15:新規ダンジョンに向けての準備~両手に花束。時々偏屈爺さん~
俺は王都の通りを歩いていた。
その横には麗しい乙女達。
自然と人の目は彼女達に吸い寄せられる。
麗しの花に吸い寄せられるかのように。もしくは鼻腔をくすぐる香りによって。
冒険者で成功している者は見目麗しい、または惹きつける魅力ある者が多い。
一説にはダンジョンや魔物等からこぼれ出る魔素――魔力が影響を与えていると言われているが、冒険者として成功を収めた事で自信が付いているからという説もある。
そんな麗人である彼女達――ウィンリィ、ガウル、ノイン、アルメリア、フリュウを連れて歩く俺は男達からの嫉妬の嵐の視線を一身に受けていた。
何の事はない。
ただただ視線が痛い。
流す事にしていても、辛いものは辛いのだから仕方がない。
俺の評価、余り一般の人や冒険者には良くないからなぁ。
無能者からは「才能持ちに運よく引っ張りあげられた癖に美女を連れた男」と見られ、才能持ちからは「花に寄り付いたアブラムシ、寄生虫が」と卑下されてる。
ランク上位者やギルド、ギルド理事会の爺さん、婆さんには評価されてたりするんだけどなぁ……
まだまだ、無能冒険者――俺に対しての認識は厳しい。
そんな事を考えているとは露ほども考えていないであろうガウルが俺の手を引く。
「ノーマ! 今日何するんだ! 遊ぶか?」
「ガウル、今日はダンジョン踏破の事前準備だって伝えただろ? お前も最近、事前準備さぼってるだろ? 良い機会だから、買いだめしとけ。ほっとくとどうしていつも……」
「えぇ~…… 久しぶりに休暇なんだぞ~? 遊ばないのか~?」
うぐっ……普段は男口調の癖に、甘える時はこうやって無意識にあざといんだよなぁ……
仕方ないな……
「分かったよ。じゃぁ、買い出し終わったら遊ぼうな? それなら良いだろ?」
「やった! 早く行こうぜ! 遊ぶ時間減っちゃう!」
「ノー兄、そうやって甘やかすから今も事前準備しないんですよ? イリアさんがいるから回ってますけど、本来なら個人で必要な物を用意するべきでしょう?」
「そ、そうは言うがなぁ…… ガウル、細かいの好きじゃないからなぁ……」
「ほら、またそうやって甘やかす! ガウルさんも21歳ですよ! このままじゃ、だらしない駄目な大人になっちゃいます!」
「うぇ!? ガウルさんって21歳なの!?」
「わ、私達の1個下の感覚で見てました……」
アルメリアとフリュウって16歳だろ……
ガ、ガウル……お前、歳が若く見られてるぞ……よかったな……
「へへ~、俺、そんなに若く見えてた? ノーマ、ノーマ! 若く見える?」
「そうだね……見えるよ。多分、傍から見たら、そう見えると思う」
精神年齢として、だけどな。
見た目は発育の良い子、って感じには見えるんかもなぁ……
幼馴染として染み付いてしまった部分だから中々、変わらないんだよなぁ。
昔から、俺の周りではしゃいでたし、ノインが来るまでは本当に妹みたいな感じだった。
まぁ、年下のノイン、ユリア、クロエにまで妹みたいな扱い受けてるし、そういうもんなんだろう。
「ほら、ガウルさん。後で遊んであげますから、しっかりと歩いてください。また転んでしまいます」
なんだかんだでノインも可愛がってるしな。
そのままでも何とでもなるさ。
お、ギルドが見えてきたな。
「よし、まずはギルドで合同パーティーの申請だ」
皆を引きつれながらギルドに入り、アンナの受付に向かう。
「ノーマさん! こんにちは! 新規ダンジョンの件ですか?」
「えぇ、このメンバーで潜るので申請を改めてきました。Bランクのガウル、ノイン、ウィンリィは外部指導員としての同行になる」
「ふふ、久々にDランクダンジョンですね! 頑張ってください!」
「あぁ、ありがとう! 明日から行くので、次会う時は踏破完了の報告です! それじゃ、また!」
「はい! 行ってらっしゃい」
さらっとギルドでの用を済ませて出るとウィンリイが話しかけてきた。
「ノーマ、ボクの行きつけの魔具屋さん寄っても良い? 道具は問題ないだろうけど、魔具を追加しときたいんだ」
「あぁ、いいぞ。じゃぁ、案内してくれ」
ウィンリィの言葉で目的の魔具屋へ向けて歩き到着する。
「ここ! ボクの御贔屓さんだよ! いつかノーマにも見せたかったんだ! 冒険一緒に行かないから言う機会なかったけど!」
ウィンリィが指さすそこは、通りから少し離れた古ぼけた魔具屋だった。
こんな所に魔具屋なんてあったのか?
