20:訓練場の崩壊#
新規ダンジョン攻略後に『開花』が戻ってきて、数日が経過していた。
今のところ、特に世は事もなし。
順調に実績を積み上げていく、『花扇』の者達。
「今日は仕事量もそんなにないし……ん~! 良い天気だなぁ……」
コンコン、とそんな俺の発言を察知したかのように扉がノックされる。
「はーい」
なんだろうな? 今日は特に予定らしい予定も……あぁ、あれかな? ダンジョンの報告書類の精査と記録が完了したのかな?
そろそろギルドにも伺う必要はありそうだし、ちょうど良いか。
「失礼します、ノーマさん。ガウルさんとアリアさんが少し前に訓練場を壊しましたので、こちらの補修費用に承認をお願いします」
「は!? 訓練場壊れたって、どの程度!?」
「と、ところどころ穴が空いているとの報告です……ただ、お二人は今なお訓練継続中のようでして、インフィオさんに確認してもらった時の想定費用になりますが……」
え、じゃぁ、今はもっと酷い状態かもしれないの!?
な、なんでそんな事になってるのさ!?
「ちょ、ちょっと待った! 俺も訓練場見てくるから、インフィオ呼んで!」
「呼ばなくても良いよ。ここにいるから」
にゅっと俺の執務机の下から出てくるインフィオ。
いやいやいや!? お前どこから這い出てくるんだよ! そもそも怖いから!
そんな、ぬぼぉっ!、と出てくるな!
「どっから這い出てきてんだ!! お前、いつからそこに!?」
「え……やだなぁ……そんなに長い事……いる訳ないじゃん……? なんで、好き好んで君の股間を凝視し続けなきゃいけないのさ……? そんな事より、行くならついていくけど?」
凝視はしてなくても見てたのか!?
分かんねぇ! インフィオは昔から分からん! 出会った当初から分かってない!
「あ~!! インフィオの件も気になるけど、向かいながらだ! 行くぞ! ローズは来るな! 巻き込まれたら一大事だからな!」
「は、はい! お気をつけて!」
慌ててクラン室を出ると訓練場に向かう。
歩きながら確認をする。これだけは聞いておかないといけない。
「インフィオ、俺の執務机にどれくらいいたんだ。さらっと、向かうまでに教えろ。いつもそこにいるのか!?」
「……え? なに? 聞いてなかったんだけど?」
「お前……!? お、俺が、時々、その、ポジションを……聞けるか!! あほ!!」
「あぁ、1時間くらい前にポジション気にしてずらしたり、30分前に蒸れるなぁって時々ズボンをパタパタしてたのは知ってるよ」
「ぬぁあああああああ!!!!???? いつから見てるんだよぉおおお!!! マテ! ニゲルナ!!」
「訓練場も近づいてきたよ、ノーマ? それまでに捕まえられるかなぁ?」
「オ、オマエエエエ! アライザライ、ハナシテモラウ!!」
結局、捕まらずに諦めた。
訓練場の扉近くでは既に響くような戦闘音が聞こえていた。
「なぁ? これって内部どうなってると思う?」
「さぁ、開けてみないと流石に分からないけど。音を聞くに大分、ぼこぼこにしてやんよ、って感じなんじゃない?」
インフィオの言葉にため息を吐きながら、扉を開こうと掴む――インフィオが即座に俺を扉の横に抱きかかえて飛んだ!!? なにして!?
扉が!? 吹っ飛んだぞ!?
「危なかったぁ……流石に今のは、本当に危なかったぁ……ごめん、ノーマ。怖い思いさせた。」
「い、いや……たす、かった……」
流石に俺もダンジョンでもない、ただの訓練場の扉がぶっ飛ぶなんて想定していなかったから、心臓が痛いほどに鼓動を打っている。
「やっべ……久しぶりに足が震えちまったよ……高ランク冒険者の戦闘とか、見に行きたくねぇ……」
「今のは流石に危なかったからねぇ。どうする……? 戻る?」
「だ、だが、俺が行くしかないだろ……ガウルとアリアがマジの戦闘訓練してるなら、周りの奴が巻き込まれかねない……というか、生きてるんだろうな……」
「そうかい? なら、行こうか?」
「あ、あぁ。それで、そろそろ抱きかかえたままの状態はやめないのか……? 動きたいんだが」
なおもお互いに倒れた姿勢で上にインフィオが被さったまま動かない。
そろそろ動こうか?
