三途の川の渡し賃が値上げした
男は一人、とぼとぼと川辺を歩いていた。
気が付いたらここにいた。
やたらと川幅が広く、対岸は見えない。
大小の石が転がる川辺で、あてもなく川の流れに逆らって歩いてきた。
ふと見ると、昔ながらの木造りの小舟が一隻。
渡し守と思しき人影がひとつ、船の上にあった。
ははあ、これが俗にいう三途の川かと、男は思った。
懐で金属がこすれ合う音がする。
ここが三途の川であるなら、使い道はひとつだ。
「ひとつ、頼むよ」
紐で繋がれた六文銭を渡し守に差し出すと、網代笠を被った渡し守は、笠の先をちょいと上げて六文銭を見た。
いつまでも六文銭を受け取らない渡し守に、男はもう一度言った。
「向こうに渡しておくれよ。渡し賃だ」
渡し守は、首を横に振った。
「足りないよ。今、何時代だと思ってるんだい。もう渡し賃も六文じゃあなくなったんだよ」
「嘘だろう!?」
たしかにだいぶ昔に使われなくなった貨幣だが、だからといって誰もそんなこと教えてくれなかった。
後から来る死者たちもみんな六文を持ってくるとしたら、それらを搔き集めても、ようやく一人しか渡れない。
困り果てた男は、化けて出ることにした。
「夢に死んだ父が出るんです。足りない、足りないって……」
とある寺で、僧侶はそんな相談を受けていた。
「初七日を終えたばかりで、なにか心残りでもあるのかと」
「他にはなにか言っていませんでしたか?」
「かわがどうとか……よく聞き取れないんです。足りないとばっかりで」
僧侶は考えて、荒唐無稽だが、ちょうど初七日にありそうなことを思いついた。
「もしかしたら、三途の川かもしれませんね」
「三途の川?」
「はい。昔から渡し賃は六文銭と言いますが、どうでしょう、試しにお仏壇に、紙で作ったお札を供えてみては」
帰って行った檀家から、翌日電話が来た。
『ええ、そうなんです。一万円と書いたおもちゃのお札を六枚。そうしたら、これで渡れるって』
「それは良かった」
感謝しきりの電話が終わると、僧侶は考え込んだ。
「まさか三途の川の渡し賃が値上げしているとは……」
六文銭の伝承が出来て早千年、たしかに物価も貨幣価値も上がっているので、さもありなんというところではあるが。
僧侶はそれ以来、棺に入れる渡し賃は紙製のお札を六枚、入れるように説いた。
その風習は次第に広がり、三途の川の渡し賃が値上げしたことが、世に広まったという。
また、旅や仕事で長く出る相手に五枚のお札を渡すことで、渡り賃が足りないので戻ってこい、というまじないまで、出来たらしい。
突然、三途の川って今でも六文で渡れるんだろうか。世の中が物価高になってきたし、渡し賃上がっていてもおかしくないなと思ったので。




