潜入
あたしはディマジラ星系はもちろん、フェルディナ星に来るのも初めてだった。トレジャー・ハンターの仕事ってのは、辺鄙なところですることが多いからね。ディマジラ星系みたいな発展した星が多いところなんかには、あんまり縁がないんだ。
朝食の後、食堂でコーヒーを飲んでいるときに、ベティにフェルディナ星の首都、ファナのニュースを見せてもらった。政府要人の地方視察レポートに、富豪一族の結婚式……。ふむふむ、ホテルのボーイがプールに落ちた客の子供を助けて表彰された……。ほお? 政治家と結婚した元スーパーモデルの不倫騒動……。あたしはベティに言った。
「フェルディナ星の首都、ファナってところは、平和なところらしいね」
ちなみに、ベティが淹れてくれるコーヒーは、ある程度焙煎済みのコーヒー豆を、改めて軽く焙煎しなおして挽いてから淹れてくれるんだ。すごく香り豊かって感じでうまいんだよ。
ベティがファナの説明をしてくれる。
「はい。フェルディナ星の首都ファナは、ディマジラ星系内でも屈指の治安のよさを誇っています。ファナで最も盛んなのは金融業ですが、観光にも力を入れていて、美しいビーチ、アトラクションの豊富なテーマパーク、ダンスミュージカルやクラシックコンサートなどが行われる大劇場、様々な食文化を網羅した高級レストランなど、魅力的な観光スポットがたくさんありますよ。毎年、非常に多くの観光客がファナを訪れています。観光業に治安のよさは必須ですからね」
観光ねぇ……。そういや、あたしはそういうところに行ったことがない。紅茶党のクリスが、あたしの向かいで食後の紅茶を堪能していたので、試しに聞いてみた。
「クリス? 『美しいビーチ』なんかに興味は?」
クリスには最新モードの水着なんかも似合いそうだ。美人だし。ちなみに、クリスが飲んでいるのは、ベティが茶葉を焙じてから淹れてくれた紅茶だ。こちらも、とてもいい香りがしている。
クリスが肩をすくめて答える。
「ないですわね。これっぽっちも」
ま、そうだろうね……。
ベティが続けてファナの説明をしてくれる。
「業務関係、観光目的問わず、ディマジラ星系内外から多くの人がファナに集まってくるので、ホテル業を始め、様々な形で潤沢な外貨を獲得できています。星系内で最も豊かな都市と言えますね。特にファナの中心部辺りはとても発展していて、高層ビルや高級住宅地が多く、街並みがとてもきれいですよ。お金持ちが多くて、高級車がたくさん走っています。ただ、物価は星系内の他の都市と比べても、かなり高いですけれど」
お金持ちねぇ……、あたしには縁遠い話だな。
クリスが口を挟む。
「豊かなのはよいことですけれど、そういう都市っていうのは、大抵、歪みが貧富の差として表れているものですわ。どう? ベティ」
ベティが答える。
「そうですね。中心部からは少し離れていますが、大きな貧民街があります。そこに住んでいるのは、ほとんど他の星からの移民ですが、貧富の差ということでいえば、残念ながら星系内でも屈指といわざるをえません」
なるほどね……。なかなか、うまくいかないもんだ。
「そろそろ、ファナの入国管理ベイステーションに接舷して入国の手続きをしますので、お二人ともブリッジに上がってください」
ベティに言われて、クリスとブリッジに移動する。そして前回同様、クリスがキャプテンシート、あたしが通信士のシートに座った。
フェルディナ星は大きな星ではないが、経済上の都合から、フェルディナ星の衛星軌道上に各国ごとの入国管理ベイステーションがある。ベティがファナの入国管理ベイステーションにジャンヌ・ダルク号を接舷した。ベイステーションからアームが伸びてきてジャンヌ・ダルク号を固定する。
ファナの入国管理コンピュータから通信が入る。
「ようこそファナへ! こちらはフェルディナ星の首都、ファナの入出国管理です。貴船の登録船名と船体識別番号をどうぞ」
ベティが答える。以前と同様、こういう時のベティは、いかにもAIと言った感じで話す。
「こちらは登録船名、ジャンヌ・ダルク号、船体識別番号は、『N-GC3115-UGCA199』」
いよいよフェルディナか……。あたしは、入出国管理コンピュータとベティのやり取りを聞きながら、クリスとの作戦会議を思い出していた。
入出国管理コンピュータが入国に必要な情報提示を求めてくる。
「初めまして、ジャンヌ・ダルク号。貴船の乗員と入国目的、船体質量などのデータを送ってください。申告が必要な物品などはありませんか?」
