42:ディアナ王国武闘祭当日、『百花繚乱』の歩み
ディアナ王国武闘祭、当日。
俺は早朝に自宅を出て、クラン長室に来ていた。
なぜ来たのか。それは少しだけ、ほんの少しだけ、この感動すべき日をクラン長室で眺めておきたかった。それだけだ。
「誰もいない時間、まだ人もまばらな通り……これから、一気に活動し始めるのか……」
誰にでもなく呟いてしまう。少し、この空気に浸りすぎたかもしれないな。
誰かに聞かれていたら赤面ものだ。
そこまで考え至り、慌ててばっと周囲、足元を見る。
あぶねぇ、インフィオはいない……
セーフだっ――
「ねぇ、この時間に起きてて良いの? もう少し休んでたら? いきなり来るから何事かと思ってたけど、慌てた様子もなかったし、驚かせようと天井にいたんだけどさ。それと、こんな時間だと人もまばらなのは当たり前じゃないか。だって、日が昇り始めるタイミングだよ? 商人だっ――」
上から声がかかり、ばっと見やればインフィオが天井に張り付いていた。
あいやぁああ!? インフィオ!? インフィオなんで!? 恥ずか死ぬ!!
なんでそこにいるんだよ……!? いつもの現れ方はどうしたんだよ!!?
正論もやめてくれよ!?
そこまで言われまくると、めちゃくちゃ恥ずかしいから! 本当やめて!!
誰もいないと思った呟きを拾うなんて! 俺、もう、辛い!
顔を手で隠してないと、本当に恥ずかしさで死んじまいそうだよ!
「なんでお前はいるんだよ、おかしいだろ!? それに独り言に突っ込むんじゃねぇよ! 体は十分休めたから! 武闘祭前にしゃきっと動けるように早めに起きてきたんだよ! 良いだろうが、この空気を味わっていたって!」
あっーーー!! なんで、武闘祭の当日までこんな気分になるんだよぉ!
良いじゃんかよぉ……浸らせろよぉ……突っ込まないでくれよぉ……
もう、顔が赤くなりまくってるの分かるのが辛い! こんな顔、見られたくねぇええ!!
「わ、悪かったよ……だ、だって、凄い突っ込みどころ多すぎる独り言だったから……言いたくなっちゃったんだよ。そんなに悲痛な声を出さないでよ、ぷっ」
おい、こら! インフィオ!
堪え切れなくなって口から笑い声が漏れてんだよ!!
あぁあ……俺の、俺の感動の1日の始まりが……
「もうやだ、おうちかえる……」
「……誰もいない時間、まだ人もまばらな通り……これから、一気に活動し始めるのか……くくくっ」
「う、うるせえぇえええ!!」
クラン長室を叫びながら走って出る。
結局、武闘祭の日の早朝は訓練場で少しだけ精神統一をする羽目になった。
精神統一の後に少しだけ体を動かして確認をする。
徐々に武闘祭の開催時間が迫ってきた。
「よし……行くか……」
訓練場で一人呟き、深呼吸をして呼吸を整え終わる。
まだインフィオはいるだろうか? 居るようなら一緒に向かおうと誘ってみるか。
「ノーマ? もう時間も近付いてきてるけど、出られそう?」
なんとなく、インフィオが来る気がしてたんだよ。
普段よりもみっちり精神統一したお陰で驚く事もなく、心は、鼓動は一定のままでいられている。
「あぁ、そろそろ出ようと思う。インフィオ、一緒に行くか?」
「ん、そうしよっか。でも皆も来てるよ」
皆も来てる? 突発的にクランに来てるのに、か?
「皆……?」
「それは出てからのお楽しみ、さ」
インフィオが笑顔で言うと訓練場の扉を開いて無言で歩き出す。
後ろに付かず離れずの距離で一緒に俺も無言で歩いていく。
通路の先にクラン受付のあるロビーが見えてきた。本来であればこの時間はまだ当直以外、誰も居なく静かなロビー。そこから人の声が少し聞こえてくる。
だが、なんとなく。なんとなくだが、インフィオの言う、皆、が誰の事か分かった。
あいつらだ。俺の見つけた蕾。今は真の意味で花開いた者たち。
俺は通路を抜け、そこにいる奴らに声をかける。
「早起きだな、お前ら。そんなに俺の試合が待ち切れなかったのか?」
「ノーマ! 楽しみにしてるからな! 勝てよ!」
ガウルが能天気な満面の笑みで『開花』を代表して言う。
「私たちも応援してるからね! これが『百花繚乱』だって魅せ付けるくらい、格好よく戦ってよ?」
アイシャが少し挑発するように『雨上がりの虹』を代表して言う。
「ノーマ殿、神の加護のあらん事を……」
サニアが祈るように『陽光注ぐ草原』を代表して言う。
「はっ、ノーマ! ビビってねぇよな! 敗北なんて言う情けねぇ姿を晒したらぶっ飛ばすぜ!」
グレイが喧嘩口調で『踏みしめる大地』を代表して言う。
「無理やりにでも立ち続けて勝つに決まってるさ。なんせアタイらが全員見てる中で負けたなんざ、男が廃る、だろ? なぁ、ノーマ!」
ヒルダが豪気に笑いながら『見晴らす丘』を代表して言う。
「グレイもヒルダもそんなに詰め寄って言ってやるな。ノーマ、落ち着いて戦えよ。そして、できれば勝って戻ってこい」
レイクは落ち着いた声音で『月浮かぶ湖面』を代表して言う。
「やだなぁ、皆。勝つよりも大事な事があるじゃんか。まずは試合を楽しんで、その上で勝たないと。まぁ、負けてもボクらで笑ってあげるさ! それに、何を言われようと、ノーマの強さはボクら『百花繚乱』が知っていれば良いんだから!」
ウィンリィがお道化る様に『風運ぶ音色』を代表して言う。
ははは、そうだな。
勝てるか負けるかは分からない。それでも、ここで無様に負ける訳には行かねぇよ。
だから、信じろ。
お前らの『百花繚乱』クラン長、『開花』のリーダーとして……知らしめてやるさ。
俺は大きく息を吸い、声を出す。
「席から見ていろ、俺の全力を出して魅せ付けてやる! 徒花が無能者と笑いたくば笑わせておけ! 俺を見て笑うような徒花に価値はない! 腐らず見込みある奴には笑えず、見続けてしまう試合をしてやる。俺を見て、俺から学び取れ! 行くぞ、『百花繚乱』!」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
クランを出て、武闘祭会場へ向けて通りを歩き出す。
通りの人々は俺たちを見て驚きながら道を開けていく。そんなもの、気にせずに進み続ける。
視線やざわめきなど置き去りにして、俺たちは進んでいく。
ここの通りにいる人々のどれだけが俺を嘲り、罵っているかは散々(さんざん)聞かされた。
だが、腐らない奴だけ俺の下に来て、列に加われば良い。
未だ閉じたままの小さな蕾を開かせ、咲きほこらせてやるからな。
俺にはそれだけの実力はあるのだと、今から気付かせ、魅せてやるよ。
武闘祭会場――闘技場は、もう、目の前に見えてきていた。




