17:木漏れ日のオークと日陰のオーク#
オーク達の動きを観察しながら考える。
確かにスタンピードとは違うようだ。
ノインをちらりと見ると、ノインも笑みを返してきた。
さて、それでどいつから狙うべきかだが。
見える範囲で3体か。この状態だと乱戦は免れないだろうな。
「二人とも見えてるな? 3体同時の戦闘は通常避けるべきだ。俺達だけで相手をしていたら3方位からの攻撃に注意しながら、かつ他所から追加が来るかもしれないからな。ならどうするか? 今から見せてやる」
俺は二人を見て、小さく呟くと煙玉を3体のオークの内、2体に煙が被るであろう位置に投げ込む。
丁度1体を分断するように煙が展開される。
「風の影響も受ける場合があるから外では注意して使え。魔術師のアシストで風向きを調整したり、煙玉が使えない時は別の物で対象以外に注意を向けさせて、1対多を狙え。いくぞ!」
俺は落ちている石を孤立したオークに投げ込み、注意を向ける。
その間にアルメリアはオークの左横に周り、フリュウが俺の真後ろからずれた位置から魔術の詠唱に入る。
「狙いをしっかりと決めろ! お前らはまずどこから狙う! 腕か、足か、顔か! 俺が合わせてやる! 動いてみろ!」
その言葉を聞き、アルメリアがフリュウに合図をして動き出す。
「フリュウ、行くよ! 陽動して!」
「うん! 隆起し穿て! 大地の槍!」
二人の狙いが、フリュウがふくらはぎを狙って機動力を削ぎ陽動した上で、片腕つぶしの戦法であると判断し身体強化を使用し動く。
俺は身体強化の使用は局所的に行う事しかできないが、初速を出すために魔力を絞る。
フリュウの魔術がオークの左ふくらはぎに突き刺さる。
オークが遅れてふくらはぎを確認して身をよじる。
「やぁあああっ!」
アルメリアが片腕に切りにかかるのに合わせて、俺も肘に対して剣を突き刺した。
まだ煙幕は残っているな?
初動での片腕と片足の損失は大きいだろ!
俺の攻撃は切り付けよりも刺突での局所強化がメインだが、肘にぶっ刺さっちまえば、こっちのもんだよ!
「アルメリア! もう片方の足を切れ!」
合図をすると即座に動く。
良い動きだ!
「はぁああっ!!」
両足を切り付けられ、姿勢を維持できずに中腰になったオーク。
後はここに、魔力を練ったフリュウで!
「フリュウ!」
「降りかかる灼熱! 多段炎撃!」
顔に複数の炎撃を撃ち込まれ、息も絶え絶えになったオーク。
「やぁあ!!」
アルメリアがとどめを刺した。
だが、ここで終わりじゃない。
俺は声を張って伝える。
「周囲警戒! 残り2体のオークを再度、煙幕で分断! ダンジョンと違ってどこから襲ってくるかわからない内は警戒を解くなよ!」
「「はい!」」
こうして、同じ様にオークを各個撃破していった俺達は、ダンジョンの入り口に到着した。
「ダンジョン前に漏れ出ていたオークは6体か。それほど多くはなかったが、もしかすると他のところに流れていったのかもな。一応、背後の警戒は魔術探知でしておけ。洞窟にふらっと戻るかもしれないからな」
少し離れた位置から洞窟を眺めての休息を行っていると、ガウルがあくびをしだす。
「ふぁぁああ……このままじゃオレ達、する事ないんじゃないか?」
「流石に気を抜きすぎでしょ、ガウルさん。でも、そうですね……過剰戦力すぎるかも」
「まぁ、中に入ってみて俺達だけで問題ないならそれに越した事はないんだが、ここからは罠の警戒、突発的な戦闘の警戒、退路の確保もある。俺達だけじゃ無理だろうから、頼んだぞ」
「はいよ。どうすんだ? もう少し様子見か?」
「二人はどうだ? 息は整ったか? 疲労感は?」
「うん、大分落ち着いた。行ける」
