129:レッツ!イグニッション!#
ゆったりと魔物が頂上の地にいた。それはこちらが頂上に姿を見せ、視線を感じたのか目を開き起き上がる。
見た目は巨大な鳥。だが、纏う気配はダンジョン内で群を抜いている。流石はダンジョンボスなだけはある。魔物――イグナイトイーグルはその体に魔力を巡らせ、翼を広げて体をさらに大きく見せた。
「ピャッピャッピャ」
イグナイトイーグルが警告音のような鳴き声で吠える。この地に立ち入ればただでは済まさない、と威嚇するかのように。体に這う魔力によって、毛の色が茶色から赤茶に代わっていく。鋭い眼光はこちらへの警戒を当然解くことはしない。
「……流石にCランクのダンジョンボスはしっかりしてるな。魔力を惜しみなく使おうとしてくるなんてな」
俺の合図もなく、『開花』は動き出さない。『機構の探求』は既に頂上付近から様子を窺うように離れている。
俺の合図で……場が動くのを待っている。目の前の魔物も同じだ。
「動くぞ」
その一言だけを告げ、手で指し示す。
幼馴染たちへの指揮のみ。俺はイグナイトイーグルとは戦う事は出来ない。過去に戦闘経験もなく、知識のみ。そしてその知識から、現時点では身体強化を使っても魔物の速度には追い付けない事も理解できている。
だからこそ、悔しさも感じるんだけどな……
そんな心の内から漏れ出てきそうな思いを飲み込み、手を振って『開花』――幼馴染たちを小山に展開させる。左手側にガウル、中央にはイリア、右手側にアリアを、後衛組のユリア、ノイン、クロエはイリアの後ろ。そして、更に後ろに俺。
ここから先は要所で指示を出すのみで良い。
「キャッピャッピャ」
『開花』が小山に展開した事ですぐさま羽ばたきだす魔物。小山に積もった灰や土埃、小石が舞い、視界が悪くなる。
だが、薄っすらと見えた先でイグナイトイーグルはバッと飛び上がる。羽ばたくだけで周囲がざわめく程の風を起こすモノを、身体強化していない俺が目で追う事は厳しい。純粋な速度だけではない。空中という上下左右に無軌道に動ける状況。それによって視線が断ち切られ、焦点が合わないまま後を追いかけるかのような気分だ。
目の中に入ったゴミでも追いかけているかのような、そんな気分を味合わされる。目を動かせばゴミも動き、決して捉える事ができないという、もどかしさ。
「…………ちっ」
思わず舌打ちしてしまったが、手で魔物を指さし、目線でノインとユリアに指示を出す。
ユリアは矢を番え、静かに姿勢と呼吸を整えていく。視線鋭く、番えられた矢じりは素早く動くイグナイトイーグルを追従していく。あれだけの速度、動きに放った矢を当てる事は至難の業だ。だが、ユリアであれば先――軌道を読み切り、打ち抜けるだろう。
ノインはその間に魔力の練りと溜めを行っていく。
イグナイトイーグルはそんな中、仕掛けてきた。
小山左側から旋回し、その身を燃やし、空には熱の揺らぎを残しながら……左にいたガウルの上を素早い速度で通過した。
「あっちッ!! あっちぃ!! くそ!! 降りてきやがれ!!」
その場で抜剣し待ち構えていたガウルは熱さから逃れると地団駄を踏み、魔物が通り過ぎて行った先を睨む。
ガウルは熱いと頻りに言うが、俺があの場に居たのであれば熱いで済まないだろう。焦げてジューシーな香りが辺りに漂っていたかもしれない。
それだけの熱を持った炎の線がガウルの周囲には刻まれていた。
「はっ!!」
ユリアが短く声を出し、弓矢の弦を放した。地面に近づき、浮上する中の刹那を狙って狙った一矢。
魔力を纏わせた矢とはいえ、魔物に突き刺さる前に燃え尽きてもおかしくない。放たれた矢は燃え尽きるかに思えたが、イグナイトイーグルに刺さる――燃え尽きる前に爆発した。
ボンッと爆発し、イグナイトイーグルの姿が煙から出てくると……羽が一緒にひらひらと舞い落ちているのが視認できた。
そして、そのまま素早く構え、二の矢を放ち――再び爆発が起きた。断続的にボンッボンッと音が鳴り響く。当然、ユリアが矢を放ち続けているからだ。
なるほど、爆発によって態勢を崩し、イグナイトイーグルの速度を落とす。そして更に衝撃によって羽を散らさせ、部分的な魔力阻害を狙ってるな。ある一点が大きく羽を毟られ、結果、速度も熱量すらも軽減させる、と。
だが、イグナイトイーグルもやられるだけでは済まさず、こちらに転回すると再び狙いをつけて右側から攻撃に移る。今度はユリアか俺が狙いのようだ。
……俺かよッ!!?
