100:機械仕掛けの花は英雄の夢を見るか?
早朝の鍛錬を終え、クラン長室で作業に没頭する。
未だに俺は冒険者活動の休止を命じられたままだ。
これ以外にする事が無い、とも言えた。
部屋の扉が、コンコンコンッ、とノックされる。
ローズかな?
「どうぞ、入って」
扉が開かれ、姿を現したのは予想通りローズ。静かに扉を閉めると、こちらに向かって近付いてくる。
身だしなみを整えた姿。俺なんかとは違い、眠そうな目で仕事はしない。
「おはよう、ローズ。朝からどうしたの? まだ始業時間じゃないけど」
「おはようございます、ノーマさん。今日は早くクランに来ようと思っただけですよ」
そう言ったローズの顔は柔らかな笑み。
……これは、今日は鍛錬の後に業務をそのまま始める事を予想してたな?
昨日時点で残っていた書類の量から、俺がどの程度の作業量で処理していくかを目算したんだろう。
「それで……なんの用事? まだローズに戻す書類はないけど」
「そうでした。こちら、冒険者ギルドからの速達便です。届けに来たギルド職員は、何も言っておりませんでした」
ギルドからの速達便。
送られてくる理由は幾つか候補に挙がるが……俺の冒険者活動に関しての続報。もしくは冒険者ランクの昇格者についての試験もあり得る。
ただ昇格の話の際は、大体インフィオが真っ先に報せに来たりするからな。俺の時は何も言わなかったが。
と言う事で、俺の件かな?
郵便の口を開き、中の書類を確認する。
「……ん~、やっぱり俺の活動休止の件での相談会って感じだな」
「活動休止の件ですか! 良かったですね、ノーマさん! 最近は鍛錬の量が増え続けて――あっ」
ローズはついうっかりと言った様子で口に手を当て、困ったような眼差しで俺の顔を見て固まる。
「……その、これは」
……なんでローズが俺の鍛錬の量が増えてるって知ってるんだ。いや、少し考えれば分かる。インフィオだ。アイツなら俺に気付かれる事なく訓練場も覗けるだろう……
まぁ、完璧に秘密にしたかった訳でもないが……流石に、覗き見されてたのは……小っ恥ずかしい。
独り言してたりするからなぁ……
「あ~……なんだ。インフィオが見てたんだろ。別に怒る事じゃないから気にしないでくれ」
そして、活動休止の件だが……これも嬉しい、けど今じゃなくても良かったのに、と言う感想だ。
丁度良いから、新しい訓練法や『花扇』の連携を見て、詳細に資料に残そうかと思っていた。
活動再開となったら、新たな蕾との同行時間に充てる必要もあるしな……あれから殆ど『花扇』に任せきりだったしな……
書類を見ながら悩んでいるとローズが声をかけてくる。
「余り、活動再開は良くなかったですか? てっきり喜ぶモノかと思っておりました」
「まぁ、予定としてはもう少し後だったらな、って思っただけさ。じゃぁ、昼からはギルドに向かうね」
「分かりました。向かわれる前に声をかけてください」
俺の言葉にローズは頷き、静かに扉に向かうとお辞儀をする。そして入室時と同じように、静かにクラン長室を出て行った。
さて、作業に戻るか。
書類を確認し、時々追加で確認をしに来るローズと会話し、また書類に目を通す。
そうしている内に午前中は過ぎていった。
「じゃぁ、行ってくるよ。ローズ、しばらくお願いね」
「はい、行ってらっしゃい」
手を上げながらローズに声をかけ、そのままさらっと階段を降りる。
受付ロビーを抜け、クラン出入口の扉を開く。
まぁ、タイミングは微妙だったが……冒険者活動、再開と行こうじゃないか!