「私も、問題ないです。あと報告で魔力回復剤を1本消費したので、残り4本です。オーク5体で1本使用くらいだと思います」
「フリュウ、報告するのは良い判断だ。そうやって慣れていけ。それじゃ、警戒しながら洞窟に入るぞ!」
罠に警戒しながら洞窟内を光源を絞って照らし、静かに先導する。
「足元に注意しろ。このダンジョンは外から見た限り洞窟。文明的な物ではないから、罠も自然由来の物が主体になってたりする。物によってはダンジョンが廃城として生成されると城にあった槍や弓矢が罠として機能されてたりするからな。ここでは水たまりや鉱石の類などがダンジョンの魔素で罠となる。水たまりは毒水に、鉱石は気付かずに触れると爆発したりするものもあるからな、迂闊には触るなよ」
「う、うん……」
「は、はい」
ダンジョンに入った最初は恐ろしいよな。
特に光源がない未探索の洞窟だと、なおさらな。学園卒業から初めてのダンジョンって訳じゃないだろうが、他の低ランクダンジョンだとある程度は小さな明かりが置かれているからな。
先輩冒険者の優しさって奴だ……
「大丈夫だ。恐れすぎるな。何かあったら俺、というかBランク3人が対応してくれるからな」
笑いながら言うと二人の緊張も少しだけ緩和された。
途中の通路での遭遇も幾度かあったが、人にとってはそれなりに広いがオークにとっては狭い道。
動きを元々阻害されたオークをフリュウが魔術でよろめかせ、危なげなく俺とアルメリアで狩っていった。
このダンジョンはオーク単一の洞窟とみて間違いはないだろう。
統率の取られた動きもない事を考えれば、そこまでの危険度もないだろうが、ボス部屋の上位種には二人に任せるのは厳しいか。
少し先に行くと、開けた空間が見えた。
咄嗟にライトを消えるか消えないかのギリギリに絞り、静かに覗き見る。
オークの数が7体。流石に多いな……
今使えるもので対応するなら……
「俺が閃光玉を投げるから目と耳をふさいでおけ。慣れるまでは耳はふさいでおかないとその後が大変だ。もしも耳に支障が出たとしても大声は出すなよ。閃光玉の音は洞窟内に反響しても問題ないが、ヒト、いや、生物の声には反応するからな」
二人が目と耳をふさいだのを確認して、投げ込んだ。
俺も目を閉じる。
破裂音が響くとオーク達が視界を奪われ慌て始めたようだ。
「行くぞ! それぞれ、一体を相手にしろ! 動きの阻害が済んだら次に移れ! 視界が戻ったと判断したら1度前衛は後退するぞ! 後退する時は俺が援護する!」
闇雲に動き回るオーク達に接近し、俺達はオークの足を狙い撃ちにする。
俺の攻撃が少し弱いが、アルメリアとフリュウがどんどんオークの足を切り付け、地べたを這いずらせていく。
「良いぞ! フリュウは立てないオークを倒していけ! 俺達で残りを這いずらせる!」
こうして、洞窟の空間にいた7体のオークを倒し終わった。
「さて……魔石と討伐証明を確保して……ここは広い空間だったが、この先も一方向にしか道がない。そうするとここは一方向に伸びたダンジョンで、この先はボス部屋か。ボスは基本、ダンジョンの最奥にしか居続けないからな。しかし、比較的簡単な道でよかったな。洞窟が横に伸びた迷路状のダンジョンだと面倒だし」
「この後はボス部屋だろうけど、どうする? ボク達も流石に動くべきだよね?」
「やっとか! うずうずしっぱなしで仕方なかったんだ! そろそろ良いだろ!?」
「ガウルさんが動いたら巻き込みで危ないかもしれないですし、二人には見ていてもらう方が良いんじゃないですか? ノー兄は指揮してください。昔みたいに」
「そうだなぁ……流石に、ボス部屋に俺達だと厳しいだろうし、そうするしかないか。これも指導員としての役目って事で頼んだぞ。指揮は必要あるか……?」
Bランクの冒険者3人の動きだぞ……?
