56:落ちた先は大抵、碌(ろく)でも無い事ばかり
俺達は暗い通路を歩き続けていた。
この先に出口があるのだと信じて……
一本道を道なりに進み、何度か左右に方向転換していくと……奥から光が漏れてきていた。
「ん……? あの奥の突き当りから光が漏れているな。そろそろ地下通路も終わりか……? 警戒しながら進むぞ」
「うん……慎重に、だね……」
「は、はい」
二人の返事を確認し、明るい光が差し込む通路へ近付く。
角から覗き見れば、通路の奥は開けた場所――空間があるようだ。
もし、運が良ければ出口へ繋がる通路――階段へそのまま行けるかもしれない。
だが、ダンジョン地下に落とされた事を考えれば、この開けた先には……
「ノーマ?」
アルメリアが心配そうに俺の顔を見ていた。
上位の魔物が出る可能性を考えたら、こいつらだけでも先に逃がしてやる必要がある……
だが、ここまで一本道で迂回路もない。
もしも、あの空間に仕掛け罠があった場合は、閉じ込められての強制戦闘。
倒せる魔物であれば、3人で連携して戦うのが無難だが……
無理な場合は、罠の解除の時間を稼ぐ必要がある。
囮役――俺が引き付けて逃がすしかないな。
「二人とも、あの場所に行ったら俺の指示にしっかりと従え。大抵、ダンジョンの罠で落ちた場所や移動した先には、碌でも無い事が待っているからな。まぁ、冒険者の登録時に軽くは説明受けて知っているだろうが、ここはCランクダンジョンだからな。本当に碌でも無いだろうが、切り抜けるぞ」
「「う、うぅう……」」
二人とも呻くようにしか言葉が出ていない。
まぁ、事実だからな。今から覚悟を決めるしか無い。
その為にも、安全な位置で先ずは休憩だな。
幸い、ポーチの類は各々(おのおの)で軽く持っているからな。二人とも飲食と体力・魔力回復剤でも服用すれば、満足に動けるだろう。
「少し、ここで休憩を取るぞ。その間に減っている体力と気力を回復させとけ。そして覚悟も決めておくんだぞ」
「「は、はい!」」
俺は二人から少し離れた位置であぐらをかいて座る。
呼吸を整え目を閉じて………体の隅々(すみずみ)にまで魔力を這わせ、動かしていく。
ふぅ……こりゃぁ、ダンジョンを無事に脱出したら休養が必要だな。
魔力の流れに違和感を感じる位置が首、肩、腰。足も大分痛みを感じて来ている。年老いて関節痛に悩まされている爺さんみたいな気分だ。ははは。
ははは……
体力・魔力回復剤を口に含みながら、この先に出るだろう魔物を予想していく。
可能性があるとすれば、ボスエリアで予想したバジリスクか?
バジリスクの亜種かもしれない。
それか最悪の想定、碌でも無い事態であれば……Bランク相当の魔物。
ここが罠に落ちた先にあると噂される、裏ボスエリアならあり得る。
そうなってしまえば……さっき考えたように、囮役として時間を稼いでやろう……
そこまで考え終わると、少しだけ目を瞑り、調子を整えにかかる。
俺の意識は、自己の精神に深く沈みはじめ、周囲の事から隔絶されてい――
……ん?
…………なんだ? 俺の体に魔力……?
