34:日程近づく武闘祭
カリストの襲来から少しばかり日が経過し、年1回のディアナ王国による祭典――ディアナ武闘祭が近付いて1か月を切った。
この武闘祭で有名となった冒険者や武芸者は数多くいる。長年続いている由緒ある武闘祭。
王都のどこもかしこも浮かれており、街並みはお祭り騒ぎ一色の気配となり始めた。祝福するかのように天気も良い。
道行く人には異国人の姿も紛れており、この時期は取り分け国同士で仲の良いアマテア皇国の者が多くみられる。
そんな中で俺は憂鬱な気分――アンニュイだった。
「今年もこの時期が来てしまったのか……早いものだな、一年なんて……」
クラン長室の窓から街並みを眺めて、思わず年寄りのような事を呟いてしまう。
この祭典――イベントには苦い思い出がある。
苦い思い出。
それは、才能持ち以外はそもそもが参加できないという縛り。才能持ちと無能者では魔力量や魔素強化に大人と子ども以上の差が出るから危険と判断されているからなのだが……この事実を何年も突き付ける武闘祭がいつしか嫌いになってきていた。
幼い頃は出場する事を夢見ていたが、現実はいつだって儚いものだ。一度だって舞台には立つ事ができないまま、今後も立つ事はできないのだから。
「……っ!」
思わず当時の光景を思い出し、拳を握ってしまう。
俺は才能持ちだろうと怠けているような奴には負けない自負があった。だが、俺はスタートラインにすら立てない。怠け者は参加できるのに。
そのせいで、15歳から参加できるディアナ武闘祭に『開花』メンバーは不参加を決め込んでいた。誰も何も言わないが、俺に配慮しているのだろう。その事実は今も俺を苦しめている。
そんな事を考えていると後ろからインフィオが声をかける。
「また、この時期だね……ノーマ……」
インフィオの声音は俺の気持ちを察してか静かだ。茶化す事もしない。インフィオにはもう、創設の頃にバレている。というか、ローズにも気付かれていそうだが、気付いてないフリをしてくれているのかもしれない。
俺もこの時期は辛い。もう6年目だと言うのにな……
「……あぁ、もう、この時期だ」
インフィオの言葉に短く答える事しかできなかった。いつもであれば、いつの間にか来ていたインフィオに驚く余裕すらあるっていうのに……ダメだな、まったく。
「ノーマ、ローズが急ぎの用で呼ぼうとしてたからさ。後で来てあげて? ローズにはすぐに来るって伝えておくから」
インフィオに気を使われちまったな。ローズがこんな姿を見て、心配しすぎなくて良いように代わりに来てくれたのか。
思えば、毎年この時期はそうだったかもしれないな。
「あぁ……助かる」
それだけ短く伝えると、インフィオは静かに部屋を出ていった。
俺はもう一度だけ街並みを見下ろし、気持ちを切り替えて部屋を出た。
「ローズさん、俺に何か用?」
ローズはクラン長室前の部門長区画で仕事をしていたのですぐに見つかった。
この間の奇跡協会からのアダマンタイトの件で追伸かな?
それともランドルから先日言われた訓練場の8割方作業が終わったっていう件か? もしくは納期短縮に対する追加の金額請求か?
「あ、ノーマさん。先ほどギルドから急用の手紙が届きまして、受け取り次第の確認を念押しされました。こちらです」
ローズから差し出された手紙を受け取り、開封する。
「なになに……? 『今日の午後一番にはギルド長室に来ていろ。遅れるな。確認したい』だってさ。ビッグスさんの印が押されてるし、間違いないけど。何の件での呼び出しかも書かれてないから、相当慌てて出したのかな?」
今日かぁ……この気分で出かけるのは流石に嫌なんだよなぁ……
嫌でも武闘祭の話題が耳に入るだろうし。
「まぁ、ビッグスさんの事だし、大げさに書いたんじゃないかな。それに今日の午後一番に向かうなんて、今のこの時期には大変だ。今から出ないと厳しいだろうし、明日でも良いんじゃないかな?」
ローズは俺の言い訳には気付かずに首を傾げて、悩まし気に顎に人差し指を当てる。
「そう、なのでしょうか? 受け取り次第の確認を、と言われる程度には急用だったと思うのですが……」
俺とローズの言葉を聞いてインフィオが腕組みをしながら「うーん」、と言って話をする。
「ノーマ、それ行っといた方が良いかもしれないよ。この間、奇跡協会の支部長アルテミスと騎士団長カリストが冒険者ギルドに伺ってたからね。内容までは確認してないけど、それ繋がりかもしれない」
「奇跡協会繋がりの可能性あり、か……そうしたら行っとかないとまずいか。教えてくれて助かった、ローズさん、インフィオ」
なんだろうな? 改めて冒険者ギルドに顔通ししてまで呼ぶ事なんてあっただろうか? 公式には毒蜘蛛の件は『百花繚乱』は名前が出ていないし……
指名依頼か? だが、それならそうと書きそうなもんだが、ビッグスさんの手紙の内容も『確認したい』、これだけだしなぁ……
だめだな。情報がなさすぎる。行くしかない。
「仕方ない。何の件での呼び出しか不明だが、冒険者ギルドに午後一番……今から準備して、人混みに揉まれて向かえば、ちょうど良い時間か」
