134:『百花繚乱』の一心不乱な騒乱
その頃、ディアナ王国の王都『百花繚乱』では騒ぎが起きていた。
クラン長であるノーマが王都に帰還し、クラン長室で夜遅くまで作業をした後に忽然と消えたためだ。
「……当直が最後に声をかけてから自宅に帰ったという事だったが」
レイクは確認するように声をだす。
その場にいるのは『花扇』のリーダーと部門長たち。
『開花』の面々は訓練場にいる――と言うよりも、この事実を聞かされていなかった。勝手に行動しかねない上に、『開花』が動けば他にも面倒ごとが起きかねないからだ。この2日、ノーマはとある事情――『毒蜘蛛』の件で、クランにも自宅にもいないことにされ、どうにか納得させたのだった。
「インフィオ、自宅にはノーマが帰った様な痕跡はあったか?」
レイクから問いかけられ、インフィオは両掌を上に向け首を振りながら口を開く。
「いいや、まったく。ダンジョンに出た直後から誰も出入りしていないだろうね。ただ、クランから自宅付近までは戻ってるみたいだよ。その付近で足跡が見当たらなくなった」
慎重に今日時点で判明した事を述べていくインフィオだったが、一息ついて重要な事を口から漏らす。
「最後のノーマの足跡付近には複数人。それも力強く地面を踏みしめ、擦るようなね。他のは昨日、今日で消えるような痕跡だったけど、これについては刻まれるように残ってた。人さらいにあった可能性が高いね」
その言葉に、その場にいた全員はクラン長ノーマの身の安全に不安が募る。
ノーマであれば、そう簡単に捕らえられ攫われるなど起こりえない。そう思っていた。
だが、現実として起きてしまった事で改めて考え直す事となる。
ノーマは目を見張るほどの技術、技量はありながら無開花者――無能者だと言う事を。
真向での力比べとなれば、どうしても身体強化の量でも開花者との差が埋められない。
質があっても、量に負ける。
接すれば接するほどに、そんな認識を覆してきたノーマ故に、意識から漏れ出ていた事に気付く面々。
だが、その思考もすぐに終わらせ話に移る。
「夜間に、って事だから人の目も多くないし……ボクたちの調べだと厳しいから、痕跡探しはインフィオ頼みになっちゃうね……」
ウィンリィは下を向き、机に目を向けながら不甲斐なさに耐えるように膝の上の拳をぎゅっと握りこむ。
「今は耐えましょ……私たちの力が必要になる時まで……」
そんな握り拳に気付き、優しく隣の席のアイシャは手を重ね、小さく呟いた。
「ノーマが攫われたとしても、簡単に殺されるような男じゃないのは分かってんだよ。その時にアタイの力でぶちのめすだけさ」
歯軋りを立てながら静かに……けれど、力強く言うヒルダ。
室内は同じような気配を漂わせながら、話し合いは進行していった。
必ずノーマを助け出し、この報いを受けてもらう、と。
嵐の前の静けさのように、何も言わない。だが、それぞれが胸に誓っていた。
その日の報告会議はそれで終わり、『開花』には尚も知らさない事となった。
再び動きがあったのは翌日の朝。
インフィオからの緊急の要請で会議となった。
「色々と端折って言うと、ノーマは東の門から馬車で連れ去られた可能性が高いよ。夜間、それも日付の変わるような遅い時間に出て行った馬車は数台。そのうち、衛兵がしっかりと顔を覚えていない馬車は1台だけ」
インフィオはこの後の痕跡を無くならない内に追いかけなければならず、不必要だと考えた他の馬車の件は伏せた。ノーマの無事を確かめる為に、知らず知らずの内に気が逸ってしまっていた事も要因であった。
「東の門……東にある幾つかの村以外は特に……いえ、そのまま抜けてアマテア皇国に」
ローズは即座にインフィオの話から脳内で地図を思い浮かべ、主要な道から行き先を絞っていく。そして、どの村からも悪い噂――人さらいを行っている組織の話は聞いていなかった事で、その先のアマテア皇国に焦点を向けて再思考しなおす。
「……アマテア皇国であれば、今ノーマさんが依頼に当たっている『機構の探求』の方々の国。『機巧の旗』クラン長は無茶を要求するタイプの方……えっ!?」
ローズはその考えに至ると1人声を出して焦る。
周囲はそんなローズの考えを邪魔せずに静かに見守っていたが、ローズの声に耐え切れずがサニアが声をかける。
「ちょ、ちょっと~、ローズさん。そろそろ話してくださいよ~! 段々、不安になってきちゃいますって~!」
サニアの犬尻尾と犬耳はしょんぼりするように垂れ、いつもの元気はない。
「あ、いえ……その前に、急ぎ『機構の探求』の皆様に確認をさせてください!」
ばっと頭を下げたかと思えば出ていこうとするローズにインフィオが待ったの声をかける。
「あ、待って待って、ローズ! 多分、ここにいる全員が薄々はそうじゃないかって思ってる事だと思う。今時点で他の厄介事は見当たらないからさ。それに万が一にも別のモノだった場合、ノーマの命に係わるからね。これ以上待ってられないんだ」
インフィオは「ごめんね」、と苦笑いしながらローズに告げてから全員に言い放った。
「可能性が一番高いのは、『機巧の旗』クラン長がノーマを誘拐した、って事なんだ」
下手をすればクラン同士のいざこざでは済まない誘拐。そんな馬鹿な、と思いながらもインフィオもローズも一度はあり得ないと排除しかけた考え。
だが、クラン業務での各村の話などを総合的に鑑みても、怪しいところはなかった。
故に、『機巧の旗』が攫った可能性が高いと導き出された。
そしてそれだけ告げるとインフィオはローズにウインクして会議室を後にした。いち早く移動し、痕跡を辿るためだ。
残された『花扇』のリーダー、部門長たちはそんな中でやり場のない怒りがこみあげて来る。一言、言わないと気が済まない、と。
だが、今ここで言う事ではない。愚痴をネチネチと言いたい訳ではないから、耐えた。握り拳を震わせながら、耐えた。
そして――
誰が立ち上がったのか、もしくは同時だったのか。
『花扇』は近寄りがたい雰囲気を出しながら、それぞれの装備を握り、会議室を先に出たインフィオの後を付いていくように早足だ。
部門長たちも同様に会議室を出て、勢いよく抗議文を書き始める。いざ、確認が取れた場合に即座に行動ができるように。
「……ど、どうしましょう」
ローズも怒り心頭ながら、この先に待っているかもしれないクラン同士、国を挟んだギルド同士の死人の出ない戦争に慄きを隠せない。
そして普段であればしない、イスに深く体を預け、情けなく手足をぶらん、とさせて天井を見てしまった。
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