼』で睨まれれば……
そのまま石像の仲間入りだ。
「あぁ、きっと上手くいく。きっと、な」
気休めにしかならない言葉だが、二人を安心させるためにしっかりと目を見て告げる。
そう、やるしかないからな……
「三角にアイツを囲む。その際に、決してメデューサの目を見るなよ? 視線には敏感だから、うっかりすると目が合うからな。その時はしっかりと隠れ、見られないようにしろ。そして、何もないところで魔術に決して当たるな? 二人の魔力量なら即座に石像にはならないだろうが、石化で死にたくなければ避けて、動き続けろ。良いな?」
二人は喉をごくっと鳴らした。
「作戦の前に、お前ら二人とも、人型の魔物に忌避感なんてもの持つなよ。躊躇えば死ぬのは俺達だ。良いな? よし、それじゃ、作戦だが……俺とアルメリアはフリュウの魔力操作と詠唱が終わったら、行動開始する。アルメリア、右から行け。俺は左から行く。身体強化の魔力は出し惜しみするなよ」
「う、うん!」
「フリュウ、お前はこの作戦の要になる。ここに留まり、先ずはメデューサの周囲を八角形に氷壁で囲み続けて、意識を俺達以外に向けろ。その時に極力氷壁を多くする為にも、魔力は少なくする事を意識するんだ」
一気に喋りたくなる状況だからこそ、落ち着くように一息、間を置いて喋り直す。
焦りは人に伝染するからな。今は作戦の説明だ。冷静になるべき時は、冷静な空気を出してやるんだ。
そうすれば、二人も冷静になる……
「厚さは薄くて良いが、できるだけ表面を均一に、綺麗に、モノが映り込み反射する鏡――氷面鏡にするんだ。それと氷の後ろには隠れられるように土壁も出すようにしてくれ。氷壁を砕かれたら再び出し続けてくれ」
「わ、わかりました……!」
「上手くいけば程度だが……次も同じだ。俺の剣の腹を凍らせろ。多少、剣に傷も付いているが、ただの氷壁と土壁よりも上手く反射する可能性がある。俺はこの剣を持って、メデューサの焦点に合わせながら出る」
上手くいけば――その言葉だけは小さくつぶやく。
聞こえなくて良い事だ。
その時の事は、二人は知らなくて良い。
俺の言葉にフリュウは頷き、抜剣した剣の腹を凍らせる。
はぁ、一か八かに近い賭けだなぁ……いつもの事か?
ここにクロエ、錬金術師が居れば、等価交換で鏡張りにでもして、もう少し楽ができるってのにな! それこそ『開花』なら、こんな程度では止められないか。
ははは! 言っても仕方ないが、たかだか2日で『開花』の皆が恋しくなってきたぜ。
無事に帰って、皆と会う!
震えるな、奮い立たせろ!
笑い飛ばせ! 何でも無い事だと!
少なくとも俺は無理でも、二段構えのアルメリアの剣が届けば、いける!
「立ち位置に着き、メデューサの意識が外れたら、俺が一気に攻め、メデューサの前面から目を刺しに行く。フリュウ、メデューサが俺を見たら足を凍らせろ」
まだ不安そうではあるが、しっかりと頷くフリュウ。
頼むぞ、フリュウ。
「アルメリア、お前はメデューサが俺を見た瞬間から、後ろから近付き首を狙え。俺が邪魔なら、俺ごと斬れ」
喉をごくっとならすも、息を吐いて落ち着かせようとするアルメリア。
頼むぞ、アルメリア。
さぁ、大物食いへの無謀な挑戦、開始だ!




