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才能がなかった俺は、仲間をS級に導き、『花園の批評家(レビュアー)』と呼ばれるようになった。  作者: マボロシ屋
10章 月は東に日は西に

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136:境界線は曖昧になり、いつしか同化する

 目が覚めると、日の光が室内に差しこんでいた。

 深夜の興奮と熱量は消えている。だが、汗は消えても汗臭さは残っていた。


「シャワーでも浴びよう……色々と、酷い匂いだ」


 汗だけなのか分からない。あの熱は異常だった。深くは考えたくない。

 昨夜に何があったのかを深く考えそうになる思考を切り、部屋を見回せばシャワー室が隅にあった。


 服を脱ぎ、体に冷水を浴びせ、最後に温める。

 落ち着く温かさに一息付きながら、服をどうするか考える。


「……流石に、洗うか」


 濡れていても替えの服はない。匂いをまき散らすよりもマシだろう。


 シャワー室の前に置いた服を取ろうと扉を開――外から声がかけられた。


「ノーマ、もう起きたんだね。昨日の記録を見ると、興奮剤で夜中にも動いていたようだし、服は洗濯するね。替えの服を置いとくから着てね! ん~、でもこの匂い……ゆうべはお楽しみだったみたいだね! あっはっはっは!」


 笑い声をあげながら遠ざかっていくジーニャの声。


「……替えの服、助かる――はっ!!?」


 慌ててジーニャの置いたであろう替えの服とタオルを手で掴み着込むと、部屋を飛び出す。

 そして大きく息を吸い、呼びかけた。


「待てッ!!! 服を持っていくな! 置いていけぇええ!!!」


 どこへ行ったのか分からないジーニャを必死に探す。

 朝っぱらから余計な心労が襲う事になった。



☆★☆



 結局、服はどこへ行ったのか分からないまま、昨日の実験室のようなところでジーニャを見つけた。


 あの短時間でどう用意したのかは謎だが、テーブルには朝食とコーヒー。そして優雅に席に座り、カップを持ちながらこちらに微笑みかけるジーニャの姿。


「やぁ、おはよう。綺麗さっぱりだね!」


 けろりとそんな事を告げるジーニャに俺はじとっとした視線を向けて抗議する。

 口は開かずにそのまま見つめ続けると、ジーニャが手に持つカップがフルフルと揺れだす。


「や、やだなぁ。そんな目で見られても、私からは朝食をふるまうことしかできないよ?」


 ジーニャの顔は俺の方に向きながら、目だけ逸らして言う。


「はぁ……服は洗濯以外で変な事しないでくれよ……頼むから」


「…………」


 返ってきたのは無言だ。既に何かされたのかもしれない。

 何をしたのか興味本位で聞きたくもありつつ、聞きたくないという相反する気持ちが胸中でせめぎ合う。


 ジーニャの対面に用意された朝食の席に着き、目の前のコーヒーに口を付ける事で飲み込む事にした。


「それで? 俺はいつまでここにいなきゃならないんだ? こっちの都合で帰って良いんだったらこの食事をとったら帰らせてもらうぞ」


「……ふぅ。まぁ、会いに来てもらっ――わ、分かったからそんなに(にら)まないでよ! 連れてきた目的は元々、一目(ひとめ)会って検査――じゃなくって! 伝える必要があると思ってただけだから! 話はすぐ終わるよ。ノーマ、君は自分の希少性をもっと自覚すべきだよ。君自身がそれを気にしてなさすぎるよ」


 俺の目を見ながら、じっと見つめるジーニャに口の中には何も残っていないのに、ごくりと喉を鳴らしてしまう。それまでと(まと)う雰囲気が異なり、ちびっ子などと言い表せない。


「……俺は自分を希少だとは思っていないからな。あくまでもその辺に一定数は居る無開花者――無能者であって、限界まで努力した事でほんの一瞬、足先が開花者に並べる程度の認識しかしていない」