あたしとクリスはファナの地図をベティに見せてもらいながら、テリエス家別邸へのアプローチを考えていた。ファナ中心部近くの高級住宅街の一角に目的地のテリエス家別邸らしい建物がある。
ベティが入出国管理コンピュータに答えて言う。
「当船の乗員はクリスティーナとジョアンの二名。クリスティーナの個人識別番号は『H-D087887-049641-449』、ジョアンは『H-D209750-109074-294』。入国目的は観光です。私の主人たちはファナ大劇場の観劇をとても楽しみになさっています。申告が必要な物品などはありません。船体質量と積載物品のデータを送信します」
クリスと色々話したのだが、結局建物内の状況がわからないことには、作戦の立てようがないということで意見が一致した。クリスはその時、少しイライラしたように言った。
「歯がゆいですわ。監禁したイマジナリーズに何かをするなり、イマジナリーズを使って何かをしようとするなら、何かしら情報が出てきてもよさそうなものですのに」
そうなのだ。セズティリア星を出てから十数日間というもの、ベティはずっとラスタマラ家の業務回線に耳を澄ませていたのだが、相変わらずターゲットであるイマジナリーズの情報が出てこないのだ。出てこないと言えば、I-ジャマーについても同様だ。一方で、イマジナリーズをラスタマラ家に持ち込んだというビースト・ハンターについては、ラスタマラ家の家系のものではないとだけ、情報があったそうだ。
そこまで話が進んだとき、あたしが提案したんだ。
「こうなると、まずはあたしがそのイマジナリーズが囚われているという別邸に潜入して、情報を探ってから改めて作戦を考えるようにするしかなさそうだな」
クリスがため息をついて言う。
「それしかなさそうですわね。ですけれど、その前の情報収集はできるだけ念入りにしましょう」
ファナの入出国管理コンピュータが、入国手続きが終わったことを伝えてきた。
「貴船のデータ解析、及び危険物、持ち込み禁止物品のチェックが完了しました。これで入国の手続きは全て完了いたしましたので、ファナ宇宙港へご案内します。大劇場では、今人気急上昇中のダンサー、ミス・ディケイナのダンスミュージカルが上演中ですよ。ファナがジャンヌ・ダルク号、ミス・クリスティーナ、ミス・ジョアンにとって、よき地でありますことを!」
ジャンヌ・ダルク号を固定していたアームが離れ、ベイステーションからジャンヌ・ダルク号が離岸する。入出国管理が送ってきたデータに従って、ベティがジャンヌ・ダルク号をフェルディナ星へ降下させ、ファナ宇宙港へ向かった。
ベティは丁寧にジャンヌ・ダルク号をファナ宇宙港の指定された場所に着陸させた。あたしはその時ベティから聞いたファナ宇宙港の使用料に驚いて言った。
「港の使用料って、そんなに高いもんなのか?!」
ベティが苦笑いしながら教えてくれる。
「いいえ。港の使用料がここまで高いのは、フェルディナ星くらいのものですよ。他の星系に比べてディマジラ星系の星ではどこでも港の使用料が高めですが、フェルディナ星は最も高い部類の星です。例えば、ここに来る前のセズティリア星の港とフェルディナ星の港の使用料を比べると、二.四倍くらいになります」
あたしは急にジャンヌ・ダルク号の家計が心配になったので、クリスには聞こえないように、こっそりベティに聞いてみた。
「あのさベティ……、あたしが気にするのも変なのかもしれないけど、ジャンヌ・ダルク号の家計ってどうなっているんだい? 金は足りてるのかい? 足りてなさそうなら、あたしも少しは貯えがあるし……」
あたしが全部言い終わるまで待たずに、ベティが少し言いにくそうに答えた。
「……ええと、どうぞご心配なく。ジャンヌ・ダルク号の家計は、私が問題なく運用できていますから……」
「本当かい? あたしに気を使ってるんなら……」
確かに、あたしもけっして金持ちじゃあないが、できることはするつもりだった。金ってものは、かかるときには、かかるもんだしな。
ベティはそんなあたしを安心させるように言った。
「本当に大丈夫なんですよ。私はクリスがトレジャー・ハントで得た収入を元手に複数の優良企業にバランスを考慮した投資を行っているんですが、現状の配当金は既にジャンヌ・ダルク号の経費を上回っているんです。資金的な意味でいえば、今ではクリスのトレジャー・ハントの必要もないくらいなんですよ。……でもお気遣いいただいてうれしいです。ありがとう、ジョアン」
