132:ドナドナドーナードーナー
目を覚ませば、知りもしない場所。ぶれる焦点で見つめる窓の先に流れる景色、そして揺れから馬車に乗せられているようだ。付近は森ばかりで人家の明かりのようなものも見えない。
目の前には2人。なんでこんな事に、と思いながらも体を満足に動かす事もできない。
そもそも手足という感覚が希薄になっていた。あるはずなのに、そこにはない。そして俺自身の体を見ることもできず、力は入らずぐったりとしている。
「……起きたか」
俺を襲ってきた3人の内の1人――狼の頭部を覆面にして被った男は、俺が目を開いた事に気付き声をかけてくる。
俺を襲ってきた時は覆面を被ってなかったはずだ。警戒されないためか。奥のもう一人は虎の覆面を被っている。
「暴れられても困るからな。お前には神経薬剤を摂取してもらった。下手に抵抗されて死なれちゃ、契約違反だからな」
「…………っぁ」
声にならない音しか出せずに諦める。
こいつらのさっきの発言。俺が死んだら契約違反……五体満足で俺を渡すのが契約なら一先ずは死ぬ事はないだろう。だが、そのあとに何をされるか分からない。
俺たち『百花繚乱』が敵対した『毒蜘蛛』だった場合、死ぬよりも酷い……薬物実験の可能性すらあり得る。
このままじゃマズイ。だが、体は薬のせいで未だに動かせない。
今はまだ夜中。連れ去られてそれほど王都からは離れていないはずだが……
なんとか気付かれず、馬車の進んでいる通りに俺の痕跡を残していければ良いんだが……その為にも、今は薬の効果を早めに抜け出せるよう、小さく魔力を流――
「……ん?」
魔力を流そうと考え、体内の感覚を探っていると目の前の男が声を上げ、こちらの顔を見てくる。
しまった!? 感覚がないせいで魔力が思ったよりも流れていたかッ!?
「……今、魔力を……? ちっ! 面倒な相手だ……おい、薬くれ!」
狼男は奥に座っていた虎男に声をかけ、薬を要求する。
「あいよ。薬の効果は切れてねぇのに、こいつ、何しようとしたんだ?」
「魔力を流して薬の効果を殺そうとしてやがった。侮れねぇ野郎だ。おい、窓も閉めとけ。いきなり動き出しても変じゃねぇからな。油断できねぇぞ」
狼男は薬を受け取ると口に手を当ててくる。
顎にも上手く力が入らず半開きに近かった事もあり、簡単に口が開かれてしまう。そのまま喉奥に薬剤を、ピンッと指で弾き、無理矢理に口と鼻を閉じられる。
「おら、さっさと飲んじまえ。そうすりゃ、満足に呼吸しながらグッスリ眠れるぞ。起きる頃には国を出てる」
しばらく息苦しさの中で我慢していたが、喉はゴクッと動いてしまった。
それを確認した狼男は再度、俺の口を開き飲み込んだ事を確認する。
「無駄に粘るんじゃねぇよ……ったく」
そして、連れ去られた時と同じように首を絞められ……
もう一度、俺の視界と意識は暗闇に沈んでいった。
どれくらい目を閉じていたのか……
次に目を開けた時には、窓を覆う布が揺れる度に日の光を感じられた。
だがぼーっとする思考、視界の中、それをただ見るだけになってしまう。上手く、考えられなかった。
「あ? もう目を開きやが――。薬の効果――効きにく――ってんのか?」
「そんな――ねぇだろ。冒険者やって――、こいつ――無能者に変わりはねぇ。それなら――の効果に耐性はほとんど――ねぇはずだ」
「定期的に――覚ましたら、薬――突っ込――くぞ」
「…………」
男たちの声を聴きながら、再び意識は流れていった……
ドサッと上から下に放り投げられた感覚に驚き周囲を見回そうとする。
目を開けても眩しさから周囲が確認できない。そして馬車の中で目を開けたのも何度だったか記憶が朧気なまま。
「ぅ、ぅぁあ」
舌が回らないまま、日の光に目が眩みながら声を出す。情けない声だ。
くそ……まだ頭が、ぼーっとする……どれだけ俺は寝ていた……ここはどこだ……
かすんだ世界を映し出す目で見まわしても埒はあかず、周囲の音に耳をそばだてる。
「依頼通りに五体満足で運び込んだぞ。少し薬の効き目が弱かったんで何度も飲ませはしたが2、3日様子を見れば後遺症もなく、健康体だ」
「いつもあんがと~。あ、これ、依頼料ね! 色も付けといた!」
少女のような声が人さらいの狼男に対して感謝の言葉を告げる。
「はいよ。それでも人さらいは今後やんねぇぞ。贔屓にしてもらってるってので、今回に限って非合法な事もやったんだ。もしもこれ以上、人さらいの依頼なんかしてみろ――」
「やだなー、人さらいだなんて。こっちから会いに行くのも難しい、向こうからの連絡も遅い! なら強制的に会いに来てもらおうってだけですよ!」
「それが立派な人さらいだろ。いや、とにかくこっちとしてはこれで仕事は終えた。あとはアンタに任せる。次はいつも通り、通常の捕獲依頼にしろ」
「はいはーい。待たねー」
狼男は報酬を受け取り、そのまま去っていったようだ。
この場には満足に動けない俺。そして、少女のような声の主だけが残った。
「じゃ、まずは私の部屋に来て話をしよっか! お、おもいっ!」
そう言うと力の抜けた俺を抱え……ようとして諦めると、建物の中に引きずるようにして運ばれる。
「ふぅ……ふぅ……お、重いねっ! どうせなら運び入れてもらえば良かったかな」
徐々に日差しにも目が慣れ始め、周囲が見え始めだすが……
「じゃぁ、改めて……! 私はクラン『機巧の旗』の長、ジーニャだよ!」
ところどころ機械油で汚れたかのような白衣を纏い、元気いっぱいに振り向きながら両手でピースをしながら挨拶をする……ちびっ子。
振り向いた勢いで茶髪のツインテールがぶわっと顔に当たり、「ふぎゃっ」と間抜けな声が響いた。
「…………」
未だに喋れないのもあるが、俺はこのちびっ子に何を言えば良いのだろうか。それよりも、この奇天烈な状況を飲み込めない……
「じゃあ、まずは神経薬剤が効いてる内に全身の魔力測定しよっか! あ、大丈夫! きつくないからね!」
顔の表情は虚無だったが、なにも薬の影響だけではなかった。