126:夜明け前に思い馳せ、陽光の中で決意する
夕食は終わり、22時以降は就寝時間に入っていた。
今は焚火を絶やさず、『開花』が交代で不寝番を行っている。精神的に疲れたであろう『機構の探求』には不寝番はさせず、しっかりと休んでもらう事にした。
一人2時間弱の当番で俺、アリア、イリア、俺。幼馴染たちは戦闘時に活躍してもらうためにも、しっかりと寝てもらう。俺がそのまま朝を迎える予定だ。
そして今は、最後の不寝番。
「……むにゅ」
「う……うぅ~ん……」
「ぐが……ぐごご……」
「すぅ~……すぅ~……」
ナギ、ミオ、コウキ、ヒロはそれぞれぐっすりと寝ているようだ。少しナギの寝言は独特なのと、ミオが寝つきが悪そうな寝言なのは気にならなくもない程度だ。
「はは……まぁ、しっかり休めよ……」
その姿を見ながら焚火へ枝を追加する。パチパチッと爆ぜる音を聞きながら、火の揺らめきに目線を移す。
こういったダンジョンでの焚火は、ちょっとしたリラックスもできるな……今、『百花繚乱』はどうしているだろうか……
焚火の揺らめきの中に『花扇』や蕾の姿が浮かんでは消える。揺らめく度に浮かび上がる者が切り替わっていく。時折、木から漏れ出る水分がジュワジュワと音を立てると、今度はローズやインフィオと言った部門長や事務の者たちが浮かび上がる。
雰囲気も相まって物思いに耽るのが捗っていく。
再び揺らめくと『機構の探求』の魔義体が発動した場面が思い浮かぶ。
「『機構の探求』、その所属クラン『機巧の旗』か。一度、お目にかかりたいものだな……これだけの事を行えるクランだ。きっとエリアベートの様に今後も関りが出る可能性も否定できない……」
静かな森の中で呟く。森から聞こえる様々な虫、風、葉擦れの音が俺の言葉を上書きし、周囲に響かせない。
ふっと焚火が弱まり、人物がランドルに切り替わる。
あの表情、あの言葉。あまり期待はできなさそうだったな。……工夫次第で何かに応用できれば良いんだが。まぁ、その前にアルテミスの問題が残っているか。だがその後に……そろそろ腹を割ってランドルと話す、ってのも必要かもしれないな。差し入れでも持って行った体で伺うか。
弱まった火に小さな枝、太めの枝をそっと入れ、静かに空を見上げる。
「…………」
ヒトの歩む常識から外れ、無能者が行くは茨道。
開花はなく奇跡もなく、眼前には行く手遮る苦難の棘。
その身に、歩んだ足跡を刻み付け、その頂を目指す。
百折不撓の精神だ。
何度も壁に当たり失敗しようとも、その度に諦めず立ち上がり、一歩前に進もうとする気構え。
俺は諦めきれなかった。だからこそ、今後も諦めない――諦めてなるものか。それが例え……体を、心を、引き裂くような痛みであろうとも。
そうして、この先に何が待ち受け何が起きるのか。今自分はどこまで歩けたのかと想像している内に時間は過ぎていった。
日が昇りだす。森の奥から見える沼はキラキラと輝きだし、射し込む日の光も相まって神秘的だ。時折、水面が揺れ、踊るような光の反射。
森が一気に目を覚まし、活動を始めたかのような錯覚を与える。
――起床時間はすぐそこまで近付いてきていた。
「さぁ、時間だ。起きて軽く軽食を取ったら小山に向かうぞ! 起きろ!」
俺の言葉に『開花』も『機構の探求』も動き出す。ダンジョン内と言う事もあるが、流石は冒険者。その言葉だけで徐々に起きだし、伸びをし、あくびをし、顔を洗いに沼へと動き出す。
「ノーマ君、おはよぉ~。アタシの時もだけど、何もなくて良かったねぇ~」
「まぁな。ほら、顔洗ってこい」
「おはよ……ノー兄……ふぁあ……」
「あいよ。ほら、顔洗ったやつには俺がコーヒー淹れてやるぞ」
「うぁあ……ゆっくり寝たなぁ……今日はオレも楽しめる魔物と戦闘してぇなぁ」
「お前の期待に応えられそうにはないかもな。ほら、ガウルもしっかり目を覚ましてこい」
手持ちのバッグからコーヒーセットを取り出し、お湯を作り出す。
「おはようございます、ノーマさん。不寝番、ありがとうございました!」
ナギも沼に向かおうとするが、その前に朝の挨拶をしながらお辞儀し、謝辞を述べた。寝起きでまだぼんやりした顔のミオたちも同様だ。
「おう、しっかり休めたなら良かったよ。さ、顔洗ってこい」
気持ちも整理し終わったのだろう。ナギの顔は昨日とは違い、落ち着いていた。もう大丈夫だろう。
さぁ、今日も頑張りますかねッ!
俺はコーヒーの香りに、ダンジョン探索への気持ちを高めていった。
全員が顔を洗い、軽食とコーヒーを飲み、野営地の撤収作業も終わった頃。
さて動きますか、の前に俺は改めて確認をするために口を開いた。
「ところで、このまま小山を目指してダンジョンのボスまで踏破するつもりだが……その後は一旦、村まで直行で問題はないか? それとも途中に採取をしながら、もう1日過ごすか?」
これは『開花』に聞いていると言うよりも『機構の探求』に対しての確認だ。クロエやノインの採取は昨日時点で充分と言っていたので、完了しただろう。
「踏破後はそのままダンジョンを出て構いませんよ。私たちは特に採取も目的ではありませんでしたから」
「旨かった果物は少し拾って帰るにしても、道中で問題ないだろうしな!」
「そうだね。果物、美味しかったし帰りに持って帰ろっか!」
「と言う事です」
ナギの言葉に、コウキとミオが言葉を付けたし、ヒロが締めくくった。
意思の統一は済んでいる様子だ。
「了解。それじゃ、向かうとするか。今日で『肥え富める獣道』も見納めだ!」
俺たちは意気揚々と朝陽が上った森を進み、小山を目指し歩き始めた。