 俺の言葉にジーニャは、ふぅ……、とため息のようなものを吐きだすと話し出す。


「そこがそもそもの間違いさ。君の中での無開花者はどれだけ強いと思ってるんだい? 一瞬、足先でも開花者に追いつく? それが死ぬほどの努力と機転で埋まる差だと言うのかい? アイデアが能力に影響しなくとも実現性はほぼ皆無なのに? その思考は毒だよ」


「毒……?」


「そうさ。努力すれば、機転が利けば……そんな不確かなモノで無開花者が開花者に、上位の魔物に一矢(いっし)刻み付ける事なんて何度も起きるはずがないんだよ。純粋な無開花者の冒険者は、この国では(あふ)れてるからね。それこそ、無開花者を容認しているアマテア皇国にも一角の人物が数人いても良いくらいさ」


「それは努力を……いや――」


「していない、なんて言えないでしょ? それは君自身が経験してきたから。幾度も能力が足りずに苦労し、死にそうになりながら迷宮(ダンジョン)へ挑む。無開花者は皆、似たような経験をしてる。死線を潜る事は日常茶飯事なんだよ。それでも、君以外には現れていない」


 俺が飲み込んだ言葉にジーニャが割り込んで続けて言った内容。その通りだ。

 いつだって、無能者は死線を潜り抜けている。


「でも君だけは最低でもDランクには潜れていて、なんだかんだでCランクも生き延び、Aランクの魔物ですら倒した実績がある。無能者で生まれ落ち、結果として無能者ではなくなったんだよ、君」


「……それは俺の身体強化を指して言ってるのか? それとも他の――」


 俺の問いに割り込んで、ちっちっち、と言いながら右手にコーヒーを持ったまま、左手の人差し指を振るジーニャ。


「どれかを指して、ではないよ? すべてがそうだって言ってるのさ。だから、君という全部ひっくるめてだね! 元々が無能者ではなかったのか、無能者から変化したのか。どちらが先か、君を(そば)で見ていなかったから難しい問題だけどね!」


 その言葉に実感は湧かないながらも、納得する部分はあった。

 元々の染みついた思考、無能者として生きてきたが故に外せなかった認識。それが揺らいだ。


 俺は今、どこに立っているのか。境界線はいつから、曖昧になっていたのか。

 無能者の本来の力とは、どこまでだったのか。


「ね? 君は異常なんだよ。それこそ、この場で検体にしたいくらいに希少さ」


 コーヒーを持ったまま、動けない。

 似たような事はエリアベートにも言われていた。だが、芽吹いたモノは見えなかった。


 それでも今一度、認識を指摘されてみると自覚できてしまった。


「俺は……無能者、で生きてきた」


「そうだね?」


 ジーニャが頷く。


「大人と子どもほどの実力差……両者の間にはそれだけの差が生まれるはずだ……」


「その通り」


 肯定される言葉。

 けれど、答えは未だに見えない。


「じゃぁ、俺は今……どっち側に立っているんだ……?」


「私にも分からないね」


 返答は(むな)しいものだった。


「君の場合、ゆっくりと成長していった結果、境界線は曖昧(あいまい)になり、いつしか同化しちゃったのかもね? だから、どちらもあり得て、どちらもあり得ない。先天的な才能を持たずして、後天的な才能の深化に目覚める事は歴史上の記録では、唯一つを除いて他にはないよ。その枠から外れた君を形容する言葉は『異常』。正に、『英雄《ヒトならざるモノ》』と同様だね」


 言葉を反芻(はんすう)すればするほどに、思考は泥沼に(おぼ)れる。


「さっ! 朝食を食べようか! 悩むのは食べながらでも、その後にもできる事だよ!」


 ここでも答えは見つからない。

 エリアベートも、アルテミスも。そしてジーニャも。答えをくれているようで、明確な答えはくれない。いつも引っかかる物言いで、結果は不明瞭(ふめいりょう)だ。


 俺は……俺の進んでいる道は、なんなんだ……無能者の道じゃ、なかったのか?


 朝食はコーヒーの苦みが強く感じる時間となった。


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