29:奇跡協会へようこそ
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現在『奇跡協会』ディアナ王国支部は慌ただしさの真っ只中であった。
先日は新規ダンジョンの件も重なりバタバタとしていたが、いち冒険者クランに先を越されてしまい、支部長と騎士団長から労い――叱責のお言葉を協会員は頂いていた。
今回ばかりはそうは行かない、と調査担当室の協会員は忙しなく手に、足に、口に、脳に、と働かせ続けている。
「どうですか? 件の精神薬剤の出どころは把握できましたか?」
支部長アルテミスとカリストが姿を見せる。堂々とした立ち振る舞いもあり、室内の皆は一度手を止めて自然とお辞儀をする。
しかし、アルテミスに声をかけられた調査担当室長は心中穏やかではなかった。
叱責を覚悟して事実を告げる。
「いえ……現状、どのような方法でも確認をできておりません。我ら協会が裏路地一帯に派遣した隠密――『種』からは芽吹きは起きておりません。どうやら相当に手の込んだ情報統制と搬入経路を持つ組織のようですので、恐らくは毒蜘蛛の仕業であるとは予想しておりますが……」
調査担当の言葉を聞いて悲しそうな目を見せるアルテミス。
その様を横で見ていたカリストが調査担当室長に良く通る声で告げる。
「何をやっているんです! 調査担当でありながら先日から調査が進んではいないではありませんか! 新規ダンジョンの件でも冒険者に先を越されるなど。本来、奇跡協会としてはあってはならないことでしょう」
騎士団長であるカリストによる魔力を帯びた威圧に、調査担当室長は萎縮してしまう。
たどたどしくなる言葉を何とか伝える。
「そ、そうなの、ですが……こればかりは……時間と、根気が必要に……」
その煮え切らない態度に更に魔力を込めて威圧を放つカリスト。
「その様な甘い事を言っているから失敗し続けているのではないか!? 我々、協会騎士であればもっとうまく行えるだろう! もうよい!」
「お、お待ちを!! い、今そのような事をしては『種』が芽を覗かせたら刈り取られてしまうかもしれません! どうか! どうか、今しばらくの猶予を!!」
カリストへ必死に懇願する姿にアルテミスが声をかける。
「カリスト、余り威圧してはいけませんよ? 彼らも同じ協会の仲間、同志です。そして、協会騎士はあくまでも戦闘における実働が主な仕事。調査担当室の『種』の様に隠密はこなれていないでしょう? 花は花屋に任せましょう」
アルテミスの優しい声音に調査担当室長は救いの女神だ、と拝みそうになりながらカリストへ向き直る。
「な、何卒……! 今しばらくの猶予をお願い頂きたい! 我々、調査担当室も身を粉にして活動しております! 芽吹かせるための努力はより一層続けて参りますので、何卒!」
「カリスト……?」
アルテミスもカリストを静かに上目遣いで見やり言った。
「う、うぅ……わ、わかりました! 焦りから言い過ぎた事は謝罪いたします! で、ですが、しっかりと調査を行ってくださいよ! 我々、協会騎士は調査担当の後に動くのですからね!」
主にアルテミスの視線と仕草でカリストは遂に音を上げて降参すると言う。
その姿に調査担当室長もアルテミスもホッとする。
「それでは、皆さん。引き続きお願いしますね。貴方達が『奇跡協会』の目であり耳です。今は芽吹かなくとも、しばらくすれば芽吹くと信じております」
優雅な微笑をたたえて部屋を出るアルテミス。
後ろから慌ててカリストも付いていき、調査担当室長は重圧から解放されてほっと胸を撫で下ろすと仕事へ戻った。
歩きながらアルテミスはカリストに話しかける。
「カリスト、焦るのは分かりますがいけませんよ? 彼らも焦っていながらも着実と歩みを進めているのです。新規ダンジョンの件もあって焦燥感はあります。ですが、今回の問題の方が我々にとっては重要なのです。魔力を有する精神薬剤など、世に蔓延ってはいけませんからね。ましてや……依代に近しい存在など、奇跡協会がある限り許される事などありえないのだから」
大きな声ではあるが、決して荒げず。清らかに宣言するアルテミス。
その横でカリストはうっとりとアルテミスを見ながら、耳を震わせる美声に聞き入り直立不動であった。
しかし、そんな厳かな空気を破り、長い廊下にざわめきが生まれだす。
カリストの背後から複数人が慌ただしく落ち着きなく歩いて来る音。
その音でアルテミスを堪能して悦に入っていたカリストは意識が戻ってしまい、ムッと顔をしかめながら背後を見やる。
3人の協会員。
公益担当室長、広報担当室長、先ほど別れたはずの調査担当室長の姿があった。
「そんなに走ってこちらに来て。どうされたのですか?」
アルテミスがゆったりと聞く。
その姿に3人は顔を合わせ、誰が口火を切るかを示し合わせると広報担当室長から声を上げた。
「し、失礼いたしました! ですが、急ぎの要件だと考え仕方なく。非公開であるはずの裏路地組織に関して、奇跡協会の窓口に冒険者が情報提供に参った次第です。ですが、その冒険者が言うにはアルテミス様とカリスト様でなければ話さないと仰っておりまして。今は応接室にてお待ちいただいております!」
カリストは脳内で怒りに震える。
(冒険者風情が事前の連絡もなしに来て、アルテミス様を呼び付ける傲岸不遜な態度!!)
「そんな、いち冒険者のたわごと! アルテミス様が付き合っている暇がある訳など、無いに決まっているではないか!」
怒りそのままに、カリストが広報担当室長に声を上げるとアルテミスが手で制して告げる。
「その冒険者……名はなんと……?」
「は、はい。『百花繚乱』クラン長のノーマだと言っておりました。王都の若手中心で最近台頭してきた冒険者クランの『百花繚乱』で間違いはないかと」
「そうですか……」
アルテミスが言うが早いか、調査担当室長も『百花繚乱』の名が出た事で続けて話し出す。
「あ、アルテミス様! その事で私共にも情報が入りましたのでご連絡を! 『百花繚乱』の者から『種』に接触があり、組織の活動拠点、また地下経路の提供をされたと!」
調査担当室長の言葉に続けて公益担当室長も話す。
「わ、我々には、『百花繚乱』からの精神薬剤のサンプルが送られてまいりました!」
その三者三様に言葉は違えど、同じ『百花繚乱』からの接触という言葉にカリストはわなわなと肩を震わせる。
アルテミスは、
「どうしたものか……」
、と一言呟くと考えがまとまったのか話を始めた。
「致し方ありません。この件は慎重を期します。門前払いなどして勝手にノーマ君に動かれると問題でしょうから、お会いしますよ。さぁ、カリスト。応接室に向かいましょう。皆は仕事に戻ってください」
アルテミスが歩き出すとカリストも慌てて後ろについていく。
応接室に向かうまでの間、両者ともに無言のまま。
けれど、纏う空気は少しばかり重苦しい。
応接室の扉の前に到着し、カリストがしずしずと扉を開く。
アルテミスとカリストが入室しようと一歩を踏み出せば……
「お会いして頂けて安心しましたよ。あり得ないとは考えていましたが、善意で情報提供して門前払いにされる可能性もあるのではないかと、ひやひやしておりましたから」
ソファーにゆったりとくつろいだ姿勢で声をかけるノーマの姿があった。
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