48:好奇心は猫を殺す、かもしれない
晴れた通りを歩く。
今日は午前中から冒険者ギルドへ赴き、希望招集の件の会議に参加する予定だ。
まぁ、ダンジョン踏破って話だが、何が待っているのかねぇ……
眼の前にギルドの建物が見えてきた。
徐々に建物に近付いて行くと、不意に隣から声がかけられた。
「あら? 確率はそう高くはないかもしれない、なんて思っていたけれど……来てくれたのね」
バッと横を見れば、目立つはずの金髪、白いドレスの美少女がいつの間にか隣で俺の歩く速さに合わせるように歩いていた。
おかしい、これだけ目立つ格好をしていて、気付けなかった……
確かに王都の往来だからと、少し気は抜いていたかもしれない。
それでも、これだけ目立っているんだぞ? いや、待て……周りにもそれほど認識されていない事を考えれば、インフィオのように何かしらの術を利用しているはずだ。
「ふふ、やっぱり面白いわね。貴方、いつもそうやって思考しているの? 今は何を考えていたのかしら……いきなり声をかけられて驚いた、とか?」
成人を迎えている女性の妖艶さと、あどけない少女のような可憐さ……見ていると吸い込まれそうな輝く赤の瞳……
視線が奪われ、歩くのをやめていた事に気付く。
危険だ……
この往来で俺一人を操るなど容易いだろうと感じさせる何か。魔力か、それとも才能とは別の異能か。
なんにせよ、ギルドへ早めに向かおう。ここで何かしらを仕掛けられては分が悪すぎる。
慌てて視線を外し、目を見ないで伝える。
「王都で活動していながら、御挨拶はした事がなかったですね。レディ、エリアベート」
「……あら、エリアベートで構わないわよ。親しい者は皆そういうの」
いや、アンタと俺はさっき会ったばかりだろうが……クラン創設時には少しは関わり――依頼の取り合いがあったが、それも砂粒ほどの認識だったに違いない。
それなのに、なんだこの扱いのされ方は……
そんな考えをしているのを読み解かれたかのような笑い声をエリアベートが上げる。
「あはは、その顔は何を考えているかが良くわかったわ。困り顔だもの! ふふ、貴方って意外と感情表現が豊かなのね」
遠回しに百面相で面白おかしい顔だって揶揄われているのだろうか?
いかん、また表情に出てしまった……
「ふふ、ふふふ! あはははは!」
……なんなんだよ、まったく……人の顔を見て笑うなんて。取り留めもない一般的な顔だろうが……少し傷付くぞ?
まぁ、口に手を当ててる辺りは育ちが良いとは思うけどさ。
「ひっふ! ふふ、ふひゃっく!」
そんな気持ちを考えていたのも表情から読まれたのだろう、エリアベートが笑いを堪えようとして、ひくつくような音が混じりだした。
おいおい……大丈夫か?
はぁ、俺の顔を見て笑ってたと思えば、今度は笑いながらしゃっくりか……
びっくり人間だな、彼女は。
「だ、大丈夫か? 俺の顔のどこが面白いかは知らないが、そろそろ笑うのをやめてくれ……それに、ギルドが目の前だ。流石に、俺としてもAランク冒険者で『月下の乙女』クラン長――エリアベートに笑われている姿は余計な面倒が増えそうだ」
あんまりな扱いに、俺なりの丁寧な言葉づかいすら行うのを忘れ、伝えてしまった。
流石にこう笑われ続けるのは、こちらとしては面白くはないからな。
だが、特に嫌そうな顔はせずに、手で口を覆いながら息を整えようとしている。
「え、えぇ……ひっ、ひっ、ふぅー……あぁ、可笑しい。久々にこんなに楽しく笑ったわ。ますます、好奇心が湧いてくる……」
ようやっと息を整え終わったかと思えば、じぃっと俺を見てくる。
この目だ。
綺麗な花――エリアベートの見た目、匂い、声が吸い寄せるように……獲物――俺を捉えて逃さない。
その瞳の奥に何かを宿しているかのようで、先程も感じた恐怖心が背後からにじり寄ってくる感覚が拭えない。
鳥肌が立っちまう……
表情もそうだが見透かされているかのようで、上手く隠せてねぇな……
だが、こんなもんで俺が恐怖に飲まれる訳にいかねぇだろ!
エリアベートの目線に俺の目線を合わせ、力強く心の中で唱える。
そんな俺の目を見ながら、エリアベートが語りかけてきた。
「でも、さっきの言葉は嘘ね。貴方は周り――この私にですら、何を言われても気にしないでしょう? だって、貴方の目が力強くそう言っているもの。誰であろうと構わずに押し通るって。この私を前にして、本当に面白いわ」
目に、口に、笑顔が張り付いて、獲物を狙うかのような視線……
背筋がブルっときちゃうね……
もう、ギルドの扉は眼の前だ。さっさとギルドに入ろうっと!
俺が扉を開き、エリアベートに先に入るように自然と促す。
レディファーストだ。さぁ、ここからは変なちょっかいは止めてくれよ?
「レディ、どうぞお先に」
「あら、残念。ギルドに付いてしまったわ。それじゃ、ノーマ? また後で会いましょう」
エリアベートは笑顔を張り付けたままそう言うと、ギルドに入り奥の階段を上がって行った。
ビッグスと何か先に打ち合わせのようなものでもするのだろうか。何にせよ、助かった……
Aランク冒険者で年齢不詳の伯爵令嬢――エリアベート。
彼女は、何を思い、何を狙っているのか……不安が残る会話、視線だったな……
インフィオの言うように、何が有るか分からないが……
できれば、何事もなければ良いのだがな……
ギルドの受付へ向かおうと考えながらも、階段を上がった先――ギルド長室の方角を一抹の不安を抱えて眺め、棒立ちしてしまった。