「いや、これくらい当然さ。うん……、安心したよ」
あたしはそう答えながら、少し冷や汗をかいていた。企業投資だって? そんな言葉、随分久しぶりに聞いたよ……。あたしらの妹分は、どうやら金銭的な意味でもすごく頼りになるらしい……。
あたしとクリスは、港に入った次の日から、まずは偵察がてらファナの市街地を見て回ることにした。クリスもバイクを持っていたので、二人でバイクを走らせてファナをあちこち走って回るんだ。クリスのバイクをちゃんと見るのは初めてだったが、すごくいいバイクだ。ちなみに、バイクに乗っている間はインカムを付けているので、走りながらでもクリスと会話できるし、ベティのサポートも受けられる。
クリスがあたしとベティに声をかけた。
「それでは、行きますわ」
まずはファナ中心地のビジネス街。大きなビルが立ち並んでいたが、緑地の多い公園なんかも多かった。ビジネスマンらしい人たちがたくさん歩いていた。トレジャー・ハンター稼業なんぞをやっているとあまり目にすることがない人たちだったので、少し新鮮だった。
ベティが簡単に説明してくれる。
「ここはまさにディマジラ星系金融業の中心地です。各星間の為替レートや各企業個別の投資利率、全主要企業の平均投資利率などの情報が、ここに集まってきます。わたしもここから発信されている金融情報には、いつも気を付けているんですよ」
企業投資利率……。あたしには縁遠いものだ。試しにクリスに聞いてみた。
「なあ、クリス。クリスも企業投資とか金融関係には、詳しかったりするのかい?」
クリスが答える。
「いいえ。その辺りのことは、私はよくわかりませんの。ベティに任せっきりですわ」
あたしは少し安心した……。
そして広大なテーマパークや大きな博物館、いくつかの大劇場に大ホテル。家族連れや恋人同士など、すごくたくさんの観光客がいた。そういや入出国管理コンピュータが、大劇場でやっているなんとかいうダンサーのミュージカルのことを言っていたが……。
「ミス・ディケイナ主演のダンス・ミュージカルですね。奥に見える一番大きな劇場でやっているらしいです。カレッジに通う留学生の女の子が、好きな男の子をダンス・パーティに誘うためにあれこれ頑張る青春ものらしいですよ。お二人とも、ご興味あります?」
ベティもあたしらがどう返事をするかぐらいわかってたと思う。あたしとクリスは同時に答えた。
「いや、別にないな」
「いえ、ないですわね」
次は高級住宅街だ。大きな家と広い庭の邸宅がたくさんあった。公園もたくさんある。上品な感じの奥さんらしい女の人や親子連れなんかが歩いているのが見えた。田舎育ちのあたしなんかには、まるで別世界の暮らしのように見えた。
ベティの解説が入る。
「ここはディマジラ星系でも有数の高級住宅街です。住人のほとんどはファナ中心部のビジネス街で働いている人たちですが、ラスタマラ家に縁のある家が多いですね。ちなみに私が投資している企業のいくつかもラスタマラ家系列です」
そして問題のテリエス家の屋敷と別邸……。お屋敷の方はいうまでもないが、別邸の方もとても大きな建物だった。見た感じ、五階建てくらいか。高級住宅街の一角なのだが、この付近の人影はとても少なかった。
あたしとクリスは、別邸の前を通り過ぎてしばらく走ってからバイクを止めた。
「昼間っから建物の周りをうろつくのは、やめといた方がよさそうだね」
あたしはクリスとベティの二人に言った。
クリスが答える。
「建物の周りは常時監視されていると思っておいた方がよいですわ。わかりやすいようにセンサがあるとも思えませんし。それにしても昼間から人気がないというのは、少し不穏ですわね」
ベティが提案する。
「いずれにせよ、直接別邸の周りに来るのではなく、中継できる場所として人気のない場所を探しておいた方がよいように思います。別邸内に潜入するにしても、宇宙船からジョアンに能力を発動してもらうというのも無理がありますし」
あたしとクリスは、顔を見合わせて頷いた。
クリスが言う。
「いいですわね、その案を採用しますわ。ジョアン? 手分けしてこの辺りを見て回りましょう」
あたしも同意する。
「了解だ。いくつか中継場所の候補を見つけてから宇宙船に戻るようにしよう。どっちにしろ、潜入するのは夜になるだろうしね」
