35:かくかくしかじか震える子猪
かくかくしかじかでアルテミスとビッグスに説明する事、しばらく。
ようやく俺の状況を理解してもらえたのだろう。
アルテミスはカリストをじっと見つめて無言のままだ。
ビッグスは「どうしたものか……」、なんて呟いたまま腕組みして見上げてるよ。
俺だって、どうしたものか、って気分だわ。それこそ、さっきまでの唐突な話でどっと疲れてるよ。
「カリスト、どうするのかね? もう既にノーマ君の意思を確認したという事で、エキシビションに貴女と戦う事を支部長として推薦して決定となっているが? 貴女がノーマ君と戦ってみたい、と仰ったから王国側にエキシビションという形でねじ込んだのですよ。あぁ、私も見てみたいとは思いましたけどね。ですが、貴女にしっかりと確認しないとは、甘すぎたのでしょうかね……」
あぁ、アルテミスって冷たく言う時との差が歴然だな。明らかに違いすぎる。
はは、気付いてなかったよ。さっきまでは大分柔らかい口調だったんだな。
いやぁ、認められたんだなぁ、俺。
「うっ……で、ですが……確認――」
「確認したと言うが、ノーマ君の話を聞けば武闘祭の件でまた会うだろう、としか伝えて無いと言う。では君が真実を話し、ノーマ君が嘘をついているというのかね?」
流石に、カリストも可哀想だしさ……
震える小鹿みたいだからさ。子鹿ってか子猪だけどさ……
そろそろ追及を止めてやるか。
「あの――」
「ノーマ君は静かにしていてくれ。これは我々の問題だ。この騎士団長は今、真実を話す機会に誠実に向き合わねばならない。さぁ、どうかね。カリスト。君は、確認が取れたのかね? 言ってみなさい」
「……き、記憶にございません」
「……そうか。本当に、記憶にないのだね?」
「……ございません」
うわぁ、無音の部屋だ……
カリスト、お前が悪いとはいえ、不憫に思うわ。
多分、色々あって忘れちゃったんだろうなぁ……でも、これは忘れちゃ駄目だよ……だって、俺が出るんだろ? 何やってるのさ……そもそも、書類でよこせば良い物を……
あぁ、至らなかったんだろうな……色々と先走っちゃって。想像つくんだよなぁ、猪突猛進だから……
カリスト、震えまくって怯えちゃってるよ……
まぁ、武闘祭出場は唐突な話だけど、夢っちゃ夢だった。エキシビションでも出られるってのは嬉しい気持ちはある。
無能者だけど、奇跡協会の推薦って形で今回はトーナメント関係なく入れてもらえるようだし……周囲からの批評は喜んで受け入れてやるさ。
承諾してやるさ。
今度はアルテミスに遮られずにささっと言ってやろう。
「カリスト、出ても良いぞ。アルテミスもそこまで怒らないでやってくれ。伝え忘れは流石に駄目だが、今回に限り多めに、な」
「ノ、ノーマ殿……」
カリストが凄い救世主を見るかのように見てくるな。
反省するんだぞ? まったく、猪突猛進ポンコツ騎士め。今回だけだからな。
「ノーマ君、それで良いのですか? この騎士団長は自らの愚行によって、このような結果を招いたのです。無理をして出なくても――」
「いや、出たいよ。驚きで慌てたけれど、出られるなら嬉しいんだ。知ってるだろ? 参加条件」
「……才能持ちであるかどうか、ですか?」
「そうだ。俺は、生涯、叶えられないと思っていた武闘祭に出られるんだ。エキシビションでも舞台に立てるなんて、良いじゃないか」
満面の笑顔が今の俺の顔には張り付いているだろう。
あぁ、さっきまで俺はこんな武闘祭なんて早く終われなんて、心の中で祈ってたりしたさ。
でも、舞台に立てるなんて! 凄い事だろ!
無能者が初めて武闘祭の舞台に立つんだ! 湧き上がってくるだろ!
「そう言ってもらえるなら良かったです。カリスト、ノーマ君に感謝しなさい。貴女のミスは無かった事にはなりませんが、大事にはなりませんでした」
「す、すまない、ノーマ殿」
「カリスト。今回は問題なかったが、気を付けてくれよ? この国は無能者に当たりが強いから、下手すりゃ断る時もあるからな」
「そ、そうだな……すまない」
うん、これだけ反省している様子なら良いだろう! さっくりと忘れて、武闘祭だ!
なんせ、初めての無能者の武闘祭。初めてってのは当然怖いが、それだけ挑戦には意義があり、前例ってのは大事だ。
これだけの注目内容で今後の無能者にも光明が差すかもしれない場面。下手な動きなど出来ようはずもない。
相応の準備が必要だ。
「じゃぁ、お叱りはもう終わりにして、武闘祭までの予定と当日のエキシビションについてを教えていただけますか?」
「ノーマ、良いんだな? 幾ら推薦とはいえ、お前、批評されるかもしれないんだぞ。お前の事は俺や理事も評価しているが、一般人や冒険者は――」
ビッグスが心配そうな声音で聞いてくる。
だが、そんなの慣れてるさ。
「そんなの、昔からずっとですよ。だからこそ、俺は表ではなく裏、批評する側に回ったんですから。でも、こんな大舞台で二の足を踏むなんて出来ませんよ。才能持ちを批評する無能者の実際の力、目にもの見せて驚かせてやりますよ。まぁ、派手さはないですがね」
ビッグスに笑って言ってやった。
「分かりました。ノーマ君、それでは当日までの予定ですが、特にありませんよ。こちらが推薦する以上、我々がしっかりと出場できるように手配はいたします。本来であれば明日からの予選で勝ち上がらねばなりませんが、エキシビションなので関係ないですからね。当日は武闘祭会場入口、東西どちらでも構いませんので、警護している協会騎士に話を伝えて案内を受けてください。以上です。ノーマ君もカリストも、当日は勝敗を気にせずに楽しんで戦ってください」
アルテミスの優し気な言葉に、俺はカリストの顔を見て告げる。
「よろしくな、カリスト!」
「こちらこそ、よろしく頼む。ノーマ殿」
先ほどまでのしゅんとした顔ではなくなったカリストと言葉を交わす。
「無事に話がまとまってよかったです。一時はカリストにどう責任を取らせようか考えてしまいました」
はは……アルテミスの責任の取らせ方か。やる時はやっちゃうだろうからな。触れないでおこう。
「ノーマ、応援してるぞ。俺は貴賓席――VIP席で見る事になるだろうが、派手さはなくても驚かせて見せろよ」
「えぇ、やって見せますよ。そう言えば、カリストって冒険者ランクで言うならどの程度なんだ?」
「……B相当ですよ」
アルテミスがぼそっといった言葉を俺は生涯忘れないだろう。
「ダンジョンでの魔素吸収で鍛えているので、そのくらいになりますね。楽しみだな、ノーマ殿!」
先に言ってくれよ!! B相当って『開花』の皆と同じレベルじゃねぇか!
武闘祭までの期間1か月ないんだぞ!?
情けなく負けないようにするしかねぇ、よな……
「や、やるしかねぇか……」
少しだけ、情けない声でやる気を出すのであった。




