31:やはり仕事の後はコーヒータイム
奇跡協会に毒蜘蛛の協力の件で伺い、数日が経った。
昨日から裏路地での大捕り物について、引っ切り無しに噂が飛び交っているようだ。
どうやら、アルテミスはあの資料を基に上手く成功させたようだな。
捕まった毒蜘蛛の組員の証言では、一部貴族連中も王都での活動に協力していたという、これまたきな臭い話が出ている。
だが、ひと先ずの終わりだな。
俺は今、一仕事を終えた気分を満喫するために、奮発して買った少しお高目なコーヒーを挽いているのだ。後の事は奇跡協会に任せて、コーヒーに身をゆだねようではないか……
ごりごり……ごりごり……
クラン長室に響き渡るこの音が良いんだ……静かに、そしてコーヒーを挽きたての香り……
ごりごり……ごりごり……
「ねぇ、悦に入っているところ悪いけどさ」
「うぉおおわっ!!?」
あっぶねぇえ!! 折角挽いた豆、こぼしちまうところだった!!
インフィオ!! この間はノックして扉から入ってきたってのに! もう元に戻って俺の背後を!?
「そんなに驚かなくても、いつもの事じゃない」
「こういう時にはやめろ! こぼれたら勿体ないだろ! 静かなコーヒータイムは誰にも邪魔などさせない!」
「静かに入ってきたじゃないか。まったく、ノーマは注文の多いクラン長だなぁ……」
「そういう事じゃねぇよ! はぁ……で? どうしたんだ」
「昨日から始まった裏路地一斉摘発の件だけどさ」
「あぁ、その件は俺も少しだけは耳にしているぞ。まぁ、トップの件とかは伏せられてるけどな」
「それ、トップの件。どうやら、カブトは逃げ遅れたみたいだね。捕まった後に歯に仕込んでいた毒物であっけなく死んじゃったって奇跡協会で話してたよ」
いつの間に奇跡協会の情報を……
逃げ遅れた製剤部門トップであるカブト。本当に逃げ遅れたのだろうか……?
それに仕込んでいた毒物? 裏組織とはいえ、製剤部門となれば多いのは錬金術師や薬師、学者の才能持ちのはず。そこまで周到に用意しているものだろうか?
それに、今回は『百花繚乱』も協力しての迅速な行動だ。
如何にインフィオの気配に気付きかけたインクローズと言えども、いきなり何も掴ませないようにしていた奇跡協会からの摘発。これは予測できないと思うんだが……
「それじゃぁ、インクローズは……」
「うん、やっぱり逃げ方が上手いね。カブトと製剤部門の一部が上手い具合に裏路地に取り残された。その間にどこかで身を隠しながら、人に見つからずに逃げ延びたみたいだよ。スケープゴートだね。もう王都から離れた位置に撤収してるはずさ」
「カブトが死んだのも、裏があるとみて良いか……?」
「そうじゃないかな。カブトに気付かせずに、遅効性の毒物でも仕込んだんだと思うよ。暗殺部門トップだけあって、その辺はお手の物だろうから」
俺の言葉にインフィオが頷きながら言った。
やはりそうか……毒蜘蛛の暗殺部門は己のために組織の仲間すらも手にかけるとはな。
いや、これだけ大きな裏組織だ。部門のトップなど1本、2本抜いたところで別の者が配置されるだけなのかもしれないな。
そして、それを容易く行えてしまう暗殺部門トップのインクローズ。
危険な女だ。数年越しとはいえ、毒蜘蛛が再び表に出てきた。次も数年越しかもしれないが、何もせず放置しておく事はできないだろう。
今後、クランの調査部門拡充も念頭に入れておかないといけない。
この目の前にある大事な花――インフィオの為にも……
『百花繚乱』と毒蜘蛛の関わりが出てくる場面は、俺の予想では今後もあるはずだ。
今回は潜伏され逃げられた……
だが、いつかまた相まみえる時は、絶対に……
胸中で渦巻いたその感情を押し殺す。
今回の件はこれで満足する事にして、インフィオに声をかける。
「今回、製剤部門だけでも潰せて良かった、と思うべきだな。暗殺部門の陰者は捕らえる事が困難なのは想定していた訳だし。次回も俺らが関わるなら逃がさない。2部門どころか幹部連中をひとまとめにしてみせようぜ!」
明るい笑顔を作ってインフィオに言うとインフィオも笑顔を返す。
「そうだね、今回は大手柄だからね。それに、奇跡協会にもしっかりと恩は売れたんでしょ?」
「まぁな! 話し合いの最後はなんでか微妙だったが、上手い具合に言質は取った! これで今後も動きやすくなる!」
そう言って、コーヒーをごりごりする作業に戻ると扉がノックされる。
「どうぞ」
声をかければ『開花』のアリアがひょこっと入ってくる。
「やっほー、ノーマ君! インフィオも! ずるいじゃんか。今回、声もかけないで動いちゃってさぁ~。あ、ノーマ君コーヒー挽いてる、飲ませて飲ませて! お砂糖とミルクもたっぷりね!」
アリアの次に慌ただしくガウルが。
「ノーマ! 訓練場まだ!!? 暇! あれから外でアリアと訓練してたら、あな作りすぎっておこられた! ダンジョンの依頼はないのか! コーヒーいらない! 酒ほしい!」
ガウルの後ろからノインとイリアが。
「ガウルさん、そんなに体動かしたいんですか? アリアさんともあれだけ動いていたのに。インフィオさん、お疲れさまでした」
「ノーマさん、インフィオさん、お疲れさまでした。入れるのお手伝いいたしますよ」
おずおずと入ってくるクロエと、その背中を押すユリア。
「お兄さん、インフィオさん、今回の魔薬ですけど。少し研究材料として貰っても良いですか……? コーヒーは……甘いので……」
「お兄、っさん! インフィオさんも! お疲れ様ー! 次は面白そうな話は混ぜてよね?」
いきなりのクラン長室の過密状態と騒がしさ。
はぁ、一仕事終えたシゴデキな俺を演出する空間と時間よ、さらば。
インフィオを見ろ。この静かな動きでソファに座り込んでコーヒーを待ってい……
お前もコーヒー飲むのかよ!!?
しれっと何座ってんだ! 手伝え!
顔を見ながらゴリゴリしていると、インフィオがこちらを向き笑顔で告げた。
「ノーマ、お疲れ様。楽しかったね!」
インフィオの笑顔で、まぁ今回は一人で大変だったろうし良いか、と引き続きイリアとともに準備をする。
コーヒータイムは少し騒がしくも、仕事終わりを告げる鈴の音としては、心地よい音を奏でるのであった。
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