24:嵐が去った後の嵐の前の静けさ
お互いに溜め息をついて、お互いに顔を見てしまう。
恐らくは、ビッグスも心労が溜まっているのだろう。
お互いに無言で気持ちを入れ替えようと深呼吸した。
「それで、新規ダンジョンの詳細報告と差し入れだったか? 律儀な奴だな、お前は」
ビッグスには何かと世話になっているのは事実だからな。今回の件も、割り込みにならない、ぎりぎりで動いてもらった訳で。
このくらいの差し入れで足りるとも思えないが、今後も何かあれば頼む事になる。心象は良くしておかないと。
「いえいえ、ギルド長であるビッグス殿にはいつも良くしていただいておりますので」
右手の甲を左手でスリスリとしながら差し入れを手渡す。
……ちょっと嫌そうな顔をされながら差し入れを受け取られると傷付くんだがな。
「変な演技はやめろ、まったく。お前はいつも飄々としていながら何かやってるからな。奇跡協会に目を付けられるような行動は抑えておけよ。フォローしきれないと勾留されるぞ? 差し入れはありがたいが」
まったく、俺がいつも何かやっている訳ではないって。
たまたま、今回は奇跡協会と被っただけさ。クラン創設して初めの頃は、花扇の成長に邁進して確かに無茶な依頼の取り方も推進しては居たけれど、3年間の活動を考えたって久々だろうに……久々だよな?
「今回は俺にとっても2人にとっても、丁度良いタイミングでしたから無茶はしましたし、お願いもしました。ですが、わざわざ奇跡協会に喧嘩は売りませんよ。向こうからなにかされない限りは」
俺の顔をまじまじと見てくるビッグス。
過去の事を思い出してるのか……?
少しだけ疑問混じりの目線に見えるし、信用が浅い感じするんだよなぁ。
他パーティーやクランとのいざこざなんて、これよりももっと規模の軽い物だったでしょう?
「そうする事だな。今回は公式に王国と協会の動きをこちらは知っていた訳でもなく、あくまでも非公式に動き出しを早めてお前達を割り込ませた形だ。もう少し猶予があれば奇跡協会もあからさまに詰め寄ったりはせずに、追求が穏やかだったかもしれないがな」
「まぁ、奇跡協会とは今回初のブッキングですし、そうそう起きはしませんって。それで、一応メンツの為の行動も終わった訳ですし、お咎めなしですかね?」
「そうなるだろう。向こうもこの件を掘り返し続けた所で得もないと見切りをつけただろう。元々、悪意ある妨害行為でブッキングした訳でもないしな。さて、こちらの詳細な報告書を確認がてら、お前の持ってきたドライフラワーとコーヒーでも目で見て舌と鼻でも楽しもう。ノーマ、お前はどうする?」
「一緒に居ていいんですか? 肩入れし過ぎと思われません?」
どこに壁に耳あり障子にメアリーか分からないが、そこそこな頻度で俺はビッグスと会ってはいるんだ。
流石に恋仲なんて、ぶっとんだ噂は流れないだろうが、ギルド長としては良いんだろうか?
「何を言っているんだ。お前の持ってきたこの報告書を読みながら、本人に更に詳細を確認しているだろう? そこでお前の持ってきたコーヒーを俺が提供しただけだ。これは立派な仕事だ」
な~るほど。もう筋道はしっかりとあるのね?
じゃぁ、御相伴に与ろうかな!
「では……仕事をしましょうか」
ビッグスにニッコリと笑顔を返して、コーヒーとドライフラワーの香りで疲労を癒す。
男二人が花の匂いと彩りを愛でながらコーヒーを飲んでいる構図は傍から見たら変かもしれないが、ギルド長室は俺達だけだ。
はぁ~、のんびりできる日だなぁ……
ビッグスは報告書を読みながら、俺と雑談交じりにコーヒーを楽しむのであった。
それから暫く経ち、コーヒーのおかわりを2度もした頃。
雑談交じりにダンジョンの詳細報告書を読んでいたビッグスがペラリと最後のページをめくり終えたのを確認し、俺は真剣な声で聞いてみる。
「ビッグスさん、王都の裏通りの問題って話に上がってきてますか?」
俺の声に目を閉じながら思い浮かべるような仕草をするが、そんな報告など聞いた覚えがないのだろう。
ビッグスは目を開くと訝しげに返事を返す。
「いや、聞いた覚えがない。なんだ、裏通りの問題ってのは?」
裏通りの異常は普通に歩いているだけだと気付かないか。表側で生活している人にとっては違和感を感じるか感じないかのギリギリのライン。
もしくはそうなるように流通させている何者か――組織が意図的に行っているのかもしれないな。
精神薬剤の使用者も選んでいるという事だったから、着々と水面下で行動を起こし、気付いたら表側にも広まって、というような展開を狙っているのかもしれない。
「裏通り側の住人にはポイスパなる精神薬剤が出回っているらしいですよ。その精神薬剤の流行るペースが大分早いと言いますか。それと情報統制に近い動きを行っているようです。そんなきな臭い話を耳にしましたので、冒険者ギルドは認知しているのか確認しておきたくて」
ビッグスは、また面倒な事が起きているのか、とでも言いたそうに指の腹で目をマッサージする。
「いや、こちらとしては寝耳に水だ。正直、そんな話を聞いた覚えもないし、うわさ話ですら耳にした事もない……どこで聞いたんだ? 情報としては正しいんだろうが、一応聞いておきたい」
ビッグスも俺からの情報だから事実として考えているのだろうけれど、どうしても確認を取りたくなってしまったようだな……
まぁ、分からなくもない。俺もついこの間、裏通りを通った時には気にしなかった事だ。
それがいつの間にか裏通りでは周知の事実だが、しっかりと秘匿されて蔓延っていました、なんて驚きでしかないもんな。
「元々は俺自身が裏通りを歩いていた時の浮浪者の多さに違和感を覚えた事がきっかけでした。それについて個人的な知り合いに確認したところ、以前から流行っていたとの言質が取れました。その知り合いは裏通りの住人ですし当人も勧誘をされ断ったとの事でしたが、信頼に足る人物です。確度は極めて高いかと」
「また七面倒臭い問題だな……しかし、この件は冒険者ギルドが勝手に立ち入る問題とも言えないな。国の騎士が先んじて動くか……もしくは国からの協力依頼が来て、初めて冒険者ギルドも冒険者達に依頼を発行し取り締まる案件だろうな。精神薬剤の種類によっては奇跡協会が国や冒険者ギルドを締め出し、独立して動くだろうな」
奇跡協会が独立して動く……?