古ぼけた印象と御贔屓って事からも昔からあったのだろう。
「こんな表通りから外れた裏通りに魔具屋なんてあったのか。俺が買うのは魔具じゃなく道具だったから気にした事はなかったが、それにしても聞いた事ないな」
「でしょでしょ! ボクも偶々裏通りを散歩してた時に見つけてふらっと立ち寄ったんだ! そしたらあら不思議、品質が良かったんだよね! お値段は張るけど、魔具ならおススメのお店!」
自分の事のように嬉しそうに言うウィンリィ。
早速、店内に入ると少しばかり古い家屋の香りが漂ってくる。
扉に付けられた魔具が来店者を知らせるように、カランカラン、と音を鳴らし、店の奥からも音が鳴っていた。
「短距離の伝送魔具……? 伝送魔具の使い方として勿体ない気もするな」
苦笑しながら扉に取り付けられた魔具を見て言うと、後ろからしわがれた声で怒られる。
「はっ! 魔具は使ってなんぼじゃろうが! 倉庫でホコリをかぶっておるよりだいぶ健全だ! そんな事も分からんとはな!」
「やぁ、ランドルお爺ちゃん! また来たよ!」
「おぉ、おぉ、よく来たな、ウィンリイ。今日はどうした? 何か壊れたか? それとも買い出しか? 奥で美味しい茶菓子もあるからな、どうじゃ?」
ドワーフの老人――ランドルがウィンリィに声をかけた。
「ランドル爺ちゃん、今日は買い出しで来たよ! お茶菓子はまた今度でかな! それで今日一緒に来た人を紹介するね!」
ウィンリィは一人一人を紹介し始めた。
彼女達を見て、
「ほほぉ、『百花繚乱』の話題の者達じゃな? ウィンリィに良くしてもらっておる、ランドルじゃ。今日はよく来てくれた」
なんて言ったランドルだったが……
「それで、こっちが前から話してたノーマ! ボク達のクラン『百花繚乱』リーダーで、新進気鋭の『開花』リーダーだよ! 話してた通り、凄いでしょ!」
「……ふん! お前がノーマか。魔具については理解しておるのか?」
ウィンリィが俺を紹介するとまなざしが厳しくなる。
お、お爺ちゃんが孫を案じて男を警戒しているかのように見えるが、ウィンリィは俺の話で今まで何を言ったんだよ?
まぁ、魔具については俺は縁があって、それなりに知っている。
魔具は、無能者として生命線。自分でも手がけようとした事があるからな。
それでも、多くは持っていない。かさばって動きを阻害されても困る。
試しに使っている魔具でも見せてみるか。
「俺が使っているのは光源と緊急信号、後はこれだ」
俺のとっておきを見せる。
これは昔から、それこそ王都で冒険者になって無能者として模索し続けていた時の頃だ。
「お前、これ等をいつ、どこで手に入れたんじゃ?」
「もう5年前くらいか、表通りの露店でな。その露店、人がいなかったけど質が良くてね。その当時の俺の資金でも買えたんだ。いつの間にか店を閉じたみたいだけどな」
とっておき。
魔物避けの魔具。
一般的に流通は少ないが時折出てくる。
無能者の少ない魔力でも発動でき、任意のタイミングで意図的に魔物から自分を狙われにくくできる。
オークの時には注意を向けなければいけない状況で使用できなかったが、あるとないとでは狙われる確率は大分違う。
だが、このとっておき魔具の凄い所はそこじゃない。
魔力が満充填されている時に限り、魔力を全て使用しての結界のような領域が自身に展開される。
この時間制限ありの結界紛いの魔術刻印に気付けたのは偶々だった。
ノインに魔術と魔法の違いを教えた事、また一時期に身を守るため自動起動式の魔術刻印の作成を手掛けた事があったからだ。
魔具は魔力が霧散する為、効果は残り続けない。だからこれは、門外不出の禁忌――魔法ではない。厳密には結界紛いの存在に気付かれたなら取り上げられる可能性もある。
だがそんな事は無視して、『奇跡協会』の持つ結界の知識に真に迫る魔具だ!、と飛びついた。
なんせ、無能者が生き残る術を探している中での、天からの贈り物だ、と思ったからだ。
そして露店の主に購入を伝えれば、これだけの性能を持った魔具としては破格の値段で売ってくれると言う。
それなら、と光源に緊急信号も併せて購入した。
「ふん……魔具師ではない割に綺麗に使っているようじゃな。所々、ガタは来ていそうだがな。補修してやろう。しばらく借りるぞ」
補修!?
