55:腰に衝撃を受けちまってな……
落下するまでの時間が異様に長く感じる。
アルメリアとフリュウは全身に身体強化を張り巡らせ、ギュッと抱き合っていた。
まったく、ダンジョンで人間クッションか。しかも美少女2人分の重みを体験出来るなんてな。
それこそ、エアクッションみたいな物の上なら、金を払ってでも体験したい者も――
……待て、魔術師のフリュウなら、エアクッションと似た事を行えるはずだ!
「フリュウ! 俺達の下に向けてクッションのように風魔術を送り続け、抵抗を増やせ! 良いな!?」
これが上手く行けば、少なくとも2人は無傷だ。
だが、どれだけ速度と威力を削げるだろうか。
それに、下になる俺はどこまで無事でいられるだろうか。
まぁ、俺の事に関しては、生き延びてから考えるべきだな……
「は、はい! 吹き付ける風! 疾風!」
落下していく際の吹きあがる風が少し弱まる。
フリュウの風魔術を下に叩きつけていった事で、少し速度も落ちた、ように思える。
「お前ら、俺の腕と腹の間で丸まっておけ! 口はしっかりと閉じておけよ! 落ちた衝撃を感じたら、そのまま俺をマットにして転がっていけ!」
準備は終わりだ。
これで、俺たちよりも先に落ちた瓦礫の音を聞いて、俺がしっかりと握ってやれば……
そんな事を考えているとすぐに、ドゴッ、ガンッ、という音が下から聞こえてきた。
瞬間的に俺は視覚と聴覚の身体強化を行い、他の瓦礫の音を拾い続ける。
……さっきの音は少し遠かった。だが、もうそろそろ地面だ……
叩きつけられても問題ない、柔らかで砂場のような……ゴツゴツした岩とかのない位置であると助かるが……
続けて、ゴンッ、と音がした。
二人をぎゅっと抱え、背中側をしっかりと落下地点へ向ける。
ここだ! だいぶ近い位置のはずだ!!
身体強化を全身に回せ! 致命傷は負わないで済んでくれよ……
そろそろ落ち――
ドゴンッ!
「ごはっ!!」
背中に受ける衝撃で口から息が漏れる。痛みから呼吸もできない。だが、死んではいない!
息が……息が吸えねぇ……
ふ、二人は……衝撃時に上手い事、転がっていったな。
俺自身とフリュウの風魔術クッションで、痛みはあっても動けない程ではないようだ。
よろよろとしながらも、こちらに近づいてくる二人。
「ノ、ノーマ!? 平気!?」
「ノーマさん!」
だが、俺の状態を見て、慌てだしたようだ。
呼吸が、呼吸ができないん、だよ。
か、体も痛みで動かせねぇ……
気付けば、視界は白んでいっていた。
落下してから、どれだけ満足に呼吸できてない? 参った、衝撃で肺が動かせねぇ。
横にいるフリュウが何かをつぶやいている様だが……
フリュウ……何言ってるか、分から――
うごぇえええ!!? つ、潰れ……セカンド衝撃……
フリュウが緊急処置として土魔術で岩石を出したようで、俺の腹を目掛けて打ち込んでくれた。
「ぐぇっほ!? げっほ!?」
「や、やった! ちゃんと呼吸できてる!!」
も、もうちょい小さいのを出してくれても良かったし、なんならアルメリアが呼吸できるように空気を……
いや、小さいので呼吸できるようになったか分からないし、なにより助けてくれたんだ。
みなまで言うまい……
「ぐっ、げっほ……ぶはぁ……あ、危な、か……助かっ、フリュ」
声を出したいが上手く発音できずに、どもるように途切れ途切れな声を出す。
「ノーマさん、ゆっくり呼吸を……落ち着いたら背中も見せてください」
フリュウが落ち着いて対応を始める。
先程の罠の時も上手く切り替えてたのはフリュウだった。突発的な事に慌てている割には、しっかりと行動できている……
アルメリアよりも精神的に落ち着くのが早いな。良い事だ。
こんな状況でなければ、だが。
「悪い、な。腰に衝撃を受けちまってな……昔ほど満足に、動けそうもない」
腰をやっちまったか……?
手足は動く。しばらくすれば、辛いながらも戦闘でも動けるはずだ……痛みは、耐えるしかないな……
「ノーマさん、尖った岩が刺さったりはしてません。専門ではないですが、体内臓器も問題はありません。骨は罅が入っているようですが……」
俺も専門じゃないが、同じ見解だ。なんとかダンジョンを抜けて、まともに治療を受けたいところだが……ダンジョン地下に落とされ、現在地が不明な状況を考えると、無理してでも早めに動かないと厳しいか……
なんとか腕を支えにして体を起こし、痛めた腰を擦りながら立ち上がる。
「よし……少し辛いが動けるな。アルメリア、良く分かっただろう? 今回は俺が居たが、今後は何があっても気を抜きすぎるんじゃないぞ。大人数で気楽にダンジョンを進んだのが、裏目に出ちまったな。ここから先は、気持ちを切り替えろ」
アルメリアはまだ完全には気持ちが切り換えられてないな。このままだと、折角、生き延びたのにこの先で死にかけない。一言、二言、言っておくべきだな。
逆に、フリュウは切り替えができているんだよな。普段の様子では引っ込み思案ではあるが、魔術師ってのは精神面が大人びる傾向でもあるのかね。
「アルメリア、良く聞け? ここから先、同じような気持ちで進んでみろ。最初に死ぬのはお前じゃない。この俺だ。なぜか分かるか?」
俺の言葉にアルメリアは目を見開く。
しばらく考えても分からなかったようで、首をうなだれて静かに横に振った。
まぁ、これも経験だと割り切れ。お前は前途有望な冒険者だ。
一度や二度の失敗で腐るな。確かに犯しちゃいけないミスだったが、誰も死んでないから挽回できるミスだ。
「お前が今のまま戦闘をして死にかけたら、俺が盾になるからだ。その時は俺を見捨てて逃げろ。だから、最初に死ぬのは俺だ。良いな? 切り替えるんだ。誰も死んじゃいないミスは挽回できるミス、そう考えろ」
「もし、さっきので、ノーマが、死んじゃってたら……?」
不安が抜けきらず、震えるようにして言うアルメリア。
そうだな、死んだ時か。冒険者ってのはどこかで避けようのない事態もある。
だからこそ……
「誰かが――俺が死んだ場合……そのミスは今後、二度と繰り返してはいけないミスだ。挽回はできないが、繰り返さない為の経験と記憶にしろ。だが、冒険者だったら経験や記憶に引きずられるな。そんな事じゃ、お前まで死人に引きずられる事になるぞ。例え俺が死んでも、同じ様にしろ」
申し訳なさで泣きそうな顔をどうにか堪える様にして、俺の顔を見てくる。
「うん……分かった。ノーマは死なせない……ごめん、私、ダメダメだった」
「最初はそんなもんだ。今までむしろ何事もなく来すぎていた。今回は丁度良く、俺がいて助かったさ。フリュウは平気そうではあるが、しっかり覚えておけよ。こういう初歩的な挫折ってのは冒険者――才能持ちを腐らせるからな」
俺の言葉に二人はしっかりと頷き、前を見据える。
それで良い。
ここから先、どうなるか分からない状況だが、少なくとも誰も死んでない。肉体的にも、精神的にも、だ。
それだけで生存の可能性は大きく上がる。
「さぁ、進もう。ここからは生き延びてダンジョンを抜けるのが最優先事項だ!」
俺達は警戒しながら、暗い洞窟のような通路を歩き始めた。