「いってらっしゃーい」
「ノーマさん、お気をつけて。通りは武闘祭で人が多いですから」
「ありがとう、少ししたら出かけるから。後よろしくね」
二人にそう告げて、準備をしにクラン長室に戻る。
窓から見える景色は相変わらずの良い天気で、憎らしいほど陽気な気配だった。
準備を終えてクランから外に出た。
王都の喧騒、人混みに頭も体も揺さぶられる。
「今年の武闘祭はなんてったって最初っから奇跡協会の若き女騎士様のご登場だ! 花あり色あり、盛り上がること間違いなしだ! なんせあの――」
「そうそう、貴方も聞いた? 今年は最初にエキシビションを行うんですって! あの美しい女騎士の――」
「相手はまだ非公開だって話じゃないか! 高名な騎士の相手とくれば、これは相手も相当な――」
「さぁ、張った張った! 予選から含めて、全試合をカバーしてるのはウチだけだよ! 今回も王国の伯爵令嬢が――」
「今年は誰が優勝するか、お悩みの人はいるか! 俺が調査した戦闘力や長所短所をまとめた資料が、今ならお安く買えるよ! 伯爵令嬢以外にもオススメを――」
通りを歩く者たちの楽し気な声。浮かれる空気。
普段は気にしないんだ。でも、やはり、応えるなぁ……
冒険者ギルドまでの道のりが遠い。いつもよりも武闘祭で人がごった返しているから、というよりも精神的に足が重くなる。
くそ……ディアナ王国と仲の良い隣国――アマテア皇国では無能者も参加できる部門があるんだろ! なぜ、この国では無能者は出場する部門がないんだ! それさえあれば! 俺だって、俺だって!!
くぅ……この時期は心が乱れる!
最近は上手い事いっていたから余計に、だろう。
考えても仕方のない事をどうしても何度も考えてしまい、ナーバスな気分が襲ってきていた。
やっと冒険者ギルドに着いたな。外にいるよりも大分、心のざわめきが落ち着く。
アンナに声をかけてギルド長室にお邪魔するとしよう。別の事をしていれば忘れるさ……
「アンナさん、こんにちは」
「あ、ノーマさん! こんにちは! お話は伺っておりますから、そのまま二階に上がってください!」
「ありがと。それじゃ、また後で」
「はーい」
さて、気持ちをリセット、気持ちをリセット!
ギルド長室の扉の前に立ち、深呼吸。はぁー……すぅー……よし!
ほんじゃ、行くぞ!
ギルド長室をコンコン、とノックして声をかける。
「『百花繚乱』、『開花』リーダー、ノーマです!」
「よし、入れ!」
「失礼します!」
ビッグスの返答を聞いて扉を開けると、やはりアルテミスとカリストの姿もあった。
「あー、遅れてしまいましたか? 午後一番との事でしたが、少し遅かったでしょうか。申し訳無いです」
心配になって声をかける。
「いえ、我々も先ほど来たばかりです。さぁ、席についてください、ノーマ君」
アルテミスが落ち着いた声で言った。
ふぅ、遅刻ではなかったか。安心安心。
「はい。それでは失礼します」
ビッグスの横に腰掛け――
「ノーマ、お前、武闘祭でエキシビション承諾したって本当か?」
その言葉を聞いて、ソファをズルっと滑ってしまう。
「はい?」
中腰でソファに座ろうとしたら、ずり落ちちゃったよ。いやぁ、恥ずかしい恥ずかしい。
で、ビッグスはなんて言った? 武闘祭のエキシビションが何だって?
「すみません、ビッグスさん。聞き漏らしたようです。もう一度言ってもらえますか?」
「良いか、もう一度聞くぞ? お前、武闘祭の、エキシビション、出るんだろ? 承諾したって、聞いたぞ、だ」
ビッグスがゆっくりと大きな声で、告げた。
え? 俺が、武闘祭の、エキシビションに、出る?
はぁ!? 何言ってんだ? どこからそうなったの!?
そんな話、聞いてないし! 承諾もした覚えないし! そもそも、才能持ち以外は武闘祭には出れないだろ!? 嫌味か! 心の中で嘲笑ってるのか! 今、ナイーブな心だから卑屈にしか考えられねぇんだよ!
「は!? なんですかそれ!? 新手の嫌味ですか!? ビッグスさん、俺に嫌味言って楽しいですか!?」
「な、何を言ってんだ、お前! 人聞きの悪い事を言うな! お前が了承したって言うから確認を取ってるんじゃねぇか!」
「はぁ!? それこそこっちが聞きたいんですけど! なんの話ですか!?」
なんだなんだ!? 何が起きてるんだ!? 俺の知らないところで勝手に、なんかを了承した事になってるぞ!?
「カリスト、ノーマ君にはしっかりと伝えたんですよね?」
アルテミスがカリストにきょとんとした顔で確認する。
「武闘祭の件は伝えたはずですが?」
カリストも「はて?」といった顔で言う。
いやいやいや!? 聞いてないって!? まじで、どこからそんな話が出てきたの!?
なんか、伝え漏れてるでしょ!? ねぇ、カリスト!? なに、伝えましたって顔してるんだよ!
「え、待って、まじで聞いてないです! なに、何が起きてるの!? カリスト!? どこでその話をしたの!? ねぇ……!!」
ドッキリを仕掛けられたかのような状況に、俺の絶叫がギルド長室に木霊した。




