46:エキシビションを終えて
誰が予想しただろうか。
無能者が武闘祭に出場し、その上、勝利を掴み取るなどと。
「おいおい、あいつ死んだわ」
「無能者が敵う訳無いだろ」
「無駄な努力だ。開花しなかった無能者は素直に腐り散れば良いものを」
「どうせ、奇跡協会の強さを見せるための八百長だろ?」
「なにか不正をして出場をもぎ取ったに違いない」
「なにが冒険者だ。才能持ち――開花者から搾取するだけの寄生虫が!」
「無能者の割に努力している事は認める、が弱い」
そんな声は武闘祭の直前まで聞こえていた。
だが、この俺が、その記念すべき、初めてを刻み込んでやった。
このうず高く積まれ行く手を阻む、無能者というレッテル――壁に刻んだ一刺し。その一撃で小さくも大きな穴を穿ってやった。
「あいつ、意外と強いのか……? まさか……」
「む、無能者があそこまで戦えるなんて、可笑しいだろう!」
「無能者の努力で奇跡協会騎士団長カリストを倒せるなんて、流石に、変だろ……腐った心根がまともなはずが……」
「や、八百長だろ!?」
「ふ、不正だろ! これこそ不正の証拠だ! 奇跡協会は何をやってる!」
「き、寄生虫の無能者、だろ……? なんで、あんなに……」
「お前らの発言は奇跡協会騎士団長カリストへの侮辱と取られかねない、やめとけ!」
カリストとの試合後はそんな話し声が、近くの本戦出場者用の控室から聞こえてくる。
だが、やはり、まだまだ認められる程ではないか。
分かっている。あくまでも、認められたら良いな程度だ。
目標はこんなものではない。今は受け入れるだけだ。
闘技場内に設けられた治療室のベッドに横たわりながら、考える。
肩に未だに続く鈍痛が、現実であった事を実感させ、理解させ続けてくる。
「皆、そこまで心配しなくても平気だって。左肩だって千切れてないだろ? これなら回復術で完治できるって。イリア以外は外に出ていてくれ。情けない声を聞かれたくないからな」
治療室にいる『百花繚乱』の団員達、どちらかと言うと六花――幼馴染の一部除く、がとりわけ心配そうに見てくるので伝えてやる。
「……うん」
ノインが小さく声を出し大分心配そうだが、しばらくすれば落ち込んだ気持ちも戻るさ。問題ない。
「ノーマ、お疲れさん! またあとでな!」
……ガウルは、まぁ、楽しそうだな……俺の生傷を見て「うっひゃぁ!」なんて笑って言いながら踵を返していった。ちょっとは心配しても良いんだぞ?
皆も静かに頷き、部屋を出ていく。
扉が閉まるとイリアが俺の傷を見ながら言う。
「ノーマさん。今回は大分、無茶をされましたね。ここまでの傷、一人でDランクに向かって踏破を狙っていた頃ぶりではないですか……」
あの初めてのCランクダンジョンの少し後の話か……
魔力糸で傷を縫い合わせながら、同時に回復させてイリアが言う。
普段は冷静な彼女の目は、とても悲しそうに。そして、自分の傷ではないのに痛そうにしている。
分かってるさ……今回はイリアの言うように、大分無茶をした。
でも、でもな?
ここで、引く事なんて出来なかったんだ。
肉が抉れようと、もし腕も持っていかれる可能性が大きかろうと……
同じ事をしただろうさ。
「済まないな……でも俺は……こうする事を選んだ。誰でもない、俺自身で。『百花繚乱』のクラン長、ノーマを少しでも理解させ、魅せつけるためにも……っつ!?」
そう力強くイリアに伝えると痛みがぶり返してくる。
それまでは、痛みなど感じさせないようにしていたはずの、回復術が使われていない事に気付く。
イリアを見れば、ジトッとした目線。当然作業は止まっている。
こりゃぁ、相当怒ってるな……
「こ、今回はBランク相当だぞ! し、仕方ないだろ!」
情ねぇ……! イリアの視線に心が挫けそうになるとか……
いててててて!!?
「い、イリア!? それは流石に!? いてぇッ!!」
き、傷口をどうしてグリグリするんですかねぇ!!?
「触診です。決して、痛みを、与えようと、している訳では、ありま、せん」
ぐっぐっぐと押し込まれる傷口の痛さは先程までの優しい治療とはかけ離れた痛みを与えてくる。
ど、鈍痛どころの騒ぎじゃねぇっ!!?
やばい、痛すぎて涙が出る!
声が出る!
いやぁ! さっきまでのような優しいイリアに戻って!? 殺気まで乗ったような怒ったイリアの治療なんて!?