そう考えながら、人通りの多い、クラン前の通りに出るとギルドを目指して歩いた。
目的地である冒険者ギルドに到着し扉を開き、いつものようにアンナに声をかける。
「こんにちは、アンナさん。活動休止から全く顔を見せずで」
頭に手を当てて挨拶をしながら平謝りをする。
すっかりバタバタで忘れていたなどとは言わない。
「あっ、ノーマさん! お元気そうで良かったですよ! 少しは依頼とか関係なく顔を見せてくださいよね」
俺を見て嬉しそうな声も束の間、膨れたように言うアンナ。
いつか王都での件を知る時が来れば、溜飲も下がるはず。
その前に、しばらくすれば顔を見せなかった事も忘れて、気にせず笑いかけてくれそうだが……
「す、すみません。それで、その活動休止の件で呼び出されたんですが、ギルド長に」
「はいっ! 確認をとってきますね! そのままお待ちください、ノーマさん!」
俺に元気よく返答すると2階まで上がっていくアンナ。
しばらく、受付前で待機していると……
「おい……! あれ見ろよ。魔道具をじゃらじゃら付けてる奴がいるぞ」
「あ? マジだな。なんだ? 見かけねぇ服装ってこたぁ、あれが噂の他国の冒険者か。おぉいっ! どこの国から来たんだ!」
ギルド併設の酒場で冒険者たちが声を上げ、見かけない4人の冒険者達をじりじりと遠巻きに眺める。
「アマテア皇国から来ました! 隊名は――」
フードを被り顔は良く見えないが、声から察するに女性。そして声質も若い、ように思う。
「アマテア皇国だ! おい、アマテア皇国だってよ!」
一人の男がそう言うと、ギルド酒場の中央に人だかりができる。
「あーっ、くっそ! 他国に出張って来るんだから、ホーラルかと思ったのによ!」
あ~……こりゃ、噂で実際に来るのか、どこの国かで賭けてたな……
他国の冒険者ねぇ……そんな話、あったっけかね。ギルドの件はインフィオなら知っていただろうが……それほど重要でも無いから、伝えなかったかね。
「あ、ノーマさん! ……と、どうしましたか?」
アンナが俺へ声を掛けたと思えば、窺う様に視線が外れ、俺の後ろに向く。
「横入りの様になってしまって申し訳ない……私達はアマテア皇国から来た冒険者です。恐らく、祖国のギルドから連絡が行っていると思うのですが」
俺に謝罪し、頭を下げる女性冒険者。
そのまま流れるように一歩前に踏み出し、説明し始める。そのせいで未だに顔は拝めなかった。
「あぁ、『機構の探求』の方々ですね! じゃぁ……ノーマさんと一緒に2階に上がってください。ノーマさん、場所まで一緒に向かってもらえますか?」
「え? えぇ……でも、一緒で良いんですか?」
「えぇ、一緒で良いんです! さぁ、ギルド長屋でお待ちですよ!」
促されるまま、階段を上がる。後ろについてくる無言の他国冒険者4人。
ギルド長室の扉前でノックし、声をかける。
「失礼します、ノーマです! 他国の冒険者の方々もおります!」
「おうっ! 全員、入ってくれ!」
「失礼します!」
「「「「失礼します」」」」
ギルド長室に入ると、ビッグスが応接のソファを指し示す。
それに従い、俺と『機構の探求』も座る。
「ふぅっ……で、だ」
ビッグスは背もたれに深く腰掛けると、顔を天井に向けて申し訳なさそうに呟いた。
「ノーマ、活動休止解除の条件だ。『機構の探求』が王都に居る間の面倒を見てやれ」
……んっ? なんだって?
「すみません、良く意味が理解できず。もう一度、言ってもらえますか?」
はぁっ、と息を吐き出し、スゥッ、と深く息を吸い込んだビッグスが大きく口を開いた。
「良いか、ノーマッ!! 『機構の探求』が王都に居る間ッ!! お前が、面倒見ろッ!! それが、活動休止解除の、条件、だッ!!!」
いきなり大声出さないでくれって……
それよりも、面倒を見ろだってっ!? 他国の冒険者だぞ!!
そういうのはギルドでやるもんだろ!
「い、嫌ですよっ! そんなのギルドの仕事じゃないですか! こっちに投げられたって、無理ですよッ!」
「俺も上から言われてんだッ! 拒否すると、ノーマ! 理事会に呼び出されるからなッ! 呼び出された後にどうなるかは俺も知らんッ!」
冒険者の活動休止で、解除条件は他国の冒険者の面倒を見ろ。
断れば理事会に呼び出される。
これは脅しだ。
呼び出された場合、断れない事を分かった上でネチネチと甚振られる。痛くもない腹を探られたりする。
下手すれば冒険者の総合評価で減点される可能性すらある。
だから、これは……依頼であり、強制命令だ。
「……そもそも、活動休止にしたのも」
「わ、分かってる。俺も理解はしているんだが……どうも、外交関係の問題で理事会も言われたみたいでな……断るのは無理だ」
こうして、未だに横でじっと無言のままの他国の冒険者――『機構の探求』の面倒を見る事が決定した。
嘘だろ……