「いやぁ、久々にノーマを助けた感動を味わっていた。懐かしいね?」
背中に回された手がスルスルと動かされる。
「だぁ! まさぐるな! 男に触られる趣味はねぇよ!」
「へぇ? いつ男だなんて言ったっけ? 自分の事を特定する言葉は一度も――おっと、じゃれていたいけど、そろそろ行こうか。最近加入した蕾の押し殺したような声が聞こえたから」
インフィオがすくっと立ち上がると俺の手を取って立ち上がらせる。
インフィオの男か女か問題はまた後日聞くとして……
まずいな。アルメリアとフリュウも巻き込まれたか。
他の訓練生は正直、どうでも良いって訳でもないが、優先度は二人だ。
「行くぞ!」
入った先は地獄だった。
訓練場を作る時に、比較的頑丈な鋼鉄製の厚みある鉄板を敷き、その上に衝撃吸収の厚みあるマットまで敷いてあるのだが……
地獄でも顕現したってのか!? 鉄板むき出しどころか切れ目とか、凹みで穴空いたりして地面が見えてるぞ!?
いや、それよりも、けが人はいないか!?
震えてる奴はいても、けがして動けねぇってのは居ないな!?
なら、さっさと止めるしかねぇ!
「ガウル!! アリア!! とまれ!!」
「うがぁああああ!!!」
「ガウルぅうううう!!!!!」
と、止まらねぇ!?
まずいな、ヒートアップして周りが見えてない!
今日に限って花扇がいないなんて!
ちぃっ!
「訓練生、端によって退避しろ! 巻き込まれたら死ぬぞ! アルメリアとフリュウもさっさと動け! そんで軽いケガ人は花扇呼んで回復させてもらって来い!」
「う、うぅ!! 行く、よ……!」
「う、うん……」
あいつら……また……漏らしたのか……
そ、そんな事より……訓練生は出て行ったが、この惨状を止めねぇと……
「うらあぁあああっ!!」
「甘いんだよ! ガウルぅうう!!」
尚も続く訓練とは名ばかりの戦闘行為。
アリアは破片を利用してガウルの攻撃を防ぎながら、飛び蹴りを行う。
ガウルはそれに反応して避けると斬撃をアリアの背中に浴びせようとして、アリアが壁を蹴り上げて背後をとる。
お互いに紙一重の攻防を繰り返す。
まずい。このままだと更にヒートアップして訓練場だけで済まないかもしれない!
なんだ、考えろ。こいつらに効く言葉……いや、これなら!!
「ガウル!! アリア!! 止まらねぇと、二度と口聞かねぇぞ!!」
ピタッと止まる二人。
「ノ、ノーマ君……?」
「ノーマ……」
俺の口聞かない宣言でようやっと俺がいる事に気づいたようだ。
そんな顔されたって困ってたのはこっちだ……
「やっと止まったか。それ以上やったら、まじで口を閉ざすからな。お前ら、周りを見てみろ」
そこまで言ってやっと周りを見て、あちゃー、という顔をするアリア。
ガウルはまだ怒られた理由に気付いてないだろうな。
「はぁ……訓練生を殺しかねないから気を付けろっての……俺も下手すりゃ死ぬぞ?」
「実際、死にかけてるけどね」
インフィオ、忘れようとしてるんだからやめてくれ。
あんなので死んだら、死に切れん。せめて老衰かダンジョンで死にてぇよ……
「訓練場自体はまぁ、仕方ない。お前らの強さに耐えきれなくなったのをクラン長である俺が見逃したからだ。だが、周りに危険をふりまくのは違うだろ。俺達の目指すSランクは無鉄砲に人命を軽くして成れるものではないだろ?」
「違うね。ごめん、ノーマ君。蕾の二人に見せて上げるつもりで始めたんだけど、ガウルと本気でやりあってたら楽しくなっちゃった」
「ごめん……まだ、誰も死んでないし、良いかなって」
二人は反省してしょぼくれた。
はぁ、一先ずは落ち着いたか。
しかし、訓練場の惨状は……こりゃぁ、どっか腕の良い所に補修ってか改修工事を依頼かな。
こいつらでも壊れない程度で、ついでだし花扇と訓練生の場所も分けちまうか……最近は資金も潤沢にあるんだし、その方がこいつらも今後は気にせずに訓練できるか。
「俺も悪かったな。もっと早くに訓練場を増やすべきだった。今までは問題なかったと考えた俺の浅慮だ。痛み分けって事で、もう気にすんな。次は花扇専用の訓練場作ってやるから」
「ほんと? ノーマ君、もう怒ってないの?」
「あぁ、怒ってないさ。俺も悪かったからな」
「ノーマ、怒ってないんだな! 良かった! 次の訓練場はオレの斬撃にも耐えるのを作ってくれよ!」
「あぁ、そうするよ。ほら、ここは俺に任せて、お前らはシャワーでも浴びて来いよ」
やっと二人の顔にも生気が戻ったかのように花が咲く。
「う、うん。じゃぁ、またね、ノーマ君!」
「ノーマ、たのんだぞ!」
二人を見送り、インフィオに告げる。
「なぁ、あいつらの威力に耐えるのって幾らぐらいするかな?」
「少なくとも、この惨状を補修するよりは高いかな」
訓練場の惨劇を眺め、死人が出る前に訓練生用と花扇用の訓練場を分ける事を決意するのであった。