「い、いてぇええっ!! イリアさんっ!? イリアさぁあああん!!?」
俺の絶叫は治療室にしばらく響き渡る事になった。
完治までは時間が掛かるが、無事に治療が完了してボロボロの体で闘技場を後にする。
行きと同じく、クラン団員が後ろに付いてきている。
行きも帰りも俺達に違いは殆どない。せいぜい、俺が怪我を負って不格好で歩き方が歪なくらいだ。
だが、通りを行き交う人々の俺への視線は少し変わっている。それらの中には他の無能者も含まれているだろうが、嫉妬に狂うようなものから羨望に似たものを感じる瞬間がある。
そんなほんの少しの違い。
胸を張れ。誰にも認められない中で俺は、俺達は進んできた。
行きもそんな目線の中、胸を張って置き去りにするように、気にせずに歩いた。帰りも同じだ。
そう思って歩き続けると誰かが言葉をかけてくる。
「お見事でした。あの環境の中、ノーマ君は毅然とし、常に冷静にカリストの剣撃を受け流し続けた。焦りもあっただろう。だが、絶好のタイミングを狙ったその胆力、見習うほかない。騎士団もそう思わないかね?」
振り返れば、アルテミスが言葉を投げかけてきていた。そして後ろには付き従うカリスト、他何名もの騎士らであった。
「はい、まさにその通りかと思います! あの瞬間、私は死を覚悟いたしました。全力を持ってノーマ殿を攻め続けていたと思えば、まさか絡め取られていたなどとは……見事と言うほかありません!」
アルテミス、カリストの言葉は俺ではなく、周りに向けられているのだろう。
どちらが発案者かは分からない。恐らく、カリストかもしれないな。
ありがたい……だが、な?
「アルテミス様、カリストも。ありがとう。だが、言わせてくれ」
「なんでしょうか」
きょとんとした仕草は可愛らしい。堅物の彼女でも、こういった仕草は年相応に見えるが……
アルテミス、お前なら分かっていたんじゃないのか? 俺がなんて言うのかを。それでも行動を起こしてくれた事には感謝しながら、この言葉を周囲に聞こえるように言ってやるさ!
「俺は、俺達は、な。誰に何を言われようと気にしない。それが俺達の進むべき道だと確信しているからだ! 俺の夢であり、クランの、団員の夢に突き進む道。それは誰だろうと邪魔などさせない。誰だろうと道を壊させやしない! 俺がこの道を進む限り、誰だろうと関係ない!」
そうさ、過去もそうだった。
だから、今も、そのままだ。
今回だけで完全無欠に認められるなんて、無理だろうと理解している。淡い期待を抱いては、毎度流れていく。だがその度に、俺自身で覆す努力を怠る事はない。
その時を夢見て歩き続けている。今も道半ばだ。
そのいつかは、夢へと至った時、初めて見られるかもしれない……
だから、その時まではありのままを受け入れてやる。
大きく息を吸い、民衆に告げてやるさ。
だから良く聞いておけ!
そして今はそのまま傍観者でいるが良い! 先を歩く俺を、今なお無謀だと断ずる者たち!
「無能者だと否定しろ。愚か者だと侮れ。浅慮だと嘲ろ。その悉くを、今も進み続けている、俺の道に置き去りにしてみせる! 今は誰かに認められる道ではない事も理解している。俺の、俺達のための道だからだ! そこへ至った時、遥か遠い後ろで知れば良い。その時には無能者の俺を、嫌でも認めるだろう事を知っている! 俺達の花園――Sランクという冒険者の頂きは!」
大きく声を張り上げ、真面目な顔で宣言した。
最後に、アルテミスとカリストに笑顔を向けてお辞儀をしてから、前に向き直る。
ははは、そう、そうさ。可笑しいし、愚かしいだろう?
だが、傍観者には絶対に真似できない道だ。
ひたすらに茨の道を歩くなんてな。
これが、無能者が行く道、『百花繚乱』の進む道だ。
これくらいできなければ、Sランク――英雄に至る事など、不可能だ。
アルテミスとカリスト達に後ろ手に開いた手を上げ、クランへの道に歩みを戻す。
俺達、『百花繚乱』は突き進むだけだ。
少しだけ、破裂するような音――拍手に似た音が、置き去りにした後方から聞こえてきた気がした。
リアクション・評価・感想・レビュー、甘口でも辛口でも大歓迎です(´・ω・`)
お返事は気付いた範囲でとなりますが、
「読まれているんだな」と実感できるだけで、ものすごく励みになります。
ブクマや★をひとつ付けていただけるだけでも、すごく力になります。
どうぞよろしくお願いいたします!