「くそ! こっちくんな、ってのッ!」
「ノーマさん、後ろに!」
イリアがすかさず俺の前に出て盾を構える。イグナイトイーグルの鋭く光る爪。そして火の揺らめきを携えながら――
ガキンッ!!、とイリアの盾にぶつかる。そして、遅れるように熱波が襲い掛かる。イリアが俺をかばい、そして魔力で覆ってくれていなければ、ミディアムレアにはなっていただろう。
イグナイトイーグルもイリアとぶつかった反動で飛翔速度が低下する。
そして、そこに――
「渦巻き凍てつかせる強風、厳冬寒波!」
ひゅうっと遠くから寒い風を感じる。イグナイトイーグルに向けて放たれたこの魔術は、離れた距離でも肌寒い。どれだけの冷気をもって魔物の周りに展開されたのだろう。
周囲がキラキラと煌めくのは、魔術の行使で冷却された空気中の水分が凍った為だろう。
本来、イグナイトイーグルは空にいる時、赤茶色の毛だ。だが、今は毟られた所々が凍り付き始めていた。その色は茶色ですらなく、白髪のような白さへと……
その様を眺めていると、徐々に高度を下げ、頂上周辺に生える大木より少し上程度にまで来ていた。
それでも後衛以外は手が出せないと思える位置ではあったが――
「出番だね! いくよ!!」
アリアが声をかけると頂上で助走をし、途中から全力で疾走へ切り替え――
飛んだッ!!
それでもまだ距離はあるぞ!? ま、まさか!?
アリアは大きく跳躍し、大木の天辺の枝へとしなやかに着地したと思えば、さらにその勢いを使って飛び跳ね続けていく。
俺は身体強化を使い、アリアを確認する。流石にあの高さから落ちたら心配になる。
そんな心配を他所にアリアは跳ね続け、その衝撃で何度も大木、枝が揺れているのが確認できた。
「あ~! くそっ! 最後のとどめ持ってかれた!」
良いとこなしのガウルはアリアが居るであろう、揺れる大木の方を見ながら愚痴る。
「まぁ、アリア以外であんなに機敏には動けないだろ……というか、イグナイトイーグルもアリアも遠くに行きすぎだ……」
「わ、わたしの出番、無かったですね」
クロエはそう言いながら、小山に残る火を消化していく。
「あ、なんか打ちあがったぞ? アリアがイグナイトイーグルに蹴り?」
身体強化を用いてどうにか動きを捉える。
あれは……アリアが弱ったイグナイトイーグルを下からアッパー……と思ったら、また別の大木で跳躍して掴み……空中三回転ひねり!?、からの上段蹴り! 最後に落ちていくイグナイトイーグルに飛び乗り!?
おぉ!? 空中でイグナイトイーグルが抵抗して暴れる中、押さえつけるようにして! アリアも堪らずイグナイトイーグルを下に蹴り落とし――たと思ったら、一気に落下速度を上げ――ッ!!
その先は大木に邪魔されて見えなくなり、しばらくすると小山の麓の方からドスンッという音が響き、遠くで大木の揺れに驚いた鳥たちが飛び立つ姿が確認できるだけだった。