32:突撃隣の騎士娘①
裏路地での事変――毒蜘蛛の摘発が終わり、しばらくは平穏な毎日を送っている。
今日も特に何事もなく、クラン長としての業務を確認しながら、眠くなりそうな眼をこすってコーヒーをすする。
コーヒーの効果は全くなく、即座に眠気からあくびが出てくる。
「ふぁぁ~ぁ……ねっみ……」
思わず口からひとり言がこぼれ出てしまう眠さだな……
少し仮眠でも取るか?
椅子の背もたれに深く腰掛け、目を閉じる。
鼻をくすぐるコーヒーの落ち着く香りに混じり、紙のホコリの様な何とも言えない匂いが微かに香る。
はぁ、ここの所、新規ダンジョンの件に裏路地の件と働き続けていたからな。
少し休んだところで……大丈夫だろ……
そんな風に目を閉じて、思考を休めようとしたところ、扉の方で騒がしい声が聞こえ始める。
「お、お待ちください! こ、この先はクラン長室です! 先に連絡などしていただかなくては!」
「知らん! ノーマ殿も似たような事を我々にしていたぞ! こちらも同じようにさせてもらう!」
ローズが何者かの侵入を止めようとしているようだ。
まぁ、あの物言いと声を聞くに、十中八九あいつだろう……
たく、めんどくせぇなぁ……どっこい、はぁ!?
「イ、インフィオ! おまえ!? なんで、ここにいるんだよ!」
「さっき、背もたれに深く腰掛けた時に気付いたと思ったのにさ。そのまま目を閉じちゃうんだもん。出るタイミング伺ってたんだよ?」
寝そべったまま答えるんじゃない!
「もう少し、普通に現れるって事してくれりゃぁ気付いてやれるんだよ! 机の下なんか見る訳ないだろうが!」
「ノーマさぁ、それでも冒険者? だめだよ? ダンジョンでは足元にも罠があったりするんだからさぁ」
インフィオは「はぁ、やれやれ」なんてジェスチャーをしだす。
うっさいわ! こちとらダンジョンなら気を付けてるわ!
誰がクラン長室の足元に注意深くしてるんだっての!
「それよりも外の事、良いの? カリストがいきなり来て、ローズが困ってるみたいだけど」
しまった!? インフィオの神出鬼没さで、すっかり頭がトリップしてしまった!
急いで向かわねぇと!
「あぁ、くそ! さっきまでの静けさはどこに行っちまったんだろうな!」
愚痴ってから扉を開く。
「お、お待ちください! 私がノーマクラン長にまずはお伝えしてまいりますので! それまではそちらの席でおかけになって」
「ならん! 一度された借りは必ず返す! ノーマ殿にも同じ気持ちを味合わせてやる!」
おぉ、怖い……なんでこんなにカリストの奴は興奮してやがるんだ……
声かけたくなくなっちまうよ。
はぁ、行くぞ……
「か、カリスト様、本日はどのようなご用件で?」
「でてきたか、ノーマ殿! 貴様が暇そうにしていると思って、こちらから出向いてやった! 感謝しろ!」
暇そうにしていると思って、出向いてきた? どういう事だ? こんな事で感謝なんか生まれるはずもないんだが……なぜ偉そうなんだ、このポンコツ騎士様は……
仕方ない、ご機嫌取りでもするか……
「は、はぁ……ありがとうございます?」
「そうだ! それで良い!」
ススス、と近寄って来るローズ。
「ノーマさん。この方、いきなり来て『ノーマさんに会わせろ、でなければ協会騎士がこちらに来るだろう』、って脅してきたんですよ? 無礼ですよ!」
ローズがこそこそと耳横で告げる。
あ~、ごめんな……こいつ、多分こういう性格なんだよ。俺と相性悪いのかもな……似たようなこと先日やっちゃったのは俺だけどさ。
カリストは策を弄するよりもどちらかといえば脳筋より。まぁ、流石に協会騎士がってのは、はったりか冗談……だよな?
しかし、本当によくこれで騎士団長なんてやってるわ。
アルテミスがいなきゃカリスト、終わってるんじゃないのか? それとも騎士団長として活動している時は相当な腕をみせているのだろうか……?
「ローズさん、良いよ。本当にやるつもりはないだろうから。はったりだよ、はったり。クラン長室に案内して要件を確認するからさ。コーヒー持ってきてくれるかな」
「は、はい!」
「ノーマ殿! 早く席に着け! 話をしに来たんだ!」
いつの間にかクラン長室に入って応接用のソファに座っているカリストが声をかけてきた。
「はいはい、ただいま……はぁ……」
本当、何しに来たんだよ……茶でもしばきに来たとか言ったら怒るぞ?
コーヒーを持ってきたローズとともにクラン長室に戻り、カリストの対面に座る。
ローズが静かにコーヒーを俺とカリストに置くと、お辞儀をして扉から出ていった。
それを確認してカリストが声を出す。
「ノーマ殿、砂糖はないか? 私は無糖では……飲めないのだ……」
あらやだ可愛い。
カリストちゃんは無糖コーヒーが飲めないとは。
無理してでも「まずい、もう一杯!」とか言うかと思ってたよ。今までの性格上な。
仕方ないな。後ろの棚にある砂糖とミルクを出してやるか。
「砂糖と、それからミルクも出しますよ。これで美味しく飲めるでしょうから」
机に置かれた砂糖をどばどば、ミルクをどばどば……
え、そこまで入れちゃうの!? それ、もはやコーヒーっていうか、甘いミルクにコーヒー風味がちょっとある何かじゃないの!? うちのアリアよりも甘党!? カップのギリギリまでミルク入れちゃうの!?
「……感謝する。あまーい……」
す、凄いな、流石協会騎士だ。カップギリギリでもこぼさないで飲んでる……
というか、こいつでもこんな可愛い顔するんだな……そんなに嬉しそうに今ではすっかりコーヒー色ではなくなった、ほぼ甘いミルクを飲んでる姿を見ると、なんか今までの対応が申し訳なく感じるよ……
あまーい、って緩みまくりじゃん……
普段は気でも張ってるんかな……まぁ、協会騎士団長なんてストレス多そうだもんなぁ……