体に魔力が走る感覚に、始めて5分ほどの瞑想をやめ、目を開ける。
俺の横にフリュウが女の子座りをしながら、俺の肩の辺りに自身の手を近付け、魔力を送っていた。
魔力によって自然治癒を促す効果はあるが、治癒術と異なり根本的治療にはならない。辞めさせておかないとな。
「フリュウ、魔力が勿体ないぞ。俺に使わずに取っておけ」
「い、今、一番可能性があるのは、ノーマさんが少しでも万全な状態で戦闘をする事だと思います……この先以降も私達だけでは切り抜けられるかは、分からないですし」
二人だけで脱出……確かに何とも言えないな。
道中の魔物が1体であれば、時間はかかるができるはず。2体、3体だったら……逃げきれれば、だろうな。
だが、フリュウは治癒術士ではない。気持ちは嬉しいが、しっかりと伝えるしかないな。
「フリュウ、これ以上は治癒術でないと無理だ。君の魔力だけで治る状態ではないし、応急処置以上の効果はないから止めるんだ。それと、もうそろそろしたら、動く。今使った分の魔力は問題ないか?」
「……はい。さっきの魔力量であれば、自然回復で問題ないです。魔術の行使ではないですから……」
俺の言葉に悔しそうな顔を浮かべる。
まぁ、突き放すようで気分は良くないが、魔力の無駄は少ない方が良い。
あの空間で何が待ち受けるか分からない以上、な。
そうしてしばらくの間、体を休め……
アルメリアも仮眠から起きたようだ。
全員、体を起こし、ストレッチをする。
体を休め、気を引き締め、万全に動けるように……
「行くぞ。何があっても慌てるな。まずい状況の時は俺が言った通りに行動しろ。良いな?」
「「はい!」」
奥の通路へ歩き出す。
開けた空間は闘技場のようであり、部分的に貴賓席のような場所も設けられていた。
「なんだろう……闘技場? 誰も、なにも居ないけど……」
後ろのアルメリアが不思議そうな声音で言う。
「恐らく、この通路は挑戦者用の通路なんだろうな。舞台に一歩入れば、ダンジョンの仕掛けが発動するはずだ。行くぞ?」
「「はい!」」
一歩踏み出し、闘技場へ。
前方にも似た形状の通路が見える。多分、あそこから外に出られるのだろう。
このまま何事も起きないでくれたら、良いんだけどなぁ……
3人が通路を抜け、場内――舞台に向かうと……
ゴゴゴッ、と音が響きだす。
その音と同時に、前後にある通路には落下の罠を踏んだ時と同じように、壁が現れて封じ込められた。
「通路がっ……!」
「アルメリア、慌てるんじゃないぞ。ここから本命の何かが来るはずだからな」
さぁ、何が出る……
この道は蛇の道か、鬼の道か。それとも、熊ってか?
この闘技場は観客など誰も居ないにもかかわらず、演出に凝っているようだ。
舞台中央の床がスライドした。
ズズズッ、と重低音が響きながら振動を感じる。
来るか。何が出てくる? バジリスクか? それとも、もうちょい厄介なところでカトブレパスか?
目へ身体強化を施し、何かがゆっくりと送り出されているだろう床をじっと見る。
魔物の頭頂部と毛が見え――蛇!? まずいっ!!?
急いで後ろを向き、二人の前で体を広げ、視界を塞ぐ。
「二人とも、決して目を見るな!! Aランク相当、メデューサだ!! フリュウ、壁を作れ!!」
「は、は、はい!! せ、せり上がり隆起しろ! 土壁!」
俺の言葉にフリュウは平常心では無いながらも、しっかりと土魔術を行使して壁を作り出す。
「な、何が、居たの……ノーマ……?」
「う、うんうん。私も分かりませんでした……そんなに、危険なのですか?」
二人は流石に気付けなかったようだな。
「あぁ……あいつは、『石化の魔眼』だけでAランク入りしている、希少でとても厄介な化け物だ……その上、放たれる魔術にも石化だ……Cランクダンジョンにいるとは、な」
まずい……ここは裏ボスエリアと見て良いだろう。
裏ボスへのアクセスが、罠と分かった上で踏み、落下からも生き残らなければ到達できない。
だからこそ、今まで未踏破とは言え、冒険者達から報告がされなかったのだろう。
いや、もしかすると……考えたくもないが――
ゴゴンッ!!
辺りに音が響き、続いて闘技場全体が揺れているような大きな振動が襲う。
あぁ、考えたくなかった事態が、目の前に広がってやがる……
くそ、そりゃぁ、そうだよなぁ。
ランク詐欺もここまでくれば、なぁっ……! くそっ、どうしてこうも碌でも無いんだ!
観客席には、先ほどまでは無かったモノが現れている。
それは……
これまでメデューサに敗北した多数の冒険者――犠牲者の石像だった。




