28:猫のただいまのご挨拶
インフィオとの悪だくみから2日経過すると、インフィオがふらっと汚れた姿で帰ってきた。
野放しで飼っている猫がふらっとどこかに行って帰ってこず、不安になって探しに行くと、いつの間にかしれっと体毛に土や葉っぱを付けて戻ってきた感じだな。
「ノーマ、ただいまー」
クラン長室の扉を申し訳程度に開いて、手を振るインフィオがいた。
いつもなら驚かせに来たりする癖に今日は大分心臓に優しいな。
「お、おぉ。お帰り、インフィオ。無事に帰ってきてくれて安心した。ただ、大分、なんだ……汚れてるな」
「まぁねぇー。裏の住人になってたからね。匂いも当然裏の住人だから、しっかり洗い落とさないとだ」
まぁ、そりゃそうか。後でしっかりと落としてくると良いさ。
俺は魔薬の報告と匂いを天秤にかけるなら、臭かろうと気にしないからな。優先順位は報告の方が上だ。
よっこいしょ、とイスから立ち上がる。
「じゃぁ、先に報告だけでも聞こ――」
「いやだ」
インフィオが即座に遮って言う。
「は?」
「いやだって言ったんだよ。帰ってきたよって伝えに来ただけ。先にシャワー浴びて匂い落としてくるから」
少しムッとしたような声音で、言うが早いかささっと退室してしまう。
「えぇ……報告……」
イスから立ち上がった姿勢のまま、呆然としてしまった。
なんで俺の所に来る前にシャワー浴びないんだよ!
良いじゃん! 別に臭い匂いだろうと俺はウェルカムだよ!? 頑張った証拠じゃん!?
それから1時間程経過しただろうか。
インフィオが出るまでイスに座り、コーヒーを飲んで軽く稟議書に目を通していると、扉がノックされる。
「ノーマ、入っても良いかな?」
「今日は何度も扉からとは珍しいな。どうぞ」
今度こそは、とイスから立ち上がり応接用のソファに向かうと座る。
インフィオもソファに近づいてくる。
「に、匂い……平気かな?」
インフィオはクンクンしながらそんな事を言うが、別に花の香りのする石けんとかの良い匂いしかしないんだけどな。
スンッスンッ……
お、よく嗅いでみると、花の香りの中でも少し甘めなタイプかな?
「な、何を匂い嗅いでるんだよ! 流石にデリカシーがなさすぎる」
俺が鼻をクンクンしているのに気付いたインフィオが慌てて言う。
「匂いがどうのって言うから嗅いだだけなんだがな。安心しろ、良い匂いだったぞ。俺は、ちょっと汗臭いか?」
俺の言葉でインフィオは慌てた動きを止める。
ほんの少しは固まっていたが、何事もなくソファに座り、真顔で話し始めた。
「調査の報告だけどさ。毒蜘蛛で間違いなかったよ。なんせ製剤部門トップのカブトと暗殺部門トップのインクローズが居たからね。カブトは匂いのみだけど確定、インクローズも間近で感じた気配から確定だね。それとあの女、気配に鋭いままだったよ。一瞬、こちらに気付きかけて外に出てきたからね」
インフィオが目を細く鋭くしながら言う。
あの女――インクローズか。直接は会った事がないが、今でもインフィオの気配に気付ける程度の力を持っているとはね。
ダンジョンに定期的に潜って力を高めているのか……? 毒蜘蛛のトップなら人海戦術での可能性もあるな。
「そうか。だが、インフィオの気配に一瞬気付いても見つかってないのなら、お前の方が上手だな。暗殺部門トップですら気付かない人材が居るなんて、『百花繚乱』も中々なクランだ」
笑いながらインフィオを見やると少し嬉しそうに微笑む。
「まぁね? でも今回の一件は相当美味しい思いができそうだね? なんせ、魔薬摘発だけかと思えば、毒蜘蛛の部門トップだよ? インクローズは難しいかもしれないけど、カブトは奇跡協会なら余裕で捕まえられるはずさ」
今まで尻尾も掴ませず、潜伏していたような組織だ。
張り巡らされた蜘蛛の巣で様々な悪事を働いてきている。
それでも一、上手くすれば二部門つぶせる可能性が出てきた。部門トップが出張ってきている事を考えれば、これは奇跡協会のみならず、王国にも伝われば恩が売れるかもしれない!
「インフィオ、良くやった! 各調査も済んだという事であれば、早速資料にまとめていくぞ! これは奇跡協会への貸し1だが、大きな貸しになる! 毒蜘蛛の部門トップが2人も捕まえられたなら、相当な……ふふふふ!! ははははは!!!」
思わず高笑いしてしまうね!
こんなに喜ばしい事はない! なんせ悪事を働く輩だ! 存分に締め上げてしまえば良い!
そして上手い事、奇跡協会から未探索ダンジョンの情報なり、有益な情報を引っ張ってくれば……
最高じゃないか!!
思わずインフィオを抱きしめたくなってしまうね!!
机? そんなの関係ないね! 踏み台だ、踏み台!
俺は体面に座るインフィオに向かって両手を広げて飛ぶ。
「わ!? な、なんだい!?」
ひらりとソファの背もたれを乗り越えて躱すインフィオ。
だが、そんなもんじゃ逃がさねぇぞ!!
おとなしくハグされてろ!
「嬉しさをハグで表してやろうとしてんだろ! 逃げるんじゃねぇ!」
「い、いやだよ! こっちにだってされても良い時と良くない時があるんだ!」
俺とインフィオの、ハグさせろ、いやだ、の応酬であっちへこっちへと、話し合いそっちのけで追いかけっこが始まった。
その後、騒がしいクラン長室が気になったローズが扉を開き、謂れの無い非難をインフィオが言うと俺が怒られてしまった。
おかしいだろ……別に、嬉しくなってハグしようとしただけなのに……
ローズの後ろでインフィオが珍しく怯えたように服の背中を掴んでこちらをうかがっている。
え、俺に今ハグされるのそんなに嫌だったの!? なんかショックなんだけど!?
ひょっとして、今の俺、臭いの!?
「お、俺! 臭くないよね!? ねぇ!!? ローズ! インフィオ! ねぇっ!!?」
クラン長室には俺の絶叫が響き渡った。