壊れないように使ってきたが、どうしても経年劣化によるガタは来た。
このままではいずれ壊れる可能性も懸念していたんだ。
それで他所に持ち込んだ事もあるが、どこの魔具店でも扱えないと何度も断られた魔具だぞ!?
それを、この爺さん、できるのか!!
「補修できるのか!? だ、代金は言い値で払う! 高額でも良い! それは俺の生命線だ!」
「直すだけで大金なんか取れるか、あほ。今後も寄って魔具を買いに来い。そうすればワシの懐が潤うからの」
「そ、そんな事で良いのか!? 頼む、俺にとっては本当に生命線なんだ! 今後は俺のクランの花扇にも宣伝する! だから頼む!」
「ふん、よくここまで使ったもんだ」
そう言うとランドルは再び奥に言った。
補修作業を始めるのだろう。
「ランドル爺ちゃん、ノーマの事、好きになったみたいだよ! そうじゃないと怒って店の外に放り投げるもん!」
その言葉に苦笑し、俺は店内の物色に戻った。
しばらく物色してアルメリアとフリュウにも買っておくべき魔具の指南をする。
ガウルは飽きてしまったようで玉形の魔具でジャグリングし始めノインに怒られていると、奥からランドルが戻ってきた。
「ノーマ、終わったぞ。持ってけ」
俺が手入れするよりも当然の如く綺麗に補修された魔具。
感動して見入ってしまった。
「ありがとう、ランドルさん。俺は才能がないからな。こんなに綺麗な調整はできなかった……助かる」
「ふん、気にするな。無開花者としては中々な調整だ。壊れなかったのもそのお陰じゃ。大事に使っている事は分かった」
「あぁ、俺の冒険はこいつがあってこそ、だ。助かった」
「補修費用はこんなもんだ」
ランドルが費用を見せてくる。
これだけ綺麗に調整されていてここまで安くて良いのだろうか?
流石に断られ続けた魔具の補修費用として安すぎる。
「その代金と、こいつらの購入魔具を含めて一括で払わせてもらう。それと今日だけは多めに払わせてくれ」
「はっ! 多めに払うんじゃねぇぞ。こっちは腕に誇りをもって仕事してんだ。利益も載せて提示した額に上乗せなんかされたかねぇよ。黙ってその額を払っとけ」
口ではそう言いながら、嬉しそうなランドルに金額を支払い、俺達は店を出る。
扉が閉まる前にランドルが言う。
「また来い。一品物は壊れたら面倒じゃからな」
ランドルにサムズアップし、俺達は店を離れた。
その後、道具屋で魔物避けの煙玉や体力回復剤、魔力回復剤を買い足していく。
結局、その日は店舗巡りをして日が暮れてしまう事になり、遊ぶ暇もなかった。
ガウルが遊べずに悲しい目を向けたため、酒場――琥珀の雫に一緒に向かってご機嫌を取ったのであった。
コロッとガウルの機嫌が直る様を見て、皆で笑いあった。
久しぶりのパーティーでの、ダンジョン攻略。
想定外に死にかけるかもしれない。
それでも、やっぱり自分も未踏破ダンジョンに足を踏み入れるのは楽しみだ。
それは裏方に回ると決めた後も変わらない。
明日から、このメンバーで新規ダンジョンだ……!
そう考えながら皆の顔を眺めながら、楽しく酒場で飲み、食べた。
お開きの時にはアルメリアとフリュウが通りの端で嗚咽を漏らしていた。
お前ら、明日はダンジョンだぞ……飲みすぎるなよ……
いつも、締まらねぇなぁ……この二人……