そんなに奇跡協会は精神薬剤に対して取り締まる姿勢を取っていたか?
「奇跡協会が……?」
「精神薬剤ってのは、物によっては大なり小なり魔力を帯びた種類が出てくるって昔、理事長の爺さん婆さんに聞いた事がある。それはある種、依代――魔法に似た特性を持つってな。魔力含有の物は才能持ちにも良く効くが、才能無しには更に泥沼らしい……まぁ、魔力を多く持った者でもハマる代物。元々の保有魔力、潜在魔力が少ない者には身を破滅させてでも欲しくなるって事なんだろう」
確か、何百年、何千年前の記録にも、精神薬剤が流行って国中の人間が骨抜きにされて│傀儡国家にされたって記録も残っていたはずだ。
そうか、あれは魔力を含有させる事で、体内の魔力濃度を増やしての酩酊感や多幸感を助長させて、重篤な中毒症状を引き起こしていた可能性があるのかもしれないな……
魔力回復剤は自身の現状の限界を超えての回復は行われないが、確かにあの瞬間は魔力欠乏による気持ち悪さから開放され、一種の心地よさを感じさせるとは思う。だがその程度だ。
それが一時的とは言え、欠乏していない状況で自身の体内に魔力を増大させ、精神作用させる薬剤……
魔力含有の精神薬剤は確かに厄介な代物かもしれない。
これは薬にも毒にもなる可能性を秘めているぞ……上手く行えば、俺のような才能無しでも魔力上限値を増やす事ができるか……?
だが、使用する事で耐性ができるかもしれない上に、安全な物質、かつ薬剤関係なく余剰魔力の取り込みによって発生する酩酊感、多幸感を消しされなければ結局は難しいか。
今度、クロエに聞いてみるのはどうだ?
今回の件が、もしも魔力を含んだ代物であれば……サンプルが欲しいところだが……
「今回のポイスパはどちらのものかは分かりませんが……もしも魔力を保有する物が再び蔓延っているのだとしたら……?」
「十中八九、奇跡協会が出張ってくる。あいつらは魔法を至高とし、秘匿し、自分達のみが管理する物だと認識しているからな。そんな思想を冒涜した薬剤――薬物など、到底許せないだろう。即座に調査に動き、即座に潰しにかかるだろうな。それこそ、総力を持って。奇跡協会が出張る事態が起きたらどの国でもその製造者、もしくは組織は追われ続ける羽目になるだろう。安息は消え去ったも同義だ」
やはりそうなるか。
まぁ、出来れば程度のサンプル欲しさだ。危険を犯して行った際のデメリットが大きすぎるな。
先程までの考えはボッシュートだ。
しかし……
即座の調査、即座の潰し……
そう言えば……アルテミスは別れの言葉の前に、なんと言葉を投げかけた……?
そう、確か……
一つの可能性が脳裏に過ぎり、急いで立ち上がりビッグスに別れの言葉をかける。
「ビッグスさん、この件、一応留意しておいてください。何かあるかもしれませんので! それでは、申し訳ないですが急ぎ戻る要件を思い出したので、これで失礼します!」
「お、おぉ。今日は悪かったな。差し入れ助かった」
「では!」
ギルド長室を早足で出ていき、そのままの勢いで冒険者ギルドを飛び出るようにして去る。
今回の件、もしかしたら奇跡協会に貸しを作れるかもしれない!
急いでクランへ向かい、事実確認だ!
もしも予想通りなら、相当なアドバンテージが生まれるぞ!
ひゃっほぉ!
不謹慎ではあるが、うきうきしながらギルドを飛び出た俺は小躍りするのであった。