正直、Cランクダンジョンから指揮の必要性を感じなくなっていたが、まぁ、二人に見せてやるか。
阿吽の呼吸って奴を、な。
「私達は見てるだけなの? まだやれるよ!」
「うんうん!」
「いや、ダメだな。そもそもが圧倒的に経験値不足だからな。Dランク相当ならオークキングはいなくてもオークナイト相当だろう。経験として見ておけ。安全な空間で戦闘を批評できる機会なんてそうそうないぞ?」
俺は良くやってたけどな。
批評しかしてない冒険者人生だ。
「それじゃ、久しぶりにやりますか。『開花』ではないが見せてやるよ。俺達の戦い方を。ウィンリイ、使用する魔術はノインに合わせてくれ。連鎖で使ってガウルの動きを加速させてくれよ」
「は~い! じゃぁ、よろしくね、ノイン?」
「えぇ、こちらこそ……!」
こうやってライバル心芽生えるってのは良いねぇ。ガウルは楽しんで戦闘してる節あるから、ライバル心なんてあるのかも分らんけど。
「それじゃ、ダンジョンを片付けようか」
その声で歩き出す。
いつ振りか。『開花』2人を指揮をするのは。
もう、言葉も使わないで、目線や手を示すだけになった、俺の指揮。
ボス部屋の先に、こちらを向いて座るオークが見えた。
皮の鎧を着こんだ蛮族のような出で立ちであり、切れ味はそこまでよくなさそうな大剣を右腕に握っているオークナイト。
俺はそれを確認して、ガウルにオークナイトの左横を手で指し示す。
「しゃぁああ!!!」
ガウルが吠える。
オークナイトが反応を示す。
一気に加速して詰めていくガウルを横目に、ノインに手で合図を示す。
「凍てつき楔を刻め! 氷結!」
オークナイトが両足を凍らされ、吠える。
そこにガウルが切りかかり、凍った片足を切り取る。
ずれて残る足は血を流す事なく、綺麗な切断面を覗かせた。
時間差でオークナイトの右肘を指し示してウィンリィを見る。
「凍てつき楔を撃ち込め! 氷結!」
少しノインよりも範囲を広めての凍らせ方をさせるウィンリィ。
オークナイトは凍らされた右肘と肩で大剣を振るえない事でさらに唸り声をあげる。
ガウルにオークナイトの右肩を手で示す。
「うがぁあああ!!!」
ガウルが尚も吠える。
続けて、胴体を逆袈裟切りするように手を示す。
「はははは!!!」
俺は自然と笑い声をあげ、勢いよく最後に残った首をかき切る仕草をする。
「死ねやぁあああ! おらぁあああ!!!」
ガウルが最後の吠えをして、首を断ち切る。
何もさせないままに、圧倒的な実力差をもって殺した。
これが、俺達の戦い方だ。
指揮に言葉はいらない。長く一緒にいた俺達は目線と手で目標を表す。
脳内では、優雅な花園で指揮棒を振るように、厳かな曲が流れている。
静かな空間に彩と音を添える花――彼女達。
これが、俺達の戦い方だ。
俺が『開花』を指揮する時は基本、相手に何もさせず確実に葬る。
それが許されるだけの、絶対的な力。これこそが、俺の批評を受けた彼女達の力。
久々の『開花』の指揮に、火照る体。
だが、それも終わりだ。
依然として火照り、恍惚とする気持ちを抑える。
唖然とした二人に笑顔を向けて指示を出す。
「終わったな、お疲れ様! さ、魔石と討伐証明、遺物があれば貰って帰ろうか!」
楽しかったダンジョンも終わりだ。
踏破日数は1日だったな。予定よりもだいぶ早かったが。
さぁ、帰ろうか!