あたしとクリスは、別れてテリエス家別邸の周りの土地を調べて回った。二人が一通り辺りを回ってからジャンヌ・ダルク号に戻る頃には、既に夕方になっていた。
食堂でベティにテリエス家別邸辺りの航空地図を出してもらい、クリスと中継場所の候補を挙げあった。そしてクリスが見つけてきた、別邸から少し離れたところにある海岸線沿いにある崖の辺りを中継地点とすることにした。
クリスが言う。
「ここなら少し距離がありますけれど、時間帯によっては全く人気がなくなるでしょうから都合がよいですわ」
あたしも同意した。
「そうだな。この辺りならバイクを隠しておくのにもちょうどいい。別邸までは少し距離があるが、何かあった時のことを考えるなら、場所が特定されにくい方がいいだろうしな」
翌日、あたしとクリスは、テリエス家別邸への潜入作戦を実行することにした。
まだ明るいうちに二人でバイクを出す。あまり遅くなってからの行動だと宇宙港内での移動で怪しまれると思ったのだ。中継地点として設定した場所へ行く前にあちこち周って、一度別れてから目的地で合流する。
目的地の海岸線に着いてから、クリスが言う。
「この辺りでよいでしょう」
崖近くの平らな場所を探してバイクを止め、カモフラージュ用の視覚阻害シートをかぶせる。このシートは、周囲の情報を自動で収集して保護色のように色が変わるんだ。金属探知や人の体温検知などを阻害する機能もある。トレジャー・ハンター御用達の便利グッズの一つだ。
崖沿いに窪みがあったので、日が落ちるまでクリスと二人で身を潜めることにした。クリスが作戦をおさらいして言う。
「ジョアンが別邸に潜入している間、私はここであなたを待ちます。何かあれば、緊急用音波を発信するんですわよ。それを合図にベティがジャンヌ・ダルク号を緊急発進させる準備をして、私が別邸へあなたを迎えにいきますわ」
緊急用音波とは、あたしが変化の能力を発動しながらでも送ることができる合図として考え出したものだ。『風』を一方向に向けて、ごく短い一定の間隔で振動させるんだ。思いついてからあまり練習する時間がなかったんでメッセージにすることまではできていないが、決まった周波数になるようにすることまではできた。
あたしが答えて言う。
「まあ、そこまであぶないことはしないつもりだし、今日のところは多分大丈夫だよ。ただ、気を付けるべきことは……」
あたしの言葉にクリスが続けて言う。
「そう、I-ジャマーですわ。何か違和感を感じるようであれば、すぐに引き返すんですのよ」
そうなんだが、なにせ食らったことがないからな。こればっかりはぶっつけ本番でいくしかない。あたしは暗くなってきた周囲を見回しながら言った。
「まあ、祈っててくれよ。そろそろだな」
周囲はようやく暗くなってきていた。クリスが、にやっと笑って言う。
「幸運を」
あたしも答えて言った。
「|ありがとよ、姉妹《Thank you, My sister》!」
そして『風』になって、崖の窪みから飛び出した。
あたしはまっすぐ別邸まで移動し、まず別邸の周囲を一回り廻った。違和感は感じない。
そのまま庭へ入る。広い庭だ。ちょうど別邸の使用人らしい人影が使用人用の出入口から出てくるところだったので、扉が開いた隙に邸内に入った。
一階から順に最上階である5階の廊下まで巡ってみる。どの部屋も扉が閉まっていて中の様子はよくわからなかったが、驚くほど人気が少ない。
おかしい……、とても人を監禁しているような雰囲気じゃない。あたしは改めて一階まで下りると、地下へ通じる階段を見つけた。なるほど、この建物には地下があるのか。あたしは地下へ向かった。
すると地下一階あたりで複数の人の気配を感じた。ビンゴだ! 恐らくイマジナリーズが監禁されているのは地下のどこかなのだ。地下は少なくとも二階くらいまであるらしい。イマジナリーズが監禁されているのは地下二階だろうか? まずは地下一階の部屋を一つずつ探っていると、そのうちの一つの部屋の扉が開いているのが見えた。
あたしは周りを見回して他に誰もいないことを確認すると一旦能力を解除した。緊張しているせいか、少し疲れてきてしまっていたのだ。そして少し体を休めながら部屋の中から聞こえてくる声に耳を澄ませた。若い男が声を張り上げているのが聞こえる。
「あのガキですよ! あの支配のイマジナリーズのガキが逃げちまったんです!」
……は?
to be continued...
読んでくださってありがとうございます!
皆様に幸多からんことを!