133:ちくっとしますよー?はぁはぁ……い、痛くないですからねぇー!
普段であれば能面のような顔から、今は「こいつ何言ってんだ?」といった顔になっているだろう。だが無情な事に、今の俺は顔の筋肉ですら麻痺が残り、ただ虚無感を携えながら壁に背を預けて目の前のちびっ子――ジーニャを見つめる。
「おぉっと、すまないね! 今のノーマは反応を返せないか! あっはっは!」
人差し指をズビシッ、と俺に向けて言う。「さすが私!」、などと思っているかのような決め顔だ。
……こいつが『機構の探求』の所属するクランのトップとは。どう反応したら良いのか分かんねぇな。どこかネジがぶっ飛んでいるようにしか見えないんだが……
「さて、君の意見は最初から聞かず、私のやりたいようにさせてもらおう! じゃ、検証しようかっ!」
ジーニャはそう言うと、コードの付いた金属の棒を両手に2本握ってにじり寄ってくる。呼吸が近付く度に荒くなっていき、とてつもなく変質者で十中八九変態、としか形容できなかった。
「ふふ、うふふふ。ちくっとしますよー? はぁはぁ……い、痛くないですからねぇー! ちょっとピリッとするかもしれないけど、我慢してくださいねー? へ、へへへ」
ニタニタしながら、近寄る異常者。これから起こる事を想像し、喉奥から漏れ出るような笑い。体が動くのであれば、即座に距離を取っていただろう。
「体外に出力される魔力量の確認をしますねー」
そして、2本の棒を俺の体に当て始める。左肩と左手、右肩と右手といった具合に四肢の関節の始まりと終わり部分に当てていく。
荒い息は止み、真面目な顔で床に置いたコードの繋がった魔具を見つめている。どうやら針の振れ幅で流れている魔力量の測定ができるようだ。
「んーっ! 反応は無開花者と似たようなもんですねー! 元々の魔力量としてはやっぱり少ないんだね! じゃぁ、今度は魔力神経の許容量を見ていきましょう! 今度はビリっとしますよー!」
同じ魔具で同じように体に当てられ――
「……っぁ」
くすぐったいような感覚が初めに襲い、次第に四肢がピリピリと熱を持っていく。治癒術や他者からの魔力供給に似ている。
「んー? 話に聞いてた感じだと、もっと流れていても可笑しく無いと思ったんだけどなー。効率の問題かな?」
魔具を俺の腕に張り付けたままにし、ペタペタと俺の体を手で触れていく。今度はジーニャ自身で魔力を流すようだ。じんわりとした感覚を与えてくる。
「あー、でも流れる魔力量は……純粋な無開花者よりも魔義体使用の無開花者と似てるのかな? なんでだろうねー?」
首をひねりながら、楽しそうに体をいじられ続ける。背中側も触られているようだが、ぼんやりとした感覚だ。
くそっ……体が動かないのを良い事に好き放題に触られるなんてな……俺の許可なんて求めちゃいないんだろうが、誘拐までするクラン長がどこに居るってんだ……!
「ふんふん……あらかたの測定が終わったよ! ノーマは魔力量よりも、魔力を身体強化に変換する際の効率が上手いんだね! それに魔力量も何もしてない無開花者よりも太いから、それで開花者とも戦えてるのかな! 軽い検査だから詳しくはまだ分からないけどねっ!」
だがお陰で魔力の感覚が少し取り戻せた。外的な要因で体内の魔力神経が刺激された結果だろう。これで体の魔力を循環させ、神経薬剤の効果を短く、もしくは打ち消せるはずだ。
少し離れた位置にジーニャが向かい、視線が俺から外れた。その間に魔力を少しずつ体に流していこうとする。
そんな慎重な量の魔力だったが――
「ん……? ……へぇ? 今の魔力の刺激だけで感覚が戻りかけてるの? 面白いね……薬剤の効果を考えれば開花者でも難儀しそうなのに。ねぇねぇ、見せて見せて!」
俺の微量な魔力の流れに気付いて、興味が再び戻ってしまったようだ。俺に詰め寄るようにして凝視する。
くっ……気付かれちまったか……こいつ、魔力に聡すぎるだろッ!!
「あ、そっか! 伝えてなかったね! じゃじゃーん! なんで魔力を使ったか分かったかというとー? こちらのお陰でしたー! 魔力検知送信魔具ー! これはね?送信側魔具が魔力の流れを検知したら、もう一方に振動を伝えるんだよ! 来訪者を知らせる魔具を見ていて思いついたんだよ! 凄いでしょー」
そう言うと、ジーニャは白衣のポケットから四角い箱のような魔具を取り出し、更に俺の背中に手を回す。そして取り出された薄い板を見せつけてきた。
「感覚自体は戻ってないから気付かなかったんだね! ささ、魔力を流して見せてよっ! ノーマはユニークな実験個体だからさ。なんでも検証して記録したいからねっ!」
嬉々として告げると俺の状態を手持ちの紙に書き込み、様子を窺い続ける。
ちびっ子の思惑通りってのは癪だが……なんにせよ会話ができる程度までは戻さないと、攫われた文句すら言えそうにないからな……
意識を集中して体の魔力をじわじわと流す感覚を巡らせる。普段と違い、閉じた穴を掘削して進むかのようにゆっくりと……
「良いね……! ノーマの魔力の使用方法が見えてくるよ! 細部に至るまで、きめ細かに。そして無駄なく浸透させるような魔力の使い方なんだね。無駄にずっと流し続けるんじゃなく、染み込ませるような動きだ」
少しの間、そんな観察をされながら俺は魔力を無駄にしないように、ゆっくりと時間をかけて神経薬剤の効果を打ち消していった。
そして、やっと喋れる程度に口が動くようになった事を確認してから声を出す。
「それで……結局、俺をなんで……攫った」
まだたどたどしい気はするが会話はできる。
俺の言葉にジーニャは悪びれもせず笑顔を浮かべて口を開いた。
「それもちろん、君を見てみたかったからさ! 会いに来てもらって悪いね!」
「会いに、来て、ねぇ、よっ!!」
自分で攫っておいて、俺が望んで会いに来たかのように臆面もなく言うちびっ子に、つい怒鳴ってしまった。