4:クラン長の喝
ノーマはクラン長室でコーヒーを飲みながら考え事をしていた。
「んー? 『踏みしめる大地』の評価下がってる様な? ローズ、来てくれない?」
クラン長室の扉越しにローズを呼ぶノーマ。
「はい、どうしました?」
即座に入室し、顔を見せるローズがノーマに訊ねる。
「これ見てくれない? 俺だけじゃ判断付かないんだけど」
ローズはその資料を見て、ハッとした顔を見せる。
「す、すみません。先月は『踏みしめる大地』は遠征に当ててしまったので他の依頼に回せず。結果として評価値も利益も減っております」
ノーマはローズの言葉を聞いても納得していない顔で、ローズに言う。
「そう? 利益は良いんだけどさ、評価値なんだよね。幾ら遠征依頼をやっていても、歪な評価を受けてないかな? 彼ら呼び出してくれない? 訓練場で待ってるって伝えておいてくれない? 後、順調な『月浮かぶ湖面』も呼んでくれるかな?」
にこやかに笑うノーマを見てローズは思う。
(この人の、このストイックな姿勢が今のクランの地位を確固たる物にしたのよね。そして、それぞれの長所、短所、動きの癖を見抜く眼力と思考。凄まじく、恐ろしいわ……それでも、才能開花がなかった人……)
…………
『踏みしめる大地』が来るのを訓練場で待っていると、恐る恐る扉が開かれた音を確認して言う。
「俺も暇じゃないんだよ? さぁ、見せてみて? 怠けていないのであれば、俺は君達に花丸をあげるから」
そこからの『踏みしめる大地』は地獄を見る事になる。
まぁ、地獄を見せてるのは絶賛指導中の俺なんだけどさ。
訓練生がいる中、花扇の『月浮かぶ湖面』が相手となり、指摘をし続ける。
「グレイ、何度言えば分かるんだい? 君の強みである素早さと受け流しを出し過ぎてはいけないよ? リーダーなんだから我を出しすぎず歩幅を合わせるようにしな? 君が予想外に動きすぎれば連携が壊れる。それが理解できなければいつかは瓦解するよ」
「ぐっ…」
辛そうに声を漏らす、『踏みしめる大地』パーティーリーダーのグレイ。
「ローリー以外、だらけ過ぎだな。ローリーが援護しなきゃ、前回の遠征も危うかったんだろう? ロックズ、なぜ前に出過ぎる! ローリーを横で守るのは誰だ! お前だろ! ストー、君はローリーの視線を遮るな! お前にはグレイ程の素早さはないだろ! ローリーが詠唱をやめて移動し始めたぞ!」
「だ、大丈夫です! 私が移動しても間に合います!」
ローリーが移動をしながら言葉を告げてくるが優しく言う。
「ダメだよ。ローリーは詠唱を続けて魔術を発動していれば、意識は魔術へ向き、グレイの素早さで後ろを狙えた。いつもならそうしていただろう?」
「っつぁあ!!」
俺の声にグレイが吠えた。苦悩に満ちたような顔だ。その顔で俺を睨む。
だがそれで良い。
俺が教えられる内はまだまだ伸び代があり、君達は才能あっても腐らず、枯れない花弁だ。
いつかは才能なしの俺では届かない高みに行き、批評すらできないだろう。
だから、今は、今だけは。俺に君達を指導させてくれ。
「構えを解くな、ゴーン! グレイが下がる時にお前は入れ代わりで前衛だ! パーティー全体が後ろに下がってもお前は下がった時こそ構えろ!」
俺が全体指揮を確認しながら告げていると、『月浮かぶ湖面』のレイクが構えを解いて歩いてくる。
「ノーマ、少し休ませてもらって良いか? 私達は今日も依頼をこなして戻ったばかりでな。少し疲れが出た」
その言葉を聞き、レイク達の依頼は今日は2件同時だったな、と思い浮かべる。
ついついレイク達に同時依頼を振ってしまうんだよな。
俺の悪い癖だ。『月浮かぶ湖面』は全体的に安定しており、それでいてレイクは聡い男だ。
殆ど自分で問題を見つけて、解決してくれる。
最初の時は伸び悩んでいた事で自己肯定感が下降して病んでいたけどな……
今では、指導もなくなって殆ど飲み仲間のようになっちまった……
そんなレイクが少し疲れたと言うんだ。
後ろでこちらを見ている『月浮かぶ湖面』のウルフェ、ドギア、フェンもお疲れなのだろう。
「そうだね、休んで良いよ。休憩の後はレイク達に任せても良いかな? 彼ら、ローリーに頼って思考を怠けすぎちゃったみたいでさ。何が原因だったか分かったら教えてよ」
恐らくはパーティーの中での能力の差による焦りだろうとは推測ができる。
だが、レイクなら自然に聞き出して、俺と一緒に喝を入れてくれるはずだ。
彼等との付き合いは俺よりもあるし。
「あ、あぁ。それは任せてくれ。連携の歪みは生死に関わる。私達も同期で創設時の仲間が死ぬのは嫌だからな」
「じゃぁ、お願いね」
それだけ告げて悠々と俺は扉から出た。
…………
ノーマが訓練場から出て行くのを見送るとレイクがグレイに声をかける。
「グレイ、本当にどうしたんだ。この間まで問題なかったはずじゃないか」
「う、うっせぇなぁ……伸び悩みで焦っちまったんだよ……更に上に行ける奴は単体でつえぇ。俺も強くなろうって焦っちまったんだ!」
得も言われぬ焦りから、少し怒気の混じったような声を上げるグレイ。
「ノーマには恐れ入る。書類の評価値で呼びつけられたらしいぞ。遠征で評価値が下がったってローズさんは思ってたらしいが。焦るような、なにかがあったのか?」
「ローリーの力が突出して上がってきてる…それは良かったんだ。今まではローリーが補助に回って支援していたからな……だが、今は俺等を飛び越えてる。それで俺等が成長を焦って突っ込み、無茶をする癖が付いた。そのせいで余計な手間をローリーに与えてる……分かってるんだ……分かっていて俺たちは……」
悔しそうにしながらグレイが俯き言う。
「はっ! んな、殊勝な事を考える頭があったとはな? 元々、お前らが先に能力が上がってローリーだって同じ気持ちだっただろうよ! それをなんだ! 女々しい男共だな、お前ら! 馬鹿みたいに喜んでるだけで良いだろうが! 今まで遅れを取り戻そうと、恐らく焦りながらもなんとか抑えて苦労をし努力をし続けたローリーが、お前等を超えたんだぞ!」
同期である『月浮かぶ湖面』のリーダー、レイクに言われ、ハッとするグレイ達。
徐ろに立ち上がると告げた。
「レイク、俺達の顔、ぶん殴ってくれ! それも才能を使ってくれて良い! 頼む!」
グレイの言葉にストーとゴーンも頷く。
「じゃぁ、余計な手間かけさせたって事で2回分殴らせろ!」
笑って言うレイク。
「おうよ!!! こいっ!!!」
訓練場に鈍く重い音が6回響く。
暫くするとローリー以外が顔を腫らしながらも、皆で朗らかに笑いながら歩いて訓練場を出てくる。
ノーマは穏やかな気分でこっそり見つめ、そっとクラン長室へ戻っていくのであった